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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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 宴の終わりと、ダンスの余韻

「さぁ、皆の者! ダンスの時間だ、存分に……楽しむがよいぞ!」


 王はそう宣言すると自ら杯を高く掲げ、一息に酒を飲み干した。

 楽団が奏ではじめた音楽は、民族音楽独特の節回しの効いた軽快でアップテンポのものだった。優雅とは言えないが、思わずつられて踊りだしたくなるような、そんな感じの曲調だ。

 これを待ちかねていた紳士がお目当ての淑女の手を取り、踊りの輪に入ってゆく。くるくると優雅に舞うパーティ参加者達の楽しそうな声が響き始めた。


 だが俺は、メタノシュタツト王がつぶやいた言葉が頭の中で残響し、とても踊れるような気分ではなかった。

 一人席に戻り、銀の水差から直接水をガブガブと飲んだ。


 ――今日は……あの子の命日なのだ。


 メタノシュタットを束ねる王、コーティルト・アヴネィス・ロードは確かにそう言った。

 豪胆で臣下や民の信頼も厚い名君と称される王。あの時の様子は、とても演技や嘘を言っているようには思えなかったし、子を亡くした親の情、それを感じさせるには十分すぎる悲しみに満ちた目をしていた。

 だとすれば、俺が図書館で出会った少女――メティウス姫は、実は既に亡くなっていて、あれは幽霊だ、という事になる。


 確かに……考えてみればおかしい点はある。

 策敵結界(サーティクル)で姫を検知できなかったあの時、俺は図書館の二階に張り巡らされた「謎の結界」の対応に気を取られ、展開し忘れていたと思っていた。

 だが本当は……展開していたが「検知できなかった」のではないだろうか?

 背後に接近されるまで、車椅子の音が聞こえなかったのは何故か? 検索妖精(サーチエンジェル)に気をとられていた? まさか。

 そもそも……姫にも検索妖精(サーチエンジェル)が見えたとして、車椅子でそれを追いかけ、俺の検索した本を書棚から取り出し、更には「詩」を書き込めるものなのか? 冷静になれば、おかしなことばかりだ。

 ぞくっ、と僅かに背筋が冷たくなる。


 この世界には、死霊(レイス)幽霊(ゴースト)と称される魔法の力で思念が残留し凝り固まった擬似魔法生物が存在する。

 だがそれは肉体では触れる事はできない。そもそも人間の生気を吸い取ろうとしたり、呪いをかけようとする危険な魔物の類として、魔法使いや僧侶の呪文で撃退すべき、危険な対象でしかない。


 ……馬鹿げている。

 俺は頭を振った。確かに彼女の温もりのある指先に触れ、言葉を交わし、囁くような言葉の息遣いを確かに感じたのだ。

 姫のほろこんだ小さな唇や深い愁いを帯びた瞳、蜂蜜色の長く美しい髪は生きている人間のそれだったはずだ。

 やはり薄暗い図書館の中に一人閉じ込められて、パーティへも参加させてもらえない、哀れな囚われの姫君に過ぎないのではないか?

 世界を捻じ曲げる力を確かに宿しているかもしれないが、その力で世界を積極的に変えようとはしていない。むしろその力を恐れるあまり、自らあの暗闇に閉じこもっているのではないか?

 クリスタニアの預言者とし信奉されているが、その本質はただの空想好きな女の子なのではないか?

 自問自答を繰り返し、疑念と論理がせめぎ合い、俺の頭はどうにかなりそうだ。


 ――そうだ、もう一度あの場所に行き確かめれば済む事じゃないか。


 俺は思い立つと、ガタリと席を立った。


 と、いつの間にか背後を取った人物が、ぐっと何かを背中につき立てた。

 ナイフのように感じたそれは、ただの指であることはすぐにわかった。


「……ルゥ、何のマネだ?」

「おかしいでござるな、ググレカス殿。自慢の結界はどうしたでござる?」


 振り返るまでも無く、その声はネコ耳の剣士(サーベリア)、ルゥローニィだ。

 パーティの喧騒の中でも、耳元で囁く声ははっきりと聞こえた。

 低く、真剣な、殺気すら感じさせるほどに鋭く尖った声色。


「……俺は、用事があるんだ」

「用事? この祝賀の祭典の会場の最中に……ましてや誰もいない図書館に用事、でござるか?」

 一層潜められた声で続ける。

 

「――俺をつけていたのか?」

「レントミア殿に頼まれましてござる。拙者の尾行に気が付かぬ時点で、おかしいとは思っておりましたが……、尋常ならざるご様子でござったよ?」


 俺はようやくその言葉で我に返った気がした。

  何かがおかしいのだ。機能しない索敵結界(サーティクル)、あの人気のない場所に閉じ込められた姫君との遭遇、そして……俺自身も。

 

「……あぁ、そうかもしれないな、心配をかけた。もう……大丈夫だ」


 俺は、自分の行動を反芻する。確かに……俺はどうかしてたのかもしれない。熱や毒気に絆されたように、頭がぼーっとして働かない。

 慣れないパーティのせいなのか、それともずっと頭から離れない、姫の可憐な笑顔のせいなのか。


「さ、マニュフェルノ殿と、ファリア殿がおまちでござるよ! 」


 ルゥがぱっと明るい笑みを浮かべて、トンと俺の背中を押した。


「あ……、あぁ! そうだったな」

 

