魔法使い三人、ランチを求めて街をゆく
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太陽は高く、夏の日差しは強い。
王都メタノシュタットの東大通りは、濃い緑の葉を茂らせた街路樹が植えられている。暑い日中は、木陰を選んで歩いてゆく人々が多い。
もともと湿度が低く過ごしやすい土地柄なので、これだけでも涼しい。
俺は今、レントミアとアルベリーナと一緒に、新しく出来たというサンドイッチ店を目指して歩いている。
「ググレ、そこの次の路地を左ね」
横を歩いているレントミアが、ちょいと指差す。
「あとどれくらいで着くんだ?」
「そこの路地を抜けて、隣の道だからね。もうすぐだよ」
整った顔立ちに切れ長の大きな瞳。すれ違う女性が、時として二度見してしまう美青年ぶりは相変わらずだ。顎のラインで揃えている若草色の髪を、耳にかきあげる。
今日は流石に暑いのか、最上位魔法使いを意味する白いマントは脱いで小脇に抱えている。服装は青地に銀色の刺繍いりの品のいい半袖のシャツに、白いスラックス。そして革のサンダルという、夏の避暑地にいる貴族のご子息のような格好だ。
「結構人が多いなぁ」
「そりゃ東大通りだもの。ちょうど昼時で混んでるね」
対して俺は、代わり映えのしない白い開襟シャツに黒いズボン。こだわりのない服装センスのダサさは、賢者のマントを羽織ることで誤魔化すという、お気楽なスタイルだ。
「混んでいて座れないと嫌だわね」
俺とレントミアの後ろを歩いているのは、魔女アルベリーナ。黒く半分透ける布地で作られたドレスを着て、紫のマントを羽織っている。
王城の地下、『三日月の談話室』にいるときは気づかなかったが、太陽の下で見ると、下着かビキニのようなものが透けて見えて、見えて目のやり場に困る。
「魔法で追い払うとか言うなよ」
「あのねぇ、ググレカス。あたしゃ伊達に290年も生きちゃいないわさ。見ての通り、常識的で善良な魔女だよ? 生きていく上での社会常識もちゃーんとあるさぁね」
ふん、と長い黒髪の先を指でくるくると回す。
「……善良……と言ったのか、今」
それと、さりげなくサバを読んだな。今年で300歳のはずだ。
「先生は時々変なことしてるけど、今は『街で暮らす良い魔女』なんだって」
レントミアがくすくす笑いながら言う。
思わず吹き出しそうになるのをこらえるが、ちょっと前まで盗掘団を率いたり、宝具を漁っていたのは別のアルベリーナだったのだろうか。
メタノシュタットの王城から東門まで続く東大通りは、昼時ということもあり、大勢の人々でごったがえしていた。
歩いていると実に様々な人種、職業の人々がいる。日焼けしたマリノセレーゼ人に、イスラヴィア人。逆に西国から来たであろう肌が白く銀髪の人々。
ハーフエルフの吟遊詩人、屈強そうな半獣人の傭兵、赤いマントの魔法使いに、本を片手に颯爽と歩く学生さん。厳しい顔の王政府のお役人など、多くの人々が行き交い、賑わいを見せている。
けれど、道行く人の何人かは、俺を見て「賢者様だ!」「応援してます」と、声をかけてくれたりする。最近ではこういう視線や反応にも慣れてきたので、優雅に微笑みを返したり、手を振ったりする。
「腹が減ってきたな」
「サンドイッチ店はすぐそこだよ」
「楽しみだねぇ、ヒヒヒ」
「アルベリーナ、頼むから普通に笑ってくれ……」
今から呪詛をかけるぞ、みたいな笑い声に、道行く人がギョッとしている。
東大通りには、数多くの高級レストランや衣料品店、宝飾品店などが立ち並び、比較的裕福層向けの華やかな店が多い。
けれど、一本通りを入った路地には、雑貨や魔法の触媒屋など、雑多で怪しげな店なども目につくようになる。更に進むと、庶民的な食堂や、落ち着いた佇まいのこだわりの喫茶店などが軒をつらねている一角へと差し掛かる。
「あ、あれだ!」
レントミアが指差す先に、目指す店があった。
オープンスタイルの店構えの店内を見ると、テーブル席が4つありさほど広くはない。代わりに緑の街路樹が影を落とす開放的なテラス席が5つほどある。入り口の扉の上には、竜の爪をイメージした金属製の飾りがあり、壁には竜のウロコ風のレリーフが埋め込まれている。
店の飾り付けや雰囲気は、王都に相応しい上品さを漂わせながらも、ワイルドな感じもする。
表ではすでに何組かが行列を作り、席が空くのを待っているようだ。
「なんだい、行列が出来てるじゃぁないか。ググレカス、お得意のスライムでも投げ込んで蹴散らしておしまいよ」
「おい! 常識的で善良な魔女はどうした?」
「冗談だよ、いやだねぇ……」
「今のは素だっただろうが」
「まぁまぁ、いいじゃん! 三人で並んで待とうよ!」
レントミアが俺とアルベリーナの腕をとり、最後尾へと並ぶ。
俺はそこでようやく店の名前を見た。
――竜撃のサンドイッチ店 ~ルーデンス野味~
「……ルーデンス……?」
<つづく>




