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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆30章 ググレカスの一人ギルド繁盛記 編
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 ナルルのアイデアと賢者の魔法道具


「三次元、立体積層型(・・・・・)の記憶領域を生成します」


 複数並んだ水晶の『記憶石(メモリア)』から魔法術式を読み出し、別に準備した赤い輝石の中へと書きこんでゆく。


 輝石と呼ばれる半透明の石に魔法の術式を記憶させるには、魔力糸(マギワイヤー)を結晶の中に焼き付けてゆけばよい。分かり易く例えるなら、袋に入れた生クリームをニュルニュルと絞り出して文字を書く、あの感覚に近いだろうか。


「賢者様……! つまり一つの輝石の中に、複数の違う制御魔法術式を仕込むというのですか? しかも立体的に」


 俺の作業を横で見ていた魔法工術師のガーラント・ランツが驚きを露わにする。その様子が珍しいのか、弟子のナルルが俺と自分の師匠の顔を交互に見ている。


「お察しのとおりです。処理速度を速めるには良い案かと思いましてね。物は試し、この輝石は私の私物ですが、やってみましょう」


 輝石の中に魔法を幾重にも詰め込むことが出来ないわけではない。実は家族たちに渡している通信用の魔法道具は、すべて『自律駆動術式(アプリクト)』で高度に圧縮した魔法術式を自動詠唱(オートロード)しやすいように実装しているのだ。

 だが、それを教えるわけには行かない。ここは『記憶石(メモリア)』化した水晶の改良を一緒に考え、一例として示すだけに留めておく。


 魔法協会に行けば、似たようなことを試している魔法使いは居るだろう。だが、彼らが民間の工房に協力をするとは限らない。けれど、メタノシュタット王国全体の魔法技術の底上げ、という観点から考えれば、ここに足を運んだ意味もあるというものだ。


 だが、腕利きの職人であるガーラント・ランツは違った反応を見せた。


「いえ。お言葉ですが賢者様。あなたのように高度な魔法知識をお持ちなら、可能かもしれません。ですが、仮に上手く行ったとしても、それでは意味がないんです」


「先輩……どうしてですか?」

 ナルルがガーラント・ランツの言葉に緊張した面持ちで首を傾げる。


「魔法道具は、工房の職人が量産できなければ意味が無いんです」


「……平易な、技術であるべき、ということですね」

「そうです。特注品(ワンオフ)ならばそれも良いのですが……」


 その言葉に思わず手を止める。確かに、ここで魔法術式を超高度な魔法で加工しても、製品として量産できなければ意味がない。つまり、俺の「独りよがり」でしか無いのだ。


「なるほど、わかりました」


「すみません。賢者様のやろうとしている方向性は理解できます。実現できたら画期的な反応速度と低魔力消費も実現できるでしょう。ですが……製造面を考えていないといけないんです。分業と生産工程までを。それで『協調制御核術式箱(ユニゾンコントロール・コアボックス)』はこの形状になっているんです」


「はいっ! はいはいっ!」

 険しい表情のガーラント・ランツを押し退けて手を挙げたのはナルルだ。元気な声が少し重苦しくなった空気を一変させる。


「お? ナルル、何かアイデアでも?」


「あの! じゃぁ……魔法道具を作る魔法道具、えーと『治具』を作ってみたらどうでしょう? 私でも簡単に『記憶石(メモリア)』に書き込めちゃう、みたいな?」


 みたいな? と言いながら両手の人差し指で、机の上の輝石を指し示す。

 黙り込み、ぐっと眉間に皺を寄せるガーラント・ランツの横で、おしゃべりなハーフエルフの少女がなおも言い募る。


「私、『記憶石(メモリア)』に魔法術式を書き込むときって、超すっごく集中して一生懸命、小さく書こうって頑張るんです。これがすごく疲れるし、大変だし。上手く行かないとやり直しだし……。だから、大きく紙に書いて、それをこう……なぞりながら魔力糸(マギワイヤー)を動かしたりするんです。だから、道具でこう……簡単に小さくしてから書けたら良いなって思っていたんです。そうすれば、この馬車を操る制御術式を、沢山一つの水晶の中に書けるんじゃないかな……って」


「そんな都合のいいもんが出来るかバカ。お前が腕を上げればいいんだよ」


「うー、それはそうですけどー」

 先輩にたしなめられて、しょげる弟子のナルル。

「賢者様、すみませんウチの弟子が……」

 

 だが「小さくする」という言葉と、そのアイデアはインスピレーションをくれた。


「いや、まってくれ……。『治具』か。悪くない発想だぞ?」


 治具とは工具の意味だ。例えば魔法術式を小さくする『筆記用具』のようなものと考えれば……。それ自体は特注品でもいいわけだ。あくまでもプロが使う道具なのだから。


 例えば、赤い輝石に「紙に書いた魔法術式を読み込ませて、圧縮して出力」する機能をつけたらどうだろう?


