賢者、尻に火がつく
南国マリノセレーゼを代表する魔法工房、『海竜職人集団』が動き出した。
天才肌の魔法技術者、四角いメガネのポレリッサ率いる国営の企業が、メタノシュタット王国の未来を左右する魔法道具の開発に名乗りを上げたとなれば問題だ。
「連中は既に、戦闘用ゴーレム『タランティア』シリーズで、王国軍への納入実機を持つ企業だからな。当然、勝算があってコンペに参加してくるのだろう」
「どうだろうね。そこまではわからないよ。噂だもの」
「ううむ」
検索魔法で相手側の関連資料を漁れば良さそうだが、情報の入手経路を王政府に明かせない以上、今回も封印しておく他はない。
レントミアはあまり興味なさげだが、俺は危機感を持った。
このままでは王国軍の戦闘用ゴーレムを他国からの輸入に頼る、という安全保障上の問題が、さらに輸送を含む部分にまで拡大する事になるからだ。
当然、問題点は王国軍も理解していて、メタノシュタット王国軍の主力ゴーレムである『74式』の後継機種を、現在鋭意開発中だという。
だが、主力ゴーレムのみならず、世界樹への輸送手段――次世代を担う高速大量輸送が可能な――を開発する主導権まで握られては、何かと問題が起こりそうだ。
対案を急いで用意しなければマズイ。
「今更だが、尻に火がついた気がする」
「まぁ賢者ググレカス、それは大変ですわ。熱くなってきまして?」
大げさに驚いて、尻のほうを覗く妖精メティウス。
「あぁ、なんだか走り出したくなってきた。うかうかしていられない」
ここに来て、にわかに焦燥感に苛まれる。
魔法工房組合が提示する「馬車のアップグレードキット案」は素晴らしい出来だった。完成度も高く、すぐにも実現できる強みがある。
だから今回の件は組合に任せて、傍観をしようと思っていた。つまりはサボってもいいかな……と軽く考えていた。
だが、四角いメガネのポレリッサという「好敵手」が出てくるとなれば、話は別だ。
何故なら、優れたゴーレムを作り出す『海竜職人集団』ならば、卓越した性能を持つ「新型の輸送道具」を提示してくるはずだからだ。
「本気で考えないと王国の賢者として立つ瀬がなくなるな、こりゃ」
一応、立場というものがある。次世代の魔法道具が何もありません……じゃマズイだろう。
「あはは? ググレが焦りだした。さっきは工房の組合に任せるー、なんて言ったくせにね」
「賢者ググレカスは、ご自分から先手を打っては動きませんもの。事態が動いてから対処するパターンが多いですから。これからですわよ、うふふ」
「いつも後出しジャンケンで、勝っちゃうもんね」
「うぐぐ、おまえらね言いたい放題だな」
流石、レントミアと妖精メティウス。俺の性格と手の内を理解している。
後出しジャンケンに関しては、まったく言い返す言葉もないが、敵の戦術情報を集めて分析、そして反撃の糸口をつかむ戦術は、俺の得意とする戦闘スタイルなのだから仕方がない。
確かに今日一日、魔法工房組合の動向を知ることが出来たのは、大きな収穫だった。
無論、彼らを出し抜くつもりはない。
メタノシュタット王国として共に「勝ち組」にならねばならないのだから。
「笑ってないで、レントミアもメティも手伝ってくれよ」
「えー? 偉い人から正式な命令を頂戴したのはググレでしょー」
「賢者ググレカス、私は新しいアイデアを考えるのはとても苦手ですの。夢の世界の妄想なら、いくらでもお話できますけれど」
「今夜、付き合ってもらえないかレントミア」
「……ググレが頼むなら別にいいけど?」
「私もお手伝いしますわ」
「ありがとう二人共」
俺はメタノシュタットの南大通りの雑踏を歩きながら礼を言った。
夏の夕日に照らされた街並みは、仕事を終えて家路を急ぐ男たちや、食料品を買い込んでいるご婦人と子供、これから食事に向かおうとする笑顔の若者たちなどで賑わっている。
王城脇の公園を抜けて、家路につく。
レントミアは、自分の新居に帰るのをやめ、一緒に館へと向かうことにしたようだ。
今夜一晩、研究室で語り明かすことになりそうだが。
賢者の館の門をくぐる。すると、キッチンでマニュフェルノとリオラ、そしてスピアルノが夕飯の支度をはじめている姿が見えた。
甘い、クリームシチューの香りがする。
「や? お帰りなさいでござる!」
「おかえりなさい!」
夕日に染まる庭先では、ルゥローニィとチュウタが剣術の稽古をやっていた。
「ルゥにチュウタ。なんだか、こういう光景を見るとホッとするよ」
「そうでござるか?」
二人の稽古の向こう側では、プラムとヘムペローザ、それにラーナが庭先に実り始めたチェリーに似た、小さな果実を採っていた。
プラムが棒を持ち、ヘムペローザがエプロンを広げてキャッチ。ラーナが小さな手提げカゴに入れている。
「あ、ググレさまおかえりなさいですー」
「おかえりじゃにょー」
「レン兄ぃも、お帰りなのデース」
「ただいま!」
「うん、ただいま!」
レントミアは、森のエルフの血が騒ぐのか、すたすたと三人の方へと向かってゆくと、一緒に樹上の果実を見上げ始めた。
レントミアも何だかんだと言いながら、ここの暮らしから離れられないのではなかろうかと淡い期待を抱く。
何気ないこんな光景を目にして、明日もこんな日が続けばいいなと願わずにはいられない。そして、平和な一日にそっと感謝する。
「さて、夕飯を食べたら知恵を絞り出すか。本気で」
俺は書斎に戻ると、考えを整理する。
紙を取り出して、カリカリとペンを走らせた。妖精メティウスは、点したランプの横にある、インク瓶の蓋の上に腰掛けている。
通常の馬車の基本性能をアップグレードするという、下町の魔法工房組合の案は優れたものだ。王政府や軍が採用する公算は大きい。
軍事用語で「ハイローミックス」というものがあるが、「ロー」をカバーする妙案だからだ。
ハイローミックスとは、例えばゴレームで軍団を編成する場合、質と数を揃えるときの考え方だ。
高性能で高価なものを「上位」と呼び、程々の性能で安価なものを「低位」と呼ぶ。
高性能で高価なもので質を、低価格で数を、両方を揃える戦略だ。
現在のメタノシュタット王国軍のゴーレム部隊は、ハイを輸入品の『タランティア』シリーズが、ロー側を国産の『74式』が担っている。
これと同じことが、次世代の高速大量輸送用の魔法道具でも起こりかねない。
ロー側は馬車のアップグレード案でカバー。だが、ハイ側の代案が存在しないという事になれば、マリノセレーゼの製品が導入されることになりかねない。
王国軍も自主開発はしているだろうが、俺も何か具体案を提示しないといけないだろう。
突き抜けた発想と魔法技術で、王国軍もマリノセレーゼの四角いメガネをもギャフンと言わせるような……そんな妙案を示せるのは、やはり俺達だけのはずだからだ。
<つづく>




