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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆30章 ググレカスの一人ギルド繁盛記 編
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 書斎にて ~蔓草の魔法とヘムペローザ~

 ◇


 ヘムペローザを書斎に誘い、特等席(・・・)の椅子に座らせる。


 書斎の机とセットの椅子は革張りで高級品、読書と仕事で使うものだ。


「良い座り心地じゃにょー」


 上機嫌な様子のヘムペローザはお風呂に入る前らしく、自慢の長い黒髪を結い上げている。服装は薄い水色の、ロング丈のワンピース姿でノースリーブ。

 膨らみかけた胸の上には、以前あげたペンダントが光っている。刺繍の施されたワンピースの裾から膝小僧を覗かせて、すらりと長い脚をブラブラと伸ばしたり曲げたりしている。


「そりゃぁ、王様からもらった特別な品だもの」


 俺は床の上に無造作に積んであった本の上に腰を下ろした。これで視線の高さは同じ。肩に座っていた妖精メティウスが、ふわりと飛んで机上のインク瓶に腰掛けた。静かに俺と弟子の会話を見守っている。


 階下の暖炉で使う薪運びはチュウタにお願いしておいた。ランプの灯された書斎にいるのは、俺とヘムペローザ、そして妖精メティウス。それと水色とピンク色の「館スライム」が数匹、ゆっくりと床の上を這っている。


「魔王を倒すと、いろいろと良いことがあるんじゃにょう?」

「ま、まぁな」

「お家を貰って、たくさんの家族に囲まれて、おまけにこんな可愛くて賢い弟子まで出来たんだからにょ」

「はいはい。そうだよ、とても幸せだなぁ」

「にょほほー」

 座り心地を確かめながら、にしし……と小生意気な笑みを見せる弟子(ヘムペロ)


 転生前(・・・)は魔王の配下、悪魔神官だった事はすっかり記憶から消えている。

 それは俺の前世(・・)、別世界での記憶が無くなってゆくことと同じだ。転生、あるいは肉体の再生による記憶の欠落と消滅は、妖精メティウスも同じ脈絡で考えれば説明がつく。

 この世界(ティティヲ)はどうやら、前世の記憶や人生を「リセット」してくれる、ある意味でとても慈悲深い場所のようだ。


 さて、今それはどうでもいい。


「賢者にょを見下ろすと女王様になったような気がするにょ。そういえば……足が疲れたにょ」


 サンダルを脱ぎこちらに向けて伸ばしたつま先を、ぱしっと手で受け止める。すこし汗ばんでしっとりとした手触りの少女の足先を、指先でちょいとくすぐってやると、きゃははと笑って椅子の上で飛び跳ねた。


「……で、ヘムペローザ。今更なんだが、蔓草魔法(シュラブガーデン)について、一つ教えてほしんだ」


「何を知りたいにょ? 以前、研究室(ラボ)でいろいろと調べたじゃろー?」


「あのときは、『世界樹の種子』の研究だろ? 今夜はヘムペロの蔓草魔法(シュラブガーデン)について、すこし知りたいことがあってね」


「ふーん?」


 以前この館の研究室(ラボ)では、『世界樹の種』についての発芽実験や研究を行っている。結果は『世界樹の種子、特性解析結果報告書』として、王政府や魔法協会に提出済みだ。

 ヘムペローザとレントミア、そしてメティウスの協力で世界樹の種子が持つ、特殊な魔法特性が明らかになっている。

 ――水晶よりも軽く、優れた魔力吸収発散特性を持つ、再利用可能な魔力蓄積素材。


 もし、現行の水晶・輝石ベースの『魔力蓄積機構(キャパシスタ)』と同サイズの物を『世界樹の種子』ベースで製造した場合、重量は半分以下でありながら、倍以上の出力を得られると推測されるほどの、次世代の新素材となり得るものだ。