 魔法術式の文字をそのまま縮小し、他の輝石あるいは水晶の『記憶石(メモリア)』にコピーできる機能だけを持たせれば、十分に『治具』として使えるのではないだろうか。


「実現するには……そうだ、『遠視魔法(ズーミィ)』を逆にして『近視』にして利用。それならば縮小する魔法の代用として術式も簡単で済む。それを輝石に仕込んで『魔法道具』化する……うむ、いけるかな」


「賢者様…?」


 あとは、ガーラント・ランツのようなレベルの職人なら、道具自体をコピーして増やすことも出来るだろう。


「お陰で、ちょっといいアイデアが生まれましたよ」


 俺はニッと微笑んで、メガネを指先で持ち上げた。


「え!? それって私の話がヒントに……?」


「そうだな、ナルルのおしゃべりからもらったんだ」


「やった! ほら! 聞きましたランツ先輩! 自由な発想から魔法は生まれるんですよね! 心に翼を!」


「調子に乗るな……この!」

「いたいいたい!?」


 仲のいい師弟を見て苦笑しつつ、ちょっとヘムペローザが恋しくなる。


 さて、今日のここでの仕事は「魔法道具を加工するための『治具』を作る」ことになりそうだ。


 俺は早速、赤い輝石に手を伸ばすと、魔法の術式を書き込み始めた。


 ◇


「私、ぐっすり眠っておりましたわ」

「僕も魔法工房(マーセナル)組合(ギルド)で遊びたかったなぁ……。何か次世代の乗り物、魔法道具を開発したんでしょ? アイデアはもらえた?」


 夕日に染まるメタノシュタット王城を横目に、俺は遅れてやってきたレントミアと、昼寝を終えた妖精メティウスとで帰路についていた。


 レントミアは自分の部屋に、買った家具を運んでくれる業者を待っていて遅くなったようだ。いよいよ本格的に城の近くに引っ越すらしい。


「いや、道具の開発自体に手を貸したわけじゃない。加工用のツールを提案しただけさ」


「ふぅん? それなら公平だね」


 魔法協会から肩入れしているとか言われても面倒だ。今日のナルルたちとの共同開発は、あくまでも『治具』だから製品そのものに手を貸したわけじゃない。


「……我ながら良い対応だったかもな。ふはは」


 出来上がった魔法の『治具』の試作品は、ナルルでも『記憶石(メモリア)』に対して微細な書き込みができる道具になった。

 補助的な道具なので、うまく使えば記憶密度を二倍、いや……ガーラント・ランツのような職人が使えば4倍とかに高密度化出来るはずだ。

 そうすれば、ハイブリッド馬車の制御術式の更なる効率化が図れるだろう。


「そろそろ、次世代の乗り物のお披露目、コンペがあるもんね。ググレは何か出さないの?」


「俺は、下町の工房を支援したからな。個人的な出展は辞退するよ」

「へ!? そうなの?」

 レントミアが瞳を大きくする。


「うむ。今日いろいろな職人と話してな。俺は浅はかだったと悟ったよ。凄いものを独りよがりで作っても、量産できなきゃ意味が無いんだし」


 ワイン樽ゴーレムを更に改良して馬の替わりに牽く、ゴーレムを提案しようかとも考えた。だが、誰が量産するんだ? という壁があることに気がついた。


「ふぅん。……まぁ、いいんじゃない?」

「意外とアッサリだな」

「えへへ。あ、そういえば噂で聞いたんだけど」


 横を歩くハーフエルフが、何かを思い出したように顎を指先で支える。


「ん?」


「マリノセレーゼの『海竜職人集団(シードゥン・メイカーズ)』がね、次世代運搬用魔法道具の試作品をコンペに出すかもって魔法協会で……。マリノセレーゼに知り合いがいるっていう魔法使いが話してたよ。受注したら南国に行って仕事を探そうかな、とか言って」


「なにぃ!?」


<つづく>


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