優雅な朝と、マニュフェルノのお仕事
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一夜明けて、今日は少し薄曇りの朝だ。
出掛けに見た『幻灯投影魔法具』では、番組の中で今日の「天気占い」をやっていた。
午前中は薄曇りで午後は強い日差しになるでしょう――ということだが、占いの魔法なので当たる確率は半分といったところか。
「では、行ってくるよ」
「抱擁。朝の」
賢者の館を出る時は、玄関先でマニュフェルノを軽く抱きしめて、いってきますのキスをする。
「……マニュは、今日はどうするんだ?」
「治癒。王立の療養所へ行って、魔法の薬を作ってきます」
「あぁ、以前ハルアを治療した時の……治癒の薬かい?」
「首肯。少しでもお役に立てればと。ついでに、お小遣い稼ぎにもなりますし」
意外とちゃっかりとしたマニュフェルノだが、王政府の療養所でさえ、完全な「治癒魔法」と呼べる魔法の使い手は本当に少ないらしい。
骨の再生を早める、化膿を抑える、痛みを消す……といった対処療法的な魔法使いならば何人も居る。だが、痛みを和らげ傷を癒やし皮膚さえも同時に再生できる、マニュフェルノのような魔法の使い手は本当に稀有なのだという。
療養所としてもお金を払ってでも、効果がある薬剤を創れるのならば、協力が欲しいのだろう。
マニュフェルノも社会にしっかりと活躍の場を広げているようだ。
「何かあったら金の腕輪で連絡を」
「了解。心配ないですよ。スピアルノと子ども達も買い物と散歩で一緒ですから」
髪をゆるく結ったマニュフェルノが微笑む。ノースリーブの水色のトップスに、膝下までの薄手のスカート姿は夏のお出かけファッションらしい。
「それと、チュウタは留守番を頼んだよ。俺の部屋の本は自由に読んでいいから」
「はい。薪割りと庭の草むしりもしておきます」
「そうか、早く学舎に通えるようにしてやりたいが……」
「騎士様の家に行けば通えるんですよね? 少しの辛抱ですし」
気丈な様子を見せるが、やはり少しさみしそうなチュウタ。いつもはマニュフェルノやスピアルノが一緒に居るので、洗濯や掃除を手伝ったり、勉強を見てもらったりしているようだ。だが今日は館で一人で留守番となる。
背後に見える廊下の向こうでは、早速『館スライム』たちがコロコロと転がり、自由を謳歌しようと目論んでいるようだ。
「では、いってくる。リオラもプラムもヘムペロも、ラーナも準備はいいか?」
「大丈夫です! あ、行ってきますマニュさん、チュウタ」
ワンピース風の平服の上に高等学舎の夏の制服を羽織ったリオラが歩きだす。
「今日は調理実習でしたねー」
「その前にある学課が……王宮古典文学、あれが眠くなるんだにょ……」
リオラの後ろを中等学舎の制服を羽織ったプラムと、ダルそうな様子のヘムペローザがついてゆく。
俺は初等学舎に向かうラーナの手を引いて、少し遅れて歩いてゆく。
「ぐーぐ、そういえば、お友達の家にお呼ばれされたのデース!」
「そりゃ大変だ。ホ……ホームパーティとかそういうやつか?」
「えーと、……おたんじょうかい、デース?」
「ほぅ!?」
お誕生会とは確か、仲の良い友達を家に招いて料理を振る舞うという、王都の裕福層では結構流行っている行事らしい。招かれる方は、それぞれの家で作ったお菓子を何か持っていくのがルールだとか。
「いつ、どこで、どういう人のお家かをちゃんと聞いておいで。マニュやリオ姉ぇに頼んで準備もしなきゃいけないな」
「わかったのデース」
俺の手を揺らし、嬉しそうに跳ねるラーナ。心配していた学舎の生活にも順応しているようでホッとする。
そんなこんなで、今日も平和でありますように、と祈りながら俺は王城へと向かう。
皆を途中まで送ってゆく。朝の王都は結構な人が歩いている。
野菜や穀物を運ぶ行商人や、雇われた人足がせわしなく行きかう。背筋を伸ばし誇らしげな顔で歩いているのは、折り目正しい制服に身を包んだ王政府の役人や、軍の関係者だ。その間を、元気のいい学舎の生徒たちが歩いてゆく。
と、ここで妖精メティウスが舞い上がり、賢者のマントの肩に腰掛けた。
「賢者ググレカス、今日はこれから……下町へ?」
「それは午後1時からの約束だったかな」
今日の一番の仕事は、ナルルに誘われた魔法工房の組合への顔出しと、魔法の技術支援だ。
「では、まずは王城へ?」
「そうだな。いろいろな手続と根回し、情報交換と……。それとは別に、ちょっと会っておきたい人がいるんだ」
「まぁ、どなたですの?」
金色の髪を揺らし小首を傾げる妖精メティウス。
「騎士団長、ヴィルシュタイン卿さ」
<つづく>




