リオラの一喝と、ルゥローニイの悩み事
「ルゥ兄ぃさんたち、お家を探してたみたいです」
「……住む家を……か」
「はい。家賃とか、敷地とか、いろんな広告を持っていて」
俺は、リオラの言葉に、どんな顔をして良いかわからず、ただ無表情で「そうか」と答えるのが精一杯だった。
レントミアに続き、ルゥたちも館を出て行くつもりなのだろうか……。家族同然と思っていたのに、軽いショックで言葉が出ない。
「ま、まぁ……その、危険な目に子ども達を遭わせてしまったからな。この前だってリゾート旅行のつもりが、海で幽霊船退治だもんな……ハハ」
考えてみれば、「世界一強固な魔法防御を誇る家」を謳い文句にしている時点で、危険であるという事の裏返しなのだ。
さっきも皆で戦闘訓練をしていたわけだが、あれだって普通の家庭じゃ見掛けない光景のはずだ。
館が建ってからというもの、巨大植物怪獣の襲撃(というか発生だが)から始まり、鉄杭砲を撃ち込まれそうになったり、事あるごとに敵の襲来を受けてきた。
館自体で動けるようになってからは、砂漠から北の果てまで、あちこち冒険に出かけていたわけで、落ち着ける場所というには程遠かったように思う。
特に、ルゥ一家のように幼い乳飲み子が居るとなれば、心配していないわけがない。
フラフラと歩きながら立ち木にぶつかりそうになる。
「ぐぅ兄ぃさん!? どうしたんですか、しっかりしてください」
リオラが慌てて俺の背中に手を添える。
「……リオラにも苦労をかけてるもんな。敵も来るし、安心とは程遠いよな」
「そんなの、いつものことじゃないですか!」
「いつものこと……か。友達を呼べない家なんて、嫌だよな……」
「……」
リオラは何も言わず真っ直ぐに俺と向かい合った。間近で唇をぎゅっと結んで見上げている。鳶色の瞳の奥で、悲しさと憤リ混じりの光が揺れた。
やがてわなわなと肩を震わせたかと思うと、ぐっと拳を握りしめた。
「ぐぅ兄ぃ……さんッ!」
そして――突然パンチを繰り出した。拳はヒュッと風を切り、俺の頬をかすめて背後の立木に叩きつけられた。伸びやかなフォームの一撃は、ゴゥンという衝撃音と共に木立を揺らす。
「ひッ……え!?」
すると、やや後方からぶーん……という羽音と共に大きなハチが逃げていった。
「大きなハチがいました」
「あっ、あ、あぁ!? ありがとうリオ……ラさん」
「どういたしまして」
リオラは、ふぅ……と息を吐きながら瞳を閉じ、拳をゆっくりとひっこめた。
俺とリオラの声と様子に、チュウタが驚き振り返る。妖精メティウスが何事かと舞い戻ってくる。
「あのですね、怖い敵が来たからとか、そんな理由でお家が嫌になるわけないじゃないですか! そんなの……賢者さまのお屋敷に一歩足を踏み入れた日から覚悟してるんです。最初からわかってますよ、そんなこと」
「リオラ……」
かつて、双子の兄妹が館の門を叩いた日のことが鮮烈に甦る。リオラはあの時から、出会ったときから、魔法の館での非日常を覚悟して、足を踏み入れていたのだ。
「確かに、私たちは時々悪い人が来た時の訓練はしてます。けれどそれは、マニュさんが『ぐぅ兄ぃさんの足を引っぱらないように、出来ることをしておこう』って言って、気持ちを一つにしてやっているんです。スピアルノさんも知恵を出してくれますし」
「……そう、だったのか」
「お家のことは私達に任せてください。お家を守るのはメイド長の私の仕事でもあるんです。だから心配しないで。ぐぅ兄ぃさんは自信を持って、堂々としててください」
リオラの言葉が胸に刺さる。家長である俺が凹んだからといってフラフラとして、弱気になってどうするってんだ。しっかりと立っていかないと。
「堂々とだな。わかったよ、ありがとうリオラ」
