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 勇者エルゴノート・リカルと『 SOUND ONLY 』

【おななしのあらすじ】

 メタノシュタットで行われたパーティの後日談。メンバーたちと別れた勇者エルゴノートの身に起こる、ググレカスの運命の転換点となる物語。


【作者よりのおしらせ】

 本作は「勇者エルゴノート目線の三人称」形式となります。


 ※一部不適切な表現を含みます。お食事中の方ご注意願います。


 ◇


「ったく、こんな所に連れて来て、何のつもりだ?」


 一寸先も見えない暗闇の中で、エルゴノートは苛立たしげな声でつぶやいた。

 声は低く不機嫌な響きを孕んでいるが、どこか余裕めいた不敵な響きを帯びている。


 声に応えるかのように、闇が揺らぐ。

 何かがボウッと、暗闇の向うで光を放った。

 それは巨大な水晶(クリスタル)の結晶だった。青白く淡い燐光を放つクリスタルは、六角形の柱状で先端が尖った形の、身の丈ほどもあろうかという巨大なものだった。よく見れば闇に浮かんでいるのではなく、床から突き出す形で生えているらしかった。

 

 不遜な態度でそわそと落ち着かない様子のエルゴノートは、水晶の正確な大きさを測りかねていた。部屋の広さも判らない真っ暗闇の中に不意に現れた水晶柱は、目測よりも大きいのか小さいのかさえ判然としていない。


『よくぞ参られた、勇者――エルゴノート・リカルよ!』


 水晶柱がしわがれた老人の声をあげた。いや、正確には水晶柱が何者かの声を媒介し、音だけを伝えてきたのだ。

 エルゴノートは黙り込んだまま何も応えない。水晶の発する光に照らされた顔は精悍で眼光は鋭い黄金色の光を放っている。

 髪の色は竜人(ドラグゥン)を連想させるほどに赤いが、肌の色は浅黒く、砂漠の民イスラヴィアの肌色だと判る。鍛え上げられた肉体は隆々とした筋肉で覆われていて、大柄な身体つきだ。


『エルゴノート・リカルよ、我らと志を同じくする者よ! 世界に……危機が再び訪れようとしているのだ』


 二本目の水晶柱が光を放った。最初の水晶とは反対側の位置で輝く。今度の声は幾分若いように感じられたが、歳を重ねたような深い憂い交じりの声色だ。


「貴様らなど知らん。(こころざし)とやらも、勝手に同じとはいって欲しくないな」


 エルゴノートは不機嫌そうに首を傾けた。先ほどまで続いていた宴会の酔いがまだ抜けていないらしく、僅かにふらふらと揺れている。


『このような手段でここに連れて来た事は詫びよう。だが、我々は世界を――』

「話なら手短にしてくれ! 小便が漏れそうなんだ!」

『――――くっ』


 ことの始まりは勇者エルゴノート・リカルが、王家のパーティで仲間達と別れた後の事だった。

 「二次会」と称して、元の鞘に収まったスヌーヴェル姫の部屋で杯を交わし、大人の愉しみを味わっていたエルゴノートだったが、呑みすぎが祟ったらしく、尿意をもよおした。

 王家の住まうエリアは「物見の尖塔」である大陸随一の尖塔の中にあるのだが、ほろ酔い加減のエルゴノートは一人、手洗いを探して彷徨いはじめた。

 尖塔の上から放尿したら、さぞ気持ちよかろうな! と思い立ち、上へと続く階段を見つけ、昇り始めたところで王宮勤めの魔術師らしき人物に出会った。紫色のローブで全身と顔を覆い隠したその男に、手洗いはどこかと尋ねると、ある部屋に案内されたのだ。


 だが、そこは何かの仕掛けのある部屋だったらしく、扉が後ろで閉められると同時に床が突然動き出した。床は、エルゴノートを乗せたまま暗闇の中をぐんぐんと上へと登りはじめた。

 驚くエルゴノートは失禁しかけたが、気がつくと一面暗黒の宇宙のような、声だけが響く謎の部屋に連れ込まれていたのだ。


 ――どうやらここは、メタノシュタット王城自慢の尖塔の、最上階らしいな。


 エルゴノートの体をここまで運んだのは魔術でもなんでもなく、水力を使ったカラクリ仕掛けの昇降機だった。


 水晶の明かりが二つ灯された部屋の中で、エルゴノートはそろそろ限界の近い膀胱を気にしながら辺りを見回した。

 同じような水晶が光を放たないまま暗闇にぼんやりと見える以外は、何も無い部屋だ。放尿できそうなものといえば……目の前の水晶ぐらいしか見当たらない。


 そんなエルゴノートの思いを知ってか知らずか、音声を伝える水晶柱は会話を続ける。


『世界を覆う闇を切り払い人々に平和と安らぎを(もたら)す。その願いに何の違いがありましょうぞ?』


 三つ目の水晶柱がエルゴノートの背後に現れた。というよりは、元々そこにあったものが光を放ったと見ていいだろう。声の主は若い女らしく、まるで説き伏せるかのような声色で耳に心地のいいものだった。


