仲間を信じるということ
◇
俺はレントミアやマニュフェルノ、そしてルゥローニィといろいろな事を話しながら帰路についていた。
酒を間違って飲んでしまったファリアは、最初のうちはいつに無く上機嫌だったが、メタノシュタットの城が遠ざかり、郊外に出た頃にはガーガーと高いびきで寝てしまった。
これでファリアの赤いドレス姿も見納めだな……。
燐光妖精の照らす夜道を、俺達の馬車はのんびりと進む。
この世界を代表する冬の星座が、黄道を駆け上がり天頂にさしかかろうとしていた。
城とその周囲のお祭り騒ぎから遠ざかり頭が冷えてきたのか、信頼のできる仲間達の顔を見ているうちに、俺はある思いが湧き上がって来た。
――やはり、すべて話すべきだ。
俺が図書館へ一人向かった理由を誰も聞いてはこなかった。
俺の様子がおかしいと心配し、ルゥローニィに後を追うように頼んだレントミアでさえ、忘れてしまったかのように何も触れてはこない。
――彼らは俺を信じ、待っているんだ。
世界の行く末すら左右しかねない重大な秘密を、俺は一人で抱えこんでしまった。
囚われの姫が生きているのか死んでいるのか、今の俺には判らないが、もしもレントミアやマニュフェルノがあの場にいてくれたら、違う答えが見つかったかもしれない。
今、ディカマランのメンバーの中で『ひとつの清らかな世界』(クリスタニア)の事を知っているのは、レントミアだけだ。
マニュフェルノもルゥもファリアも、そしてエルゴノートすら知らないのだ。
検索魔法で何が起こっているのか、世界の予言、いや未来の「ロードマップ」を指し示す『魔女の未来予見』の事、そして……図書館に囚われた姫君、メティウス姫の事も。
俺が調子が悪かった理由――。それは一人だけでどうにかしようと考え、空回りしていたからではないだろうか?
賢者だから一人だけでどうにかなる、どうにかしてやる、というのは思い上がりだ。
プラムの薬の開発も、材料を得るための冒険も、すべての場面で俺一人の力ではどうにもならない事ばかりだということは、嫌というほど思い知ったはずだ。
先日もプラムやヘムペローザを危険な目にあわせて、ルゥに助けてもらったばかりじゃないか……。
賢者を気取ってはいても結局、俺は一人で何も出来ないのだ。
思わずぐっと唇を噛み締めて、手綱を握った手に力をこめる。
検索魔法は確かに俺だけの魔法だが、使い方を共に考えてくれたのは他でもない、俺の傍らで夜空を見上げ、星を数えている「師匠」レントミアなのだ。
3年も一緒に旅をして世界中を駆け回ったディカマランの仲間達。共に数々の冒険をこなし死闘を潜り抜け、そして魔王すら倒した大切な友人達――。
それを信じなくて誰を信じるんだ?
「ったく。俺はどうかしていた……」
俺がひとりごちると、馬車の御者席で星座を眺めていたレントミアが目を瞬かせた。
小首をかしげ、そしてちいさく微笑む。
「そうだググレ、映像中継で館の様子を見てたよね?」
「あ、……あぁ! 王の長ったらしい挨拶に飽きたからな」
「あはは、同感ー。あくびが出ちゃうよね」
軽く笑って見せながら、いつもの調子のハーフエルフに少し安堵する。
「でさ、ググレのお屋敷とお城じゃ相当距離が離れてるけど、どうして見えたのかなって思って」
「フフフ……、実は先日プラム達が大カエルに襲われた後に、俺は魔力糸の到達距離を伸ばす方法を考えていたんだ」
「え!? どうやったの?」
レントミアが食いついてくる。魔法のこととなると結構熱くなるのは昔からの事だが、今でもあまり変わってないんだな。探究心があるということは、新しいものを生み出す力になる。
「……秘密はレントミア、お前が考案した大規模魔力探知網さ!」
「ボクの……あ!」
もうピンと来たらしい。流石は円環魔法を操る魔法使いだ。
「大規模魔力探知網は、メタノシュタットの周囲にばら撒いた魔力の篭められた札を相互接続し、その魔力振動の変異で、異変を察知する広域魔術の一種だろ?」
「それを……中継術式としてつかったの!?」
「正解。せっかく凄いものがあるんだからな、使わせてもらったのさ」
レントミアが目を丸くする。驚いているというよりは愉快そうだ。
大規模魔力探知網の構築に力を貸したレントミアの読みは正しい。ひとりの魔術師が伸ばせる魔力糸の長さはせいぜい決まっているが、元々構築された大規模魔力探知網を使い、魔力信号を中継させればその到達距離は張り巡らされたネットワーク全体に及ぶ。
中継させた中身は俺の屋敷の様子という極めて私的な内容だが……問題は無かろう。
「流石にレントミアが施した魔術暗号解除をするのに少し手間取ったが、侵入してしまえばあとは自由に使えたぞ?」
