魔法工房、ナルルからのお願い
「メガネの賢者様……! お久しぶりです」
制服姿の少女は、ぺこりとお辞儀をした。
「ナルル、元気そうだね」
「はいっ! 賢者様もお変わり無く。ご活躍は街頭の魔法放送でいつも拝見してます」
それは魔法工房で働くナルル・アートラッズだった。
小さな顔に、丸くぱっちりとした翡翠色の瞳が印象的で、笑顔が可愛いらしい。
レントミアと同じような若草色の髪は、肩の長さで切りそろえられている。耳がぴこんと突き出ているので、ひと目でハーフエルフだと判る。
「ははは、活躍っていうほどじゃない」
「いえいえ凄いですよ! 樽のゴーレムが空を飛んだり、お屋敷ごと空に浮かべたり……!」
「フラフラ飛び回ってるだけさ。それより、『みのむし亭』のみんなも元気かい?」
「はい。……嬉しい、覚えていてくれたんですね」
「もちろんさ」
目をキラキラと輝かせて興奮気味のナルルだが、すぐに横にいるレントミアにも気がついた。
「あ! えと……レントミアさまも、お久しぶりです。私の事、覚えて……いらっしゃいます?」
「うん。覚えてるよ。ゴーレムバトルの打ち上げパーティの時に会ったよね。でも、君のことは時々、街で見かけてるんだよねー」
「え!? そうなんですか?」
レントミアの意外な言葉に、俺もナルルも驚く。
「うん、声をかけようかと思うんだけど、いつも走ってるじゃん? ほら、赤毛の男の子も一緒だったりしない?」
レントミアがくすくすと笑うと、ナルルはあわわと慌てて目を白黒させて、頬を赤く染めた。
「い、いつですか!? でも私、大抵その……お使いとかで、買い物の途中だと走ってるし……! ティリアくんも一緒に……」
どうやら魔法工房のお使いをしているところをレントミアに目撃されていたようだ。
そういえば俺達が今、立ち話をしているこの店も魔法の儀式に使う鉱石の粉や薬剤、水晶などを売っている。
店先の街路樹の木陰で魔法使い三人と話しをするナルルの姿を、店主のおじさんは店の奥で確かめると、何か品物を準備し始めた。おそらくナルルも何かを買い出しに来たところなのだろう。
「ググレカスもレン坊も、この娘の知り合いかい? 王都暮らしの先輩は、なかなか顔が広いんだねぇ」
アルベリーナが静かに首を傾けた。接点の無さそうな俺たちとナルルに興味を持ったようだ。
「初めまして魔女さま! 私、ナルル・アートラッズと申します」
「おやまぁ、見たところ学舎の制服……のようだけど魔法学校じゃ無さそうだね。魔法力はあるようだけど?」
「その……、学舎は『王立工芸高等学舎』なんですけれど、魔法工房で魔法工術師の修行中なんです。まだぜんぜん、ヒヨッコの下っ端なんですけれど」
謙遜に謙遜を重ねて言うと、ナルルは恥ずかしそうに俯いた。視線を魔法の道具屋の中に向けると、華々しく飾られた魔法の杖の材料や、魔法使いたちが使う道具が並んでいる。
アリベリーナはナルルの声に耳を傾けると、実に優しい眼差しを向ける。かつて、ヘムペローザを見ていた眼差しを思い出す。
「……なるほどねぇ、純粋な魔法使いでも食べていくのは大変な時代さね。だけどね、自分が持つ力量を知り、それを活かしながら手に職をつけるのは良いことさ。地道に頑張ろうとするのは、人として真っ当な道を歩いてるんだから評価に値するよ。……そのまま頑張れば、きっと良いことが有るさぁね」
アルベリーナお前がそれを言うか! とツッこみを入れたかったが、言っていることは極めて真っ当なことだ。茶々を入れずに口を結ぶことにする。
アルベリーナはナルルに向けて、意味ありげな印を空中で結んで見せた。一種の『祝福』のようなものかもしれないが、意味の無いものかもしれない。
「は、はいっ! ありがとうございます、えと……」
「あたしゃ、魔女アルベリーナだよ、覚えておいで」