「お前達が何者か知らんが、世界はもう平和だろう? まぁ確かに魔王の残党は居るようだが、コソコソ顔を隠してまで会話をするほどの、何か企みでもあるのか?」


 エルゴノートの声に苛立ちが募り始める。


『誤解しないで頂きたい。我々は来るべき災厄、つまり魔王復活の脅威に備える為、魔力を検知する探知網を国中に張り巡らせ、そして屈強な軍を再編すべく尽力してまいったのだ!』


 雄々しい軍人のような声が響く。それは四本目の水晶から発せられたものだ。


『我らは……ひとつの清らかな世界、クリスタニアを標榜する、憂国の士よ』


 自信満ち溢れた声が続く。


「クリス……タニア?」


 エルゴノートが目を細める。噂で聞いたことのあるメタノシュタット聖堂教会に端を発する、理想原理主義者たち――世界を平和に! と叫び行動する一種の「過激派」だ。と、エルゴノートは、面倒な事に巻き込まれたなと小さな舌打ちをした。


『だが――。我らの救世の計画を邪魔する者が現れおった』

『あの男、賢者……ググレカス!』

『賢者……ググレカス!』


 憎しみと怨嗟交じりの低められた声が幾重にも木霊した。


「それは俺の友人で仲間だ。あの男呼ばわりとは随分な物言いだな?」


 仲間の名をあの男呼ばわりされたエルゴノートは、いよいよ不機嫌そうに小さく鼻を鳴らすと、小指で片方の耳をほじった。


『勇者よ、世界を救った六英雄の一人、賢者ググレカスは今やお前の知るかつての賢者ではない。(よこしま)な魔法の研究に熱を上げ、禁忌であるはずの人造生命体の創造にまで手を出しておるのだ……』

 老人の声が、嘆くようにエルゴノートに語りかける。


『そればかりではない。今宵の宴の最中、我らがクリスタニアの聖域、王立図書館の禁忌の書架にまで侵入しおったのじゃ』

『……並みの人間であれば発狂してもおかしくない程の強力な結界を……、数十にも及ぶ封印の術式を、まるでカーテンを押しのけるような仕草で払いのけ、易々と侵入しおったわい……』


『まさか、ウィッキ・ミルンの擬態霊魂(ミリリアンソウル)に接触を……!?』

『我らが封印した聖典を犯そうというのか……!』


 他の声に怒りと動揺が走る。そのざわめきは次第に伝播してゆく。

 次々と光る水晶の柱が、青い光で部屋を満たしてゆく。気がつけばエルゴノートは十本以上の柱に囲まれていた。

 部屋は円錐形で、見上げた天井は尖っているが見通せない程に高く暗い。


 この奇妙な閉鎖された空間で、生きている人間はエルゴノートひとりだけだった。だが声を発する光る水晶の柱は、十人もの人間が居るかのように口々に声を響かせている。


『ググレカスの魔力は、我らが城内に潜ませた魔術師30人で減衰させていたはずじゃ』

『城全体に張り巡らせた魔力妨害術式(マギノジャマー)は、ある程度の効果は上げておりました。しかし……カンリューン四天王さえ退けた賢者を屈服させるには力及びませぬ……』

『賢者の力は底知れぬ……』


 怒りとも溜息ともつかぬ呻きを他の声たちが次々に露にする。


『――静粛に、皆の者。今宵は特別な客人の前だ』


 ひときわ大きな、氷のように冷徹な、嗜めるような声が部屋の中にこだました。どうやらその声が顔を見せない「声」たちのリーダーらしく、途端に動揺の声は収まった。

 冷たい声は、水晶の部屋に招かれた勇者に向けられる。


『お見苦しいところをお見せした。勇者エルゴノート・リカル。だが……ご理解頂きたい。賢者ググレカス殿の動向については今後とも監視を続けさせていただく。不穏な動きを続けている以上、見過ごすわけには行かぬのでな』


「…………」

 エルゴノートは、むっつりと黙り込んだまま声の発生源と思われる水晶を睨みつけた。


『共に魔王大戦を戦いメタノシュタットの盟友であった隣国カンリューン。その魔法兵団を率いる最強の四天王は、すべてググレカス殿によって倒された。既に三人が魔法使いとしての命を絶たれたのだ』


「……ふん、その内のひとりは、我が友を泣かせたのだろう?」

 エルゴノートはそこでようやく吐き捨てるようにつぶやいた。ファリアを泣かせた仕置きとしてググレカスが倒したという、隣国の魔法使いの話はファリアから聞かされていた。


『我らの目的は、来るべき魔王再来に備え、ルーデンスの屈強な力と、太古の魔法文明が作り出した最強の人造生命体(ホムンクルス)――竜人族(ドラグゥン)の力を借りる事だった』


