館スライムと、チュウタの受難
「開始。では、今からお家防衛隊、自主訓練の第3回戦を始めますね!」
マニュフェルノはそう宣言すると、ぱちんと手を打ち鳴らした。
「チュウタくん、あっちですよー」
「う、うんっ……」
それを合図にプラムとチュウタは駆け足で『賢者の館』の敷地の境界、石塀と鉄門扉の前に移動してゆく。どうやら二人が来客を装う「侵入者」の役目で、ヘムペローザやラーナがどう対応するか、という設定のようだ。
プラムはショートパンツに、ピンクと白のタンクトップの重ね着。チュウタは膝までのハーフパンツにTシャツというごく普通の少年スタイルだ。
続いてラーナが庭先に駆け出して、来客を装った二人を出迎える。ヘムペローザは逆に玄関側に下がって待機。その様子をマニュフェルノが見守っている。
「賢者ググレカス、マニュフェルノさまは訓練とおっしゃっていましたね」
妖精メティウスが肩に立って耳元で囁く。俺達は少し離れた木の陰から様子を見ているが、興味と複雑な思いが交差する。
「どうやら侵入者が来た時の対処、訓練をしているようだが……」
「なるほどですわ。でも、お屋敷には賢者ググレカスが念入りに仕込んだ罠……いえ、防御魔法がございますのに……」
「ま、まぁな。でも……不安は拭えないさ」
妖精メティウスの言うとおり、館には『賢者の結界』と同等の強度を持つ結界や、護りの魔法を幾重にも施してある。それらは俺の魔法力を使って24時間体制で維持され、同心円状に張り巡らせた対人結界により周囲を警戒している。接近する人間などを探知すれば、たちどころに『戦術情報表示』に警戒情報が伝えられる仕組みになっている。
接近する人物が不穏な動きを見せる、もしくは金属の武器を所持していると判断された場合、警戒レベルが引き上げられる。この段階でガレージで眠る『フルフル』や『ブルブル』、そして量産型『樽』達は覚醒状態に移行する。
明らかな侵入の意図、あるいは呪詛や魔法による攻撃を行おうものなら、即座に『フルフル』『ブルブル』を筆頭とした、ワイン樽ゴーレムの戦闘部隊が出撃して防御、及び迎撃を行う。
その間に館の住人たちは『シェルター』のように堅牢な館の中へと逃げ込む手筈になっている。
西国ストラリアから送り込まれた刺客の襲撃を受けたときも、自律駆動術式を複雑に組み合わせた魔法の防衛システムが機能し、かなりの時間に渡って侵入を阻んだ実戦経験もある。
だが、そこまで反芻して初めて、マニュフェルノの意図に気がつく。
「そうか! 魔法の警戒をすり抜ける脅威もある……!」
「どういうことですの?」
「……あれさ」
視線をプラムとチュウタに向ける。言うまでもなく二人は金属製の凶器など所持していない。だがプラムの運動能力は、仮に暗殺者として訓練でも積めば相当のものになるだろう。チュウタは短い木の棒を持っているが、使い方次第では立派な武器になる。
ラーナが突然の来客に対応する、というシナリオが始まった。
「どちらさまデース?」
鉄門扉の入り口は開放されている。別に危険な動きさえ見せなければ、出入りが出来ないわけではない。
プラムとチュウタが、ラーナと2メルテほどの距離を置いて対峙する。水色のノースリーブのワンピースを着たラーナは、無警戒な子供そのものだ。
「おー、可愛いお嬢さんですねー。怪しくないですー、王都郵便の者ですしー」
「プラムさん怪しい……」
チュウタがぷくくと笑いをこらえるが、プラムに肘で突かれる。
「次は、チュウタくんの番ですー」
「あ……、あの! えいっ! ……捕まえたっ!」
突然、チュウタがバッと飛びかかりラーナを捕まえる。