「きゃはは! ググレらしいね! クリスタニアの魔術師たちが必死で組み上げた魔法を逆に利用しちゃったんだ?」
まぁな、と言いながら俺はニヤリと笑みを漏らして、暗い道に目線を向けた。
こんな深夜に移動する馬車や人は他にはいないが、不意に馬車が揺れないようにいい道を選んで走るためだ。後ろで寝てしまったファリアやマニュを起こすのは忍びないからな。
ルゥローニィは起きているのだろうが、黙したまま暗闇の向うにネコのような目を光らせている。
「ね、ググレ……。ボクたちはずっと……友達だよね?」
「また……なんでまたそんな事を聞くんだよ、当たり前だろ……」
何回言わすんだ、恥ずかしい……。
「ううん。ならいい」
あぁ、そうか。やはり待っているのだ。俺が何故図書館に居たのか、そして、何を知っているのかを。だが……話すのは明日にしよう。そうだな、皆が揃った時にだ。
気がつけば館はもう目の前だった。
窓からは、暖かな「明かり」が灯されているのが見えた。
すっかり夜も更けた頃、俺達の馬車『陸亀号』は、賢者の館脇のガレージへと滑り込んだ。
◇
「おかえりなさい、賢者さま! みなさん!」
「お……おかえり、なさい!」
帰ってきた俺たちを出迎えてくれたのは、イオラとリオラだった。玄関先から飛び出すように出迎えてくれた。
ほっとしたような笑みを浮かべる妹のリオラと、照れたような顔で頬を掻くイオラ。二人とも深夜だというのに起きていたのか。
家の中は二人が居てくれたおかげで暖炉の火を絶やさずに済んだ。火の気があるお陰で中は暖かく、家に誰かが居てくれるありがたみを感じさせてくれた。
以前なら冷え切った暗い家に帰り、明かりを灯し暖炉に薪をくべるところから始めなければならなかったのだから。
「プラムちゃんととヘムペロちゃんは寝ちゃいました」
「あぁ、頑張って起きてるって言ってたんだけどな」
兄妹が互いに顔を見合わせて微笑む。どうやらプラムとヘムペローザは待ちくたびれて寝てしまったらしかった。だが、まぁこの二人が居れば安心して寝てしまうのも無理は無いか。
「留守番ごくろうだったな。これ、お土産だ」
俺は手に持った包みを差し出した。食品保存用にロウを染み込ませた紙に包んであるのは、日持ちのする肉料理や、焼いた料理だ。
「わ、これは何ですか?」
リオラが栗色の瞳を大きくして、尋ねる。
「お城で出た料理を、沢山もらってきたのさ」
「おぉすげぇ!」「すごい!」
素直に感嘆するイオラとリオラはそれを受け取ると、「皆さんも早く中へ」と他のメンバーを招きいれ、玄関の扉を閉めた。
「安堵。一番ここが落ち着くね」
マニュのやつは完全に自分の家だと思ってやがるな。居候なのに。まぁいいけれど。
「んー、お風呂はいって寝よ、今日は寒いしググレと寝るね!」
「レントミア、さらっと後半とんでもない事を抜かすな……」
さも当然という顔ですましているハーフエルフにとりあえず突っ込んでおくが、風呂に入りたいのは同意する。
「グ、ググレ、私も世話になっていいのか?」
「当たり前だろうが、遠慮しなくていいぞ、寝る部屋もあるしな」
遠慮気味のファリアだが、別に気にしなくていいんだ。ゆっくりしていってくれ。
「拙者、この暖かい暖炉さえあればいいでござるよ」
「ルゥ、なんなら俺の部屋にも暖炉はあるし、こんなキッチンで寝なくても、一緒に寝てもいいんだが……」
「ググレはボクと寝るんだよ!?」
レントミアがばっ、と俺達のあいだに割ってはいる。
「誤解すんな、一緒の部屋で、だ!」
「ほっ、ならベットはボクと一緒だね」
「だからちがうと言ってるだろうがぁ!」
話をややこしくするな、これ以上妙な誤解をされたら困るだろ。っていうか既にリオラの笑顔がひきつってるのだが!?
俺は半笑いの困った顔で兄のイオラに視線を向けたのだが……目を逸らされた。
今日こそは男同士の親交を深める為に、イオラと風呂に入りたかったのだが……、残念だが今日も無理そうだな。
俺はやれやれと溜息をついて、暗闇に閉ざされた窓の外に目線を向けた。カタカタと北風が揺らす曇ったガラス窓の向うは、底知れぬ闇と身も凍るような世界だ。
俺の後ろでは料理の包みを開けたイオラとリオラが、涙を流さんばかりに喜んでいる。始めてみる王宮の料理に驚き感動の声を上げる。ちゃんとプラムとヘムペロの分も残すの! と、つまみ食いをしようとする兄の手をぺしっと叩く。妹はやっぱりしっかり者だなぁ。
気がつけば俺の屋敷はとても賑やかで、暖かくて、とても居心地のいい場所になっていたようだ。
こんな風に、これからもずっと毎日が楽しかったら最高なんだけどな……。
<章完結>