「人造生命……魔王再来……?」

 エルゴノートは、じっと中空を見つめたまま、耳を傾けているようにも見えた。


『だが――! あろうことか賢者ググレカスは、竜人の里へ協力を頼みに向かった四天王を残酷にも葬り去り、自らが竜人(ドラグゥン)の血を手に入れたのだ!』


 声が悔しさをにじませたように、震える。


「俺が友人(ファリア)から聞いた話と、幾分違うようだが……?」


 勇者の瞳が鋭い光を宿す。竜人の里でのいきさつも女戦士ファリアから聞いていたエルゴノートにとって、『声』達の語る内容と違うものだった。


『賢者ググレカスは撹乱の魔法を駆使する術者。魔法防御を持たぬ者の記憶など、如何様にも操作できるではないのか?』

「…………」


 水晶の間で、不穏なしわがれた声が続ける。

『賢者は、血を手に入れた目的を勇者エルゴノート殿に打ち明けたのか? 何をしようと企んでおるのか? 血を手に入れただけではなく、王都の禁忌である図書館に侵入し……何を探っておるのだ?』


「それは……俺が確かめる」

 エルゴノートの口から低く、黙り込むような声が漏れた。


『フフ、勇者エルゴノートリカルよ。神をも(はばか)る賢者が、そなたに真実を話すと思うのか? 影で……魔王復活の野望を滾らせ、歪んだ欲望で世界を覆いつくそうとしている、などと言うと思うのか?』


「黙れ……」

 勇者が拳を握り締めた。悔しさと苦悩をにじませた表情で、僅かに俯く。


『言い切れるのか? 信じ切れるのか? 勇者よ! ……世界の向こう側からやってきた、異界の――偽りの賢者を!』


 声はまるで畳み掛けるように勇者を攻め立てた。エルゴノートは突然カッ、と目を見開くと、ぐっと筋肉を漲らせ、水晶の目の前まで歩み寄った。

 床は大理石らしく、カツカツというエルゴノートの足音だけが響く。


『な、何を……あ!? あぁああ!?』


 水晶の声が悲鳴に変わる。

 エルゴノートがいきなりズボンの前をはだけ、勢いよく生暖かいモノを水晶の柱に向かって放出したのだ。じょろろろ……と勢いよく水晶を濡らす音が室内に響いた。

 ぶるんっ! と腰を振り、ズボンを元に戻すと。ようやくふぅ、と息を吐いた。


『きゃぁぁ!?』『う、うわぁあ!?』『ゆ、勇者貴様ぁあああ!』


「るッせぇ! これ以上コソコソ隠れて……俺の友を侮辱するんじゃねぇ!」


 一喝すると同時に、バリッ……と、握り締めたエルゴノートの拳の先端から、青白い放電が迸った。

 蛇のようにうねる電光は床を這うと、水晶の一つに触れ激しい火花を散らした。

 勇者の魔法――雷撃(ライオスタン)系の一部を開放したのだ。

 

『お、おのれ……勇者! おまえならば我らの崇高なる目的、人類の未来への想いを……清らかで静かな世界への道を……! 理解し、共に歩めると見込んだというのにッ――!』


 声が悔しさをにじませる。


「顔も見せねぇ匿名の便所の落書きどもの語る未来なんかに……興味ねぇっ!」


 王族とは思えないやんちゃな様子で言い切ったエルゴノートは、ニッと笑うと、勢いよくガツンと水晶の柱を蹴り飛ばした。

 ビキッと音を立てて倒れた水晶が、エルゴノートが昇ってきた昇降機の入り口を開いた。


『ぬおっ!? 貴様!』

「おかげで酔いも覚めた。下で飲みなおすことにするさ」


 誰も居ない水晶の部屋に向けて、人差し指と中指を立てて振る。

 

『ま、まて! エルゴノート! 魔王の……魔王の復活は本当なのだ! お前達ディカマランの敗北も、すべて予言されている事なのだ! だから我々は、世界を』


「あぁ。だとしても……俺は賢者を、ググレカスを信じている」


 そう言い残すと、エルゴノートは昇降機を使い下へ通り下っていった。


 ◇


 残された水晶は、音声のみで言葉を交わす。


『まったく、食えぬ男よ、勇者エルゴノート・リカル!』

『だが少なくとも……きゃつめの心に、疑念の種は植え付けた……』


『我々の計画に変更は無い』

『すべては、ウィッキ・ミルンの預言書の通りに』


『賢者の()()す、()()を……』


『あぁ、来るべき我ら、――清らかな一つの世界の実現に向けて!』


『『『――清らかな一つの世界を』』』


 声たちが反芻すると、水晶の光はすべて消え、暗闇に閉ざされた部屋の中には、エルゴノートの粗相と、けり倒された水晶だけが残された。


 ◇


「まったく、このメタノシュタットという国は……面白いな。本当の……魔窟だ」


 城のベランダで、天まで届きそうな尖塔を見上げながら、夜風に吹かれる。

 数百年続くというこの国には、底知れぬ闇がある。そこに潜むのは、王すら、姫すらも欺く、蠢く魍魎たちだ。

 

 そう考えながらエルゴノートは、ググレカスのことを考えていた。

 

 ――ま、俺が信じるのは、仲間だけさ。

 

 だが、確かめる必要はあるだろう。

 

 賢者が、今もディカマランの英雄の一人であるという事を。



<「幕間」 おしまい>


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