解決の糸口と、形になる夢
◇
ヘムペローザから『蔓草魔法』の特性を聞いた後、一度は挫折しかけた。
だが、どうしても『木道』交通への夢を諦め切れなかった俺は、過去の戦闘データや日記代わりの記録を紐解いてみた。
そこに記されていた内容を丹念に調べてゆくと、やはり種の発芽に関しては、ヘムペローザでなければ上手く行かない、という事実が明るみになる。
けれど一度芽吹いてしまえば、栄養や水のように『魔力』を吸収し、成長を続ける特性を有しているようだ。
「そうか……! 重要なポイントを見落としていたな。諦めるのはまだ早いぞ」
「何を見落としていらっしゃったのですか?」
書斎でノートにペンを走らせる。妖精メティウスには、秘書として考えをまとめる作業を手伝ってもらっている。
「解決の鍵は、イスラヴィア動乱における巨大な鉄のゴーレムの一件さ。あの時、ヘムペローザは鉄のゴーレムを『蔓草魔法』で縛り付けて沈黙させた」
「そうでしたわね。今はもう、緑地となって成長しておりますわよね」
妖精メティウスがノートを覗き込み、ゆっくりと歩き回る。
砂漠での戦いでは、敵対していた魔女アルベリーナが操る巨大な鉄のゴーレムを、ヘムペローザの『蔓草魔法』が緑のオブジェに変えたのだ。
「蔓草の塊は今も成長しているし、数ヶ月前に、それを目にしたよな」
「砂漠が少しずつ、緑に覆われておりましたわ」
「あぁ」
蔓草は、照りつける太陽の光と砂の中に染み込んでいる水分、そしてゴーレムの残骸から供給される魔力を使い、たくましく繁茂していた。
その成長は止まることがなく、砂漠を緑地化させてなお勢力を広げている。成長のエネルギー源の一つは、中心核となった「鉄のゴーレム」からの魔力供給だ。
更には、地元の魔法使いたちが祈りを捧げ魔力を注ぐことで、「成長を加速させる」という事も行われていた。
「ヘムペローザに頼んで発芽さえしてもらえば、後は周囲の魔力を吸いながら成長できる」
例えばもうひとつの例は、『聖剣戦艦』から『世界樹』を生み出した事だ。時限式で発芽させた以外は、自律して猛烈に成長した。暴走状態の魔法反応炉が放出する、膨大な魔力のエネルギーを、すべて吸収し樹木へと変化した結果が、巨大な世界樹となった。
「……ならば、種の段階で、『まっすぐ、レールのように育て』という魔法術式による命令を、最初に書きこんでから、ヘムペローザに発芽させてもらえば……いけるんじゃないかな」
「形状をコントロール出来る、ということかしら?」
「おそらく、な」
つまり、発芽だけは生みの親であるヘムペローザに頼む。
芽さえ出れば、あとは魔力の注入による急速な成長など、他の魔法使いでも可能なのだ。さらには、成長の形状をあらかじめ指定する事だって可能な筈だ。
机上の空論で無いことは、過去に起きた出来事や経験から証明できる。
「イスラヴィアの緑地拡大に関する記録はないかな?」
「はい、えぇと……ありましたわ」
妖精メティウスが検索魔法で、イスラヴィアの緑地管理日誌を探し当てる。それを読み解き、様々な試みの痕跡を見つけて読み解いてゆく。
「記録は、王立公文書館に提供されておりましたのね」
「明日、図書館に足を運ぶ手間が省けた。どれどれ……」
戦術情報表示の小窓を空中に浮かべ、呼び寄せた文章を読んでゆく。
それによると、イスラヴィアの部族出身の魔法使いたちは、少しでも緑地の範囲を広げようと、様々な努力を重ねていた。
魔法使い達は、魔力波動を蔓草に照射する強さや、照射部位を変えながら、蔓草の成長の変化を毎日、事細かに記録していた。
「なるほど……。効率の良い成長に欠かせないのは、日照、温度、水分。そして、刺激となるパルス状の魔力波動照射が鍵か。その間隔は2秒あたり3回……」
「成長の段階になれば、魔力波動の特性などはあまり関係がないようですわね」
「そうだな、交代で魔力を注いでいるし、そこは問題ないな」
「これで発芽から成長まで、なんとか目処が立ちましたわね」
「ありがとう、メティ。おかげで進展があったよ」
「どういたしまして」
妖精メティウスが、しゃなりとお辞儀をする。
これで『木道』を完成させる上で必要な要素はあと一つ。それは、水平方向に育つ樹木とし、て任意の形状に育成する……ということだ。
だが、これに関しては、種に魔法術式を仕込めるという事は先日も試したばかりだ。工夫次第では、かなり自在に操れるはずだ。それには『形態維持魔法』の応用などが考えられる。
「明日、実際に『レール』を作ってみよう」
「失敗したら、お庭がレールだらけなりますわね……ふぁ」
「その時は、薪にして使おう」
「そうないさいませ。私、眠くなってまいりましたわ」
妖精が大きくあくびをする。眠くなってきたし、今日はここまでのようだ。
何にせよ、諦めずに考えてみてよかった。
ゆっくりとだが、着実に進んでいるという実感と手応えがある。
今はもう、ふわふわとしたマニュフェルノを、ぎゅっと抱っこして眠りたい気分だ。
――さて、今夜はマニュフェルノが待っている。夫婦の寝室へいかねば。
「……ごゆっくりお楽しみを。おやすみなさい、賢者ググレカス」
「え、あぁ? おやすみメティ」
妖精メティウスは小さくうふふと微笑み、本の隙間へと入っていった。
◇
そして、翌朝から俺は、いろいろな試行錯誤を繰り返した。
ヘムペローザにはもちろん、レントミアにも協力してもらいながら、およそ一日がかりでなんとか「木のレール」として、形にすることが出来た。
館の前庭には、試作品の木のレールがごろごろと何本も転がっている。
「いいんじゃない? いきなり横倒しの樹木が育つのはなんだか気持ち悪いけどね」
「そう言うなよレントミア」
出来上がった『レール』の一本を眺めながら、レントミアが。
「ところでさ、木道の上を走らせる乗り物は考えたの?」
「それなんだが……。結局俺には、スライムの魔法しか無いからな、ゴーレムを改良してみるよ。……ちょっと考えもあるし」
「ふぅん? 何をするのさ?」
ガレージから『フルフル』と『ブルブル』を呼び出した。四本の脚を動かしながら、ワイン樽のゴーレムが歩いてくる。その後ろからは量産型の『樽』が3個転がってくるのが見えた。
「ちょっとした日曜大工さ。チュウタも来いよ、工作をしよう」
「はい! えと、何をするんですか?」
庭先で見学していたチュウタが、瞳を輝かせて駆け寄ってくる。
「さぁ、ここからは魔法と日曜大工のターンだ」
<つづく>