「はい! 魔女アルベリーナ様」
魔法使いの階級で言えば、アルベリーナも最上位に類する「規格外」の一人だろう。そんな大魔女だということを、ナルルは知ってか知らずか素直に喜び耳を傾けて頷いている。
「さて、ナルルはお使いの最中じゃないのかい?」
「あ! いけない。工房に戻る前に買い出しを先輩に頼まれていたんです。組合で次世代の魔法の乗り物を作ってて、それで大忙しで」
「例の王政府が通達を出した……新型交通機関の開発か」
俺が話を切り出すと、ナルルは眉の端を持ち上げて頷いた。
「そうなんです。みんなで毎日お祭りみたいで楽しいんですよ。……おじさん! ランツ先輩が頼んだはずの品物を……」
「あいよ、ナルルちゃん。ランツ君に頼まれてた分、加工済み水晶ね」
「あぁ、よかった」
店の奥から出てきた店主のおじさんは、エプロン姿の商売人という風体だった。ナルルに紙袋をひとつ手渡すと、金貨一枚の代金を受け取った。
店主が元魔法使いなのは、滲み出ている魔法力ですぐにわかった。
そして今度は俺たちに向き直った。ぺこりと丁寧にお辞儀をする。
「お客さん方は、高名な賢者ググレカス様に、六英雄の魔法使いレントミア様、それに王宮に出入りなさっている高位の魔女さまでございますね。かような下町の店では、一流の皆様のお眼鏡に叶うような品物がありますかどうか……」
「この水晶をくださいな」
レントミアは不純物混じりの値段の安い水晶の購入を申し出た。店主は目を丸くしたが、静かに商品を眺め、その一つを持ち上げた。
「普通は不純物が多いと価値のないものに思われがちですが、使い方次第では思わぬ魔法の効果を生むらしいですね。私には……到達できなかった領域ですが……」
「魔法はね、閃きとともにやって来るんだよ。僕はこの水晶で何かできそうな気がした……ってだけで、なにが出来るかはわからないんだ。だから、買っておきたいんだ」
「そういうものなのか」
「そうだよ。ググレも何か買っておくと良いよ。きっと持ってると後で役立つから」
「師匠の言うことは聞いておくよ」
軽く笑うレントミアは、店主に銀貨一枚の代金を支払うと水晶をポケットにしまいこんだ。
俺もレントミアの言葉に従い、店先の品物に目を向ける。様々な色の水晶や輝石、形も大きさも様々な鉱石が、小さな皿に載せられて所狭しと並んでいる。
眺めていると確かに不思議と惹き寄せられるような石がある。その中の一つ、赤い輝石を手にとって、店主に代金を支払う。
「あ、あの……! 賢者様、もし、よかったら今度、工房に……組合の工房に遊びに来て頂けませんか!?」
「君たちの、工房に?」
「はい、実は開発でちょっと行き詰まっている部分があって……。誰か、高位の魔法使いの知り合いが居ないかって、探してたんです。けれど、組合長が魔法協会に頼みにいっても、断られちゃうし……」
困ったようにエルフ耳を傾けるナルル。
魔法協会では確か、魔法の道具に否定的な一派と、一儲けしてもいいじゃないかという肯定的な派閥があった。どちらにせよ、民間の魔法工房に積極的に肩入れする者は居ないのかもしれない。
俺は魔法協会に帰属していても、どちらというわけでもない。レントミアには立場があるだろうが、新参者の俺はまだそんなに縛られる理由もない。
どちらかと言えば、姫殿下直属の内務省勤務なのだ。王政府の依頼を受けて開発をすすめるナルルたち民間の案件に係るのは、むしろ悪い話ではない。
それに、彼らの開発中だという次世代の魔法の移動手段に興味も有る。
「お困りのようだね。……俺でいいなら、お邪魔するが?」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ」
ナルルは飛び上がって喜んだ。
<つづく>