「世界樹の種子を魔法で『発芽』できたのは、ヘムペロ……お前だけだったよな」


「にょほほ? そーじゃったかにょー」


 椅子の背もたれに身を預け、黒髪を耳にかきあげる。


「発芽には特定の魔力の波動が必要なんだ。つまり、蔓草魔法(シュラブガーデン)という魔法の波動そのものがね」


 次世代の乗り物、『木道魔法交通(ブロードマギナトラフト)』の構想をまとめるには、あらためて、蔓草魔法(シュラブガーデン)を知る必要がある。


 というか、今まで詳しく訊いていない部分があるのだ。


「まず『蔓草魔法(シュラブガーデン)』は、ヘムペロの意志でどこまでコントロールできるんだい? ほら、『蔓草(シュラブ)の杖』みたいに、実体化させたりする部分さ」


「あー、あれかにょ?」


「そう、あとは種に魔力を注ぎ込んで、種を発芽させたりするじゃないか」


(かん)、じゃにょ!」


 ふんぞり返ったまま、言い切る。口元から覗く八重歯が光る。


「……発芽させるときは?」


「気合いにょ」


「そうか……。じゃぁ蔓伸ばすときは?」


「頑張るにょ。根性というか、うりゃっと! そんな感じで」


 拳をぐっと握りしめて、手のひらをひらく。淡い緑色の光とともにしゅるしゅると蔓が伸びて、50センチメルテまで育ったところで、みずみずしい若葉が広がる。


 予想していた答えではあるが、体系化され、魔法言語で制御する「魔術」ではなく魂に直結した「原初的(プロト)魔法(マギナ)」そのものだ。


「ま、俺も似たような部分はあるし、そんな気はしていたがな」


「種が欲しいんじゃろ? ほれ、これでどうにょ?」


 伸びた蔓の先に一輪の白い花を咲かせると、甘い香りが漂う。月下美人にも似た花は、神秘的でとても美しかった。


「まぁ……! 綺麗ですわ。ヘムペローザ様の魔法」

「あぁ、異論はない」


「にょほほ! ……ほれっ」


 次の瞬間、白い花びらが舞った。ひらひらと降る花弁を手のひらで受け止める。顔を上げるともう、そこには果実が実っていた。ぱちん、と小さな音がして「さや」が開くと、黒い種子が沢山見えた。


「見事だな、一つ貰うよ」

「さやごとあげるから、好きにするにょ」

「ありがとう、ヘムペローザ」


 俺は礼を言ってから、熟して開いたさやと種子を受け取った。

 種子の粒を一粒手にとって、魔法力を注いでみるが、発芽しない。


「……やはり、発芽できないのか」


「ワシが魔法力を注げば、一瞬じゃがにょ?」

「違うんだ、別の魔法使いが育てられないかな、と思ってね」


「はぁ? できるのかにょー? 芽を出すだけなら、その辺に蒔いて水をやっておけば、普通に生えるにょ」


「それだと普通の植物だろう」


 もちろん、普通の植物として育てるにはそれで十分だ。しかし、俺が考えていたのはヘムペローザの魔法の種を、別の魔法使いが発芽させて、瞬時に樹木(・・)にまで育てる方法だ。


「ワシの魔法の一部じゃからにょー。例えば、種が発芽した後も『繋がってる』感覚があるから、育てたり、伸ばす方向を操ったり出来るんじゃが」

「世界樹の種子も、発芽させるにはヘムペローザさまのお力が必要でしたものね」


「なるほど、やはりオリジナルの種もヘムペローザにしか扱えないんだな」


 予想はしていたが蔓草魔法の種子を発芽できる魔法力は、やはり特別なものらしい。


「種を発芽させて伸ばすくらいなら、ワシがいくらでもやってやるにょ?」


 ヘムペローザは余裕の笑みで、身を乗り出して種に手を伸ばす。きれいな黒髪がさらさらと流れて、腕に触れる。


「……じゃぁ、300キロメルテ先まで伸ばしてくれるか? 二本ならべて」


「はぁ!? さんびゃ……アホかにょ!」


 切れ長の目を見開いて、立ち上がるヘムペローザ。


「ははは、冗談だよ。流石にそこまでは頼めないよ」


「ワシも忙しいからにょー、でも……こういう魔法の勉強の時間は大好きにょ」

「俺もだよ、ありがとうヘムペロ」


 そっと頭をなでて、頬をきゅっとつねる。ヘムペローザは俺の手をさっ、と掴み返すと目を細めた。


「……プリン、忘れるでないにょ」

「わかってるよ」


 だが、俺の『木道』計画は、いきなり頓挫したようだ。

 構想として捨てるのは惜しいが、別の方法を考えたほうが良さそうだ。


 ◇


<つづく>


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