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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆30章 ググレカスの一人ギルド繁盛記 編
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 記憶への旅、はるか遠く


 階下からは夕食を準備する音と、楽しげな笑い声が聞こえてくる。


 美味しそうな匂いが漂い、思わずお腹がぐぅと鳴る。今夜はクリームシチューと、チキンの香草焼きらしい。

 さっきリオラが「もうすこし時間がかかりますよ」と言っていたので、二階の書斎で考えを練ることにする。


 日が沈み辺りはカエルの大合唱が響いている。香油ランプを灯し思索に耽る。温かみのある色合いは落ち着いてものを考えるにはうってつけだ。

 

「次世代の実用的な乗り物か……」


 紙にいろいろなアイデアを書き出しては、うーんと唸る。


「……以前から不思議に思っておりましたけれど、賢者ググレカスの突拍子もない……いえ、素敵なアイデアは、どこから湧いてくるものなのですか?」


 妖精メティウスがインクの瓶に腰掛けながら、思いついたように問いかけてきた。フワフワとした金色の髪の毛に半透明の羽根。静かに佇んでいると、本当にお人形さんのようだ。


「そうだなぁ……。以前も話したかもしれないが、遠い過去の記憶から見つけてくるんだ。夢のような……遠い記憶の断片が、夢の残滓みたいに頭の奥に眠っているからね」


 だが、以前暮らしていた「こことは違う世界」の記憶は確実に失われていた。失ってゆくことに、えも言われぬ寂しさを覚える。


 チリ……とランプの炎が揺れる。


 心の奥底を覗く時、自分の「生い立ち」や「前世」での記憶が、徐々に失われているのを実感する。まるで日記のページに虫食いの穴が空き、ページが朽ちて読めなくなるような感覚に襲われるのだ。


「色んな想い出が詰まっていたんだ。多分……楽しいこと、辛いこと。どんな暮らしをしていたか、誰と暮らしていたか……。今ではもうほとんど思い出せないが、たしかに俺はそこに居たんだ。そこには、何に使うかもわからない品々や機械。それに魔法のような乗り物もたくさんあった」


「そうでしたの……。不思議ですわね」

「近頃はだいぶ忘れてしまったよ。ほんとうに、遠い夢物語のようさ」

 アイデアの源泉となり、時に魔法の知識を体系的に使う手助けとなった記憶は、もう遠く霞みつつある。


「私も時々夢を見ますわ。どこかの素敵なお城で暮らしている……なんてよくある夢ですけれど。きっと、魂が記憶しているのでしょうね」


 それは、メティウス姫の頃の本当の記憶だろう。ルーツが解っているのだから、疑うべくもない。


「そうかもしれないな。きっと」

「ご自分の魂が何処から来たかなんて、誰にも分かりませんものね。以前は別人だったなんて考えると、なんだかロマンチックですけれど」


「案外、前世も同じ人物かもしれないぞ。中身はな」

「まぁ? そうなのかしら」


 そう。向こうの世界では「チヒロ」という、もう一人の自分が居た。今の俺は世界(ここ)へ召喚され、分離した存在だ。彼とは別の「自分」という存在とも言えるが。


 ……あれ? そういえばどんな字を書くか忘れてしまった。チヒロ、思い出せない。


「俺も確か、むこうの世界では、別の名で呼ばれていたんだよ」

「賢者ググレカスは、ググレカスではなくて?」


「うん、別の……名前だ」


 ――チヒロ……。


 あれ?


 不意に、遠い記憶の彼方から、呼ばれたような気がした。


 誘われるように目を閉じて、椅子の背もたれに身を預け声をたどる。


 目をつぶると途端に暗い闇の中へと吸い込まれた。

 何かの……硬い連続した振動音と、大勢の人間の声が遠くから聴こえる。それはとても懐かしい人たちのような気がする。


 もういちど名を呼ばれた。聞き覚えのあるような、けれど思い出せない少女の声だ。


 やがて暗闇の向こうに光が見えた。ひかりの輪は大きくなり、赤と青の瞬きを通り過ぎると、目の前に風景が広がった。

 

 車窓から見える海、眩しさに目を細める。どうやら眠っていたらしい。馬車の客室(キャビン)のような場所で、対面には黒髪の少女が座っている。顔は……よく見えない。まるで感度の悪い『幻灯投影魔法具(マギナプロジェクタ)』の映像のように、色が薄く、雑音も混じっている。


『海だよ。起きて、チヒロってば!』

『あ……うん? もうすぐ、駅か』


 タタン、タタタン……と小気味よい音がする。景色が速く流れてゆく。馬車では到底出せない速度。これは……そうだ、『列車』だ。

 

 鉄道、二本の鉄のレールの上を、列車という鉄の箱を走らせる、乗り物。

 

 チヒロはそれに乗り、どこかへ向かっているようだ。


『落書き。顔に注意』

『……うそだろ!?』


 慌てて車窓のガラス窓に自分の顔を映してみる。外の景色に重なるように現れたのは、黒髪とメガネの、やや幼い中等部の頃の顔だった。いや、それは、チヒロと呼ぶべきだろうか。


 顔には、落書きなどされていない。


『嘘です』

『おまえなぁ!』


 (ほが)らかに笑っているのは、座席の対面に座っているお下げ髪の女の子。制服を着ていて、どことなくマニュフェルノに似ている。

 声や仕草がまぶしくて懐かしい。けれど顔は見えない。名前も……思い出せない。


 修学旅行だろうか。他にも大勢の友達がいるようだが、目の前の女の子しか見ていないようだ。


 やがて、カーブに差し掛かる。二本の鉄の道、長い先頭の車両が窓から見える。


 ――そうだ、鉄道……! この仕組なら大量輸送、高速移動ができる……!


『チヒロ、どうしたのぼーっとして。ポッキーたべる?』


『起きてるよ、いつもこんな顔なのは知ってるだろ、トキ――』


 と、そこで俺はハッと我に返った。


 気が付くと、妖精メティウスが、インク瓶の上に腰掛けてうとうとしている。

 

 時間はほとんど経っていない。


 ――夢……か。

 

 遠い記憶への旅をしていたのだろうか。その旅の中で、問題解決へのヒントも見つけた。これは、啓示(・・)なのかもしれない。

 

 鉄道、列車、二本のレール。

 

 これだ。これそこが、次世代の乗り物のヒントなのだ。この世界で実現可能な方法で、似たような仕組みを構築できれば……!

 紙にペンを走らせる。アイデアを忘れないうちにと書き記しておく。


 と、ぽたりと水滴が紙に落ちてはっとする。


「賢者ググレカス……? 泣いていらっしゃいますの?」

「あ、あれ……? おかしいな。なんでだろう」


 気がつくと、とてつもない喪失感があった。


 もう、決して戻れない場所、二度ともう逢えない人……。


「夕飯。できましたよー。ググレくん、眠てる? 夕飯たべる?」


 マニュフェルノがやってきて、書斎のドアを叩いた。


 俺は弾かれたように椅子から立ち上がるとドアを開け、「あら」と目を瞬かせるマニュフェルノを抱きしめた。甘い香りと柔らかな身体を感じて、心の底から安堵する。


「突然。どうしたの?」

「……すこし、こうしていたいんだ。マニュフェルノ」

「微笑。いいですとも」


 腕がぎゅっと背中に回されて、優しい手のひらが頭を撫でる。


 ――俺は、確かにここにいる。


<つづく>


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