「ぐぅ兄ぃさんは何時だって絶対に私達を守ってくれるじゃないですか。必死に、全力で。だから私たちは何があっても安心して暮らしてるんです。違いますか?」
優しい笑みを浮かべつつ、俺の手を取るリオラ。
「わかった。……かえろうか」
「はい。プラムもヘムペロもラーナも、ぐぅ兄ぃさんの子供で、姉妹みたいな運命共同体なのですから。私達のことも信じてください」
「あぁ! 頼りにしてるさ」
と、公園の方から賑やかな声が聞こえてきた。それは、ルゥローニィとスピアルノ、そして四つ子達だった。
「にゃ? ググレ殿でござる」
「チュウ坊とリオっちと散歩ッスか?」
ルゥローニィは、夏向けの麻の生地の道着にサンダル履き。腰には愛用の刀を下げている。帯剣を許可されている証として最近制定された、赤い布が柄に巻かれている。
スピアルノもお揃いの道着のような上着に長いスカートという格好だ。
「リオラを迎えに来てたんだ。おかえりルゥ、スピアルノ。とみんな」
四つ子はそれぞれ、ルゥとスピアルノに手を引かれていた。夕日が猫耳と犬耳家族の影を長くする。
「ググレー!」
「メガネー!」
「ケンジー!」
「グニサンー!」
「ははは、みんな元気だな! 暑いのに王都を散歩か……!」
四つ子はルゥとスピアルノの手を離れると、俺に駆け寄ってきた。わしゃわしゃと群がり、可愛らしい。全員抱き上げてやりたいが、同時に四人は流石に無理だ。ここは不公平になるので頭をなでるだけにする。
「はこー!」
「なにー?」
チュウタが持つ箱を目ざとく見つけて、キラキラと目を輝かせるナータとミーア。
「あ、これ、中が虫でね……」
箱をゆっくり開けてみせると、大歓声が沸き起こった。やはりカブトムシとクワガタを見て、テンションが上がらぬ子供は居ないようだ。
「さぁ、帰ろうか」
ここから見える賢者の館には明かりが灯っている。夕飯の支度も出来る頃だ。合流した俺達は帰路についた。
「ところでルゥたちは……今日」
と言いかけて、リオラと顔を見合わせる。家を探しに行ったのか、とは切り出せなかった。
すると、ルゥが紙の束を取り出した。それは不動産屋の広告チラシだった。家屋や敷地の物件価格が広さとともに書かれている。
「不動産屋めぐりでござる! いやぁ……大変だったでござるよ」
「どこも高いッスもんね」
辟易した様子のスピアルノが犬耳をかきあげる。
「引っ越しの資金なら俺も援助するが……」
「引っ越し? 古くなって崩れそうなカーミヤ道場を売り払って、別の場所に建て直したいのでござるよ。手狭になったし、生徒が増えてうるさいと苦情もでたでござる」
「え? 道場の、建て替え?」
リオラともう一度顔を見合わせて目を瞬かせる。
「そうでござる。できればこの近くで、そこそこ広い場所……というのが、なかなかないでござる」
「しかも騒音もあるッスからね」
「騒音ではござらぬ! 子供達の元気のいい稽古の声にござろ」
「子供の声が嫌って貴族もいるっスよ。フィノボッチ村ならいいと思うッスが」
「しかしでござるね」
にゃぁきゃんと言い合う夫婦だが、俺はキョトンとしていた。
「道場の建て替え、だったのか……」
「あ、あれ? えへへ」
リオラがてへっと可愛らしく笑う。リオラと俺はどうやら早とちりをしていたようだ。
「どうかしたでござるか?」
「あ、いや! なんでもない。それより道場用の土地がほしいのか」
広くて、生徒が集まっても迷惑をかけない場所。そんな土地が王都にあるとすれば……。
「賢者ググレカス、お屋敷の横のハーブに侵略された土地を切り開いてはいかがです?」
妖精メティウスの言葉にハッとする。
「そうか……! その手があったか!」
隣の敷地との境界まではウチの土地なのだ。今は半分雑木林だが、少し切り開いてしまえばいい。そこに道場を建てればいいじゃないか……!?
<つづく>