 ――これ以上考えるのは、今は止そう。


 今は、気持ちを切り替えてマニュフェルノとの約束を果たす事にする。

 そして、向うでエルゴノートと二人、息の合ったダイナミックな踊りを見せているファリアもダンスに誘うんだ。


「マニュ! 踊ろう!」

「歓喜。まってたよ、ググレくん」


 俺はぽつねんとテーブルで俺を待っていたマニュの柔らかい手を引いて、踊りの輪の中へと駆け出した。


 ◇


 楽しかった宴はいつしか終りを告げた。

 踊り終わった俺達は、和気あいあいとしながら、夜も更けた馬車置き場へと戻ってきた。

 マニュフェルノやレントミアはもちろん、ファリアも疲れたと言って帰りたがっていたし、ルゥローニィも明日の稽古に差し障ると言い出し、皆で帰ることになったのだ。


「男気。ググレくんに……男性を感じました」

「や、やめろマニュ、へんな言い方するな!」

 マニュフェルノがほわーとした顔でダンスの余韻に浸っている。マニュとは結構練習したからな、おかげで照れもせずに踊れたし楽しかったな。

 元の世界なら女の子とダンスパーティなんて考えもしなかったが、この世界で賢者として過ごしているうちに自身がついたからかもしれない。

 なによりも「同い年」のマニュフェルノと、仲のいいクラスメイトみたいな感覚で練習が出来たのが大きかった。


 俺は勢い、ファリアとも勇気を出してダンスをした。けれど正直ダンスというよりは、近接格闘術をしているみたいだった。

「ファリアとも踊れてよかったよ、ちょっと全身が痛いけどな……」

「グッ……ググレ、その……魔力で筋力を強化して踊る、という発想は悪く無いと思うのだが……」

「ファリアと最初に踊ってた何処かの伯爵、肩を脱臼してたじゃないか……」

 思わずジト目をドレス姿の女戦士に投げかける。

 気持ちはわかるけど、あんな勢いで回されたら全身の骨がヤバイからな。魔力強化外装(マギネティクス)を展開し躍らせてもらったのだ。

 悪く思わないでくれ、ファリア。

「わっ、私だってその……手加減は出来るんだからな!」

 ぷり、とファリアが少し口を尖らせる。

「ははは、でもファリアと踊れて楽しかったよ」

「ググレ……」

 明るさを取り戻す女戦士の顔は、珍しくにへっとゆるんでいた。


「ググレ殿も皆も、楽しめたのでござるな! 拙者も、おかげで紳士的に振舞えたでござるよ!」

 えへんと胸を張るルゥローニィだが、レントミアの魔力強化外装(マギネティクス)に感謝することだな。

 必死でお前の腰振りを抑えていたんだからな。


「ググレー! ボクさ、ルゥの腰を押さえるのに夢中になっていたら、知らない男の人と踊らされちゃったんだよ!?」

 レントミアがしょぼんとした顔で俺の腕にしがみついてきた。

「あぁ、見てたよ、注目の的だったもんな……」


 愛らしい美少女ハーフエルフと、何処かの国の凛々しいハーフエルフの青年騎士が踊っているな……、と思ったら美少年レントミアだったわけで。

 ブハッ!? と、マニュとのダンスを終えてジュースを飲んでいた俺は噴き出してしまった。


「ボク、知らない人と手とか繋ぎたくなかったの……!」

「でもまんざらじゃなかったんだろ?」

 青年はなかなかの男前だったし、リードも上手かった。レントミアも戸惑う顔がなかなか初々しくて、周囲からは拍手が沸き起こっていたしな。

 まぁエルフの血を引いていると性差が少ないというか、美人が多いし同性で仲良くしてても絵になるし、別にいいと思うがなぁ。

「ググレのいじわる……」

 ぷい、と拗ねるハーフエルフの柔らかい頬を指でつまむ。

「まぁ、これもひとつの経験値だと思えばいいだろう、はは」

「ぶー」


 ――けれど体を動かして、心の底から笑うって言うのはいいものだな。モヤモヤした気持ちが大分晴れたよ。


 エルゴノートだけはこの後「二次会」とやらに参加するらしい。スヌーヴェル姫とも元通りになったようだし、まぁいろいろあるのだろう。

 まったく。色男め。


 大人で自由なエルゴノートが羨ましくもあるが、俺は館で待っているプラム達が心配で仕方が無かった。

 早く帰って無事を確かめたかったし、土産にと包んでもらった料理を食べさせてやりたかった。


 俺は、馬車の出立を待つ僅かな合間に、検索魔法(グゴール)をそっと展開した。

 

 検索ワードは「城、パーティ、賢者さま」、表示された書籍は、大昔に書かれた恋愛小説らしかったが、その本の余白に書き込まれたらしい、真新しい一文が目に留まった。

 

 『楽しいパーティは終わったみたい。でも、今日は私にも素敵なことがあったの! ――賢者さま。わたしの唯一の救い。向こう側の世界から来た賢者さま。(ことわり)に縛られない自由な光。あぁ……! またここに来てくださるかしら』

 

 ――メティウス姫!

 

 俺は声こそ上げなかったが、小躍りするほどに嬉しかった。

 やはり幽霊だとは思えない。確かに実在し、今この時も本を開きペンを走らせているのだ。

 

 『きっとまた逢えるよね。私と……賢者さま、二人だけの世界で』


 俺は、思わず城を振り返った。

 巨大な城はまるで骨のような白さで闇夜に浮かんでいる。視界の半分を食い尽くすようにそそりたった尖塔や城の窓からは灯りと、騒がしい笑い声が漏れていた。大人だけの二次会が始まったのだろう。


「帰ろう、ググレ!」


 レントミアの声に俺は「あぁ」と、応えると、手綱に魔力を送り込んだ。ワイン樽ゴーレム達が嘶く。ルゥの剣も、ファリアの斧も今夜は出番が無く、飾り物として主人を待ち惚けていたのだ。


「そうだな、――帰ろう」


 プラム達が、館で待っているのだから。


<つづく>


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