魔法工術師ガーラント・ランツの相談ごと
魔法工房・組合が考えた「次世代の運搬手段」は、馬車の基本性能を大幅に強化する事を目的とした魔法のパーツだった。
後付け可能な「アップグレードキット」というコンセプトなので、目新しさはない反面、手堅く実用的で、すぐにでも発売できそうだ。
言い換えれば、現代において運送の主力を担う「馬車」をそのまま利用できる事、新規開発に比べればコストが低く抑えられる事が利点に挙げられるだろう。
馬の動きをアシストする魔法の鐙に、推進力を補助する魔法のカラクリ。そして転がりやすい車輪に、空気抵抗を減らす幌――。
「他にも、軸受け用の『魔法の潤滑油』もあるのよん。ヌルッヌルでよく滑るんだからん♪」
「そ、そうですか……」
パイナップル頭で筋肉質な工房長が、ウィンクしながらセクシーな仕草で小指を立てる。オネェ風な仕草にはツッこまないでおくが、他にもまだ関連製品はあるようだ。
「馬用の『蹄鉄』も改良してみたんじゃ。ぬかるみや砂地で、めり込まないような、魔法の術式を仕組んでみたんじゃ。どう思うかね?」
「これはすぐにでも欲しがる人が多そうですね」
「じゃろう!?」
馬の足の裏にはめる『蹄鉄』を見せてくれたのはドワーフの職人だ。
一種の『形態維持魔法』のような魔法が仕込まれていて、馬の体重と衝撃を利用して、泥や砂地を「踏み固める」効果が得られるようだ。
自信を深めたのか、仲間たちとやはり売れるぞ、と言い始めている。
「あ、あの……ウチの工房では、馬に飲ませる『疲れ知らずの薬』をつくってみました。滋養強壮、元気溌剌、お馬さん用ですけど、よろしければ賢者様も一本どうぞ」
いつのまにか、ナルルと一緒に並んでいた銀髪の少女が、手提げの籠に入った小瓶を差し出した。ヤバそうな魔法の薬に思えるが、中身は何だろう?
「い、いや、ウチは馬が居ないから……」
「人間が飲んでも平気ですよ? すべて合法、安全な成分ばかりです!」
「気持ちだけ頂くよ、嬉しいな、はは」
流石は下町の裏路地、抜け目なく売り込んでくる。
いろいろな「アップグレードキット」が出揃ったところで、組合長が皆を集めて更なる改良と、今後の販売計画について議論し始めた。
そこでナルルの先輩だという青年、ガーラント・ランツが、話しかけてきた。青っぽい髪色に鋭い目つき。どことなく魔法使いのマジェルナに似ている気がするが、他人の空似だろう。
「実は、相談があるのです」
ようやく、俺への相談がやってきた。
「今日はそのために来たんです。とはいえ、みなさんの工房の想いが詰まった発明品に対して、何かお役に立てることがありますかね?」
「おそらく、賢者様なら……と思いまして」
「何にお困りですか? これだけの魔法道具が有れば、王政府の要求には十分応じられそうには思えますが」
「えぇ、組み合わせればかなり良い結果が得られそうです。ですが、俺が考えているのは,これらの魔法道具を『協調制御』させることなんです。それが上手く行かなくて」
「協調制御ですか!」
それは、ワイン樽ゴーレム『フルフル』『ブルブル』の戦闘時の動作や、空飛ぶ『樽』たちの動作などで多用している。
「一つ一つの道具の性能を補う意味で、どうしても一緒に動作させたいタイミングがあるのです。例えば、魔法の『アシスト鐙』と、車軸駆動用の『補助動力』を上手く連携できれば、それだけ効率よく進めますから」
「それには、魔法使いならば魔法術式を用いるか、魔力糸での直接制御になりますが……」
俺が言いかけたところで、ガーラント・ランツがナルルを呼んだ。
「ナル、例のアレを持ってきて、賢者様にお見せしろ」
「はい!」
すたた、と壁際の棚まで駆けていき、何かの道具を持って戻ってきた。俺とガーラント・ランツが話していた横にあったテーブルの上に置く。
それは、宝石箱ぐらいの大きさの木箱と、それから伸びる金属製のワイヤーの束だった。
「これは『協調制御核術式箱』です。軍用のゴーレム制御用のものを模して、俺が造ったものです」
蓋を開けて中を見せてくれたが、水晶の結晶が10個ほど、基板の上に固定されている。基板には複雑な魔法円が幾重にも描かれていて、これらを駆使して動きを制御するための魔法道具らしい。
「馬車に取り付ける魔法の道具を、これで制御するんです」
「おぉ! ランツさんの魔法道具ですか。ナルルも手伝ったのかい?」
「まぁ……ちょこっとだけですけど」
先輩に遠慮してか小さく笑うだけのナルル。
「触れてもいいですか?」
「えぇ、どうぞ」
手にとって眺めてみると、それぞれの水晶は『記憶石』と呼ばれる魔法の記憶媒体を形成している。中には、動きを制御する術式が沢山書き込まれているが、かなり手間のかかる職人技によって作り込まれているようだ。
「……魔法使いは呪文を詠唱し、魔力糸で魔法円を描く。それによりゴーレムを制御します。こうして道具という形にすることで、誰でも使える魔法道具になるわけですね」
丁寧な仕事ぶりに感銘を受ける。これが、職人というものか。
「はい。馬車の制御魔法の実体化です。ですが、どうも反応速度が悪いのです。入力値に対して、出力系が遅い。瞬時に反応できないと意味がない。例えば馬車が坂道を登り始めたら、各種魔法道具が瞬時に連携してこそ効果が出てきますから」
真剣な眼差しで魔法の箱から伸びる金属ワイヤーに触れる。それぞれを道具に接続して、情報の伝達を行う魔力導体だ。
「ふむ……では……」
少し腕組みをして考える。
魔法の処理速度の向上。これならば、俺の知恵で手助けできるかもしれない。
ようやく俺の出番が来たようだ。
反応が遅いのは、幾つもの魔法術式を経由しているからだ。
複数の魔法術式が水晶の『記憶石』に納められていて、それを繋ぐのはまた別の魔法円だ。これでは処理の効率は上がらない。
これらをひとまとめに……集積化すれば速くなるかもししれないな。
普段、俺が脳内でするような、『千年図書館』による超高速魔法詠唱を真似し、今ある材料で代用出来ないだろうか?
例えば何か……魔法術式を記憶できる良い石はないだろうか?
こちらを気遣ってか、じっとおしゃべりを封印。口を一文字に結んでいるナルルの顔を見て思い出した。
そういえば昨日、良さげな輝石を買ったのだ。
俺はごそごそとポケットから「赤い輝石」を取り出した。魔法の馴染みの良さそうな輝石は、『記憶石』に加工するにはピッタリだ。
「あ……! それ昨日買った石ですよね? もしかして役に立ちます!?」
ガーラント・ランツ先輩の横で途端に目を輝かせるナルルに頷き、微笑み返す。
「あぁ、役に立つ。これからお見せするのは、あくまでも参考程度です。こうしたら良いのでは? というアドバイスになると良いのですが……」
左手から伸ばした魔力糸で『協調制御核術式箱』の術式の一部を読み取った。
――輝石内に術式を転写……!
右手に持った「赤い輝石」の内部に書き写してゆく。バラバラに記憶されていた魔法術式を、ある手順で積み上げてゆく。
「それは……!?」
ガーラント・ランツの瞳が見開かれる。赤い輝石の内部の変化に気がついたようだ。
「三次元、立体積層型の記憶領域を生成します」
<つづく>