「きゃー!? なのデース!」
「わ、ごめ……」
悲鳴に思わず手を離すチュウタ。
「中断。こらー! チュウタくん、逃しちゃだめですよ!」
マニュフェルノ監督(?)が、手でバツを作り檄を飛ばす。
「えー、でも……」
赤毛の少年は、照れくさそうに戸惑いを見せる。
「兄上。エルゴくんは女の子を捕まえるとき絶対に離さないぞ! って感じで優しく、強く捕まえてましたよ! チュウタくんにもきっと出来る」
「わ、わかりました!」
マニュフェルノの励ましも果たして正しいのかよくわからないが、兄の名を汚してはならないと決意も新たにするチュウタ。
「それ、捕まえるのですー!」
「よ、よしっ!」
プラムが指差すと、チュウタが逃げようとするラーナを後ろから抱き抱えた。悲鳴を上げて足をバタつかせるが、ラーナは人質になってしまった。
「降伏するのですー! さもないと、ラーナちゃんがチュウタくんに……とっても大変なことをされてしまうのですー!」
プラムが悪人らしい台詞を叫ぶ。半竜人である証拠の背中の羽を広げて高笑いをするあたりなんて、敵役としてなかなかのものだ。
「助けてなのデース!」
「え、えぇ!? 僕何もしないよ!」
「演技ですからー」
赤面しつつもラーナを抱きかかえるチュウタの反応がいちいち面白い。
「あっはは! プラムとチュウタは面白いなぁ」
「もう、賢者ググレカスってば」
と、玄関先から飛び出してきた設定のヘムペローザとマニュフェルノが颯爽と駆け寄る。
「ラーナを離すにょ!」
「要求。一体なにが目的ですか!?」
「ググレさまの恥ずかしい秘密を教えるのですー!」
「さ、さもないと……この子がどうなっても――」
と、チュウタが、右手に持った木の棒をラーナに向けた瞬間。足元の草むらから、突如色とりどりの球体が勢い良く飛び出した。
『――制圧!』
『シャー!』
『ゴラーッ!』
それは、館スライムによる特殊部隊の強襲だった。一匹が顔の真正面に跳ね飛ぶと同時に、別の一体がチュウタの右手に絡みつく。ピンク色のスライムが顔を塞ぎ、青いヒゲ付きのスライムが右腕の武器を封じる。更に別の緑色の迷彩柄の一匹が脚を這い登り、ズボンの内側にするすると侵入していく。スライム達の恐るべき速業だ。
「う、わぁあああっ!? はぶっ!? ……ンーッ! はっ、ンーッ!?」
チュウタはもんどり打って倒れ込んだ。顔を塞がれ、ズボンの中でスライムが暴れているという地獄のような状態だ。
ラーナはその隙に、逃げ出してマニュフェルノの方へと駆け寄った。
「賢者ググレカス! 館スライムたちが組織的に攻撃しましたわ……!」
「お、おいおい!? あんなの聞いてないぞ……!」
「完全な奇襲、恐ろしい攻撃ですわ」
「っていうか、チュウタは大丈夫か……」
『ヤー!』
『ウラー!』
チュウタを完全に制圧したピンクのメイドスライムが、腹の上で跳ねて勝どきをあげる。同時に他のスライム達が、今度はプラム目掛けて襲いかかった。
だが、プラムの運動能力は侮れなかった。
「よっ、とっ!」
――速い!
ひゅん! ビュン! と、地面から跳ねてくるスライムの攻撃を、プラムは飛んで避け、次に地面に着地して身を屈めてやり過ごしてみせた。
「おぉ……!」
その動きは実に軽やかで、赤いツインテールが華麗に舞う。着地と同時に地面を蹴り、マニュフェルノとヘムペローザの方へと向かってゆく。
「警戒。ヘムペロちゃん!」
「来るかにょ、プラムにょ……!」
「勝負です、ヘムペロちゃんー!」
――プラムとヘムペローザの勝負だと……!?
<つづく>




