ずっと未来(さき)にある真理
メタノシュタット王国の魔法使いたちは、みな曲者揃いだ。
思想信条や主義主張はそれぞれ違うし、魔法の探求も現実路線に理想主義と、人それぞれだろう。
しかし、俺が憎まれ役を買うことで、結局は一致団結する方向で話はまとまったようだ。
下手な芝居でも何とかなるものだが、非礼と無礼だけは詫びておこう。
「つい、失礼な事を言ってしまい、すみませんでした。どうかご容赦を」
俺は頭を下げた。この国ではあまり一般的ではない風習らしいが、俺が以前暮らしていた場所では、こうして謝るのが普通だった気がする。
「い、いやそんな……賢者殿!」
「その、我らの方こそ、目先のことばかりで……こちらこそすまなかった。どうも、魔法のことになると視野が狭くなっていかん。この国で暮らす以上、協力しあわねばならんのだが」
「そう言って頂けると助かります」
これで、中堅どころの魔法使い、声の大きかった者たちとも和解できたようだ。今後は互いに切磋琢磨することを誓い合う。
「……なんだい、外でドンパチやり合ってから和解してもいいじゃないか。つまらない男になったねぇ」
俺にだけ聞こえるような小声で、対面に座るダークエルフが囁いた。
机に頬杖をつきながら、ため息をつく魔女アルベリーナ。何を期待していたのかと呆れるばかりだが、「一致団結」を訴えた一人である以上は、協力してもらうことにする。
「ほっとけ。お望みなら上の闘技場で相手をしてやるよ。だが、これから暫くは、お前が先頭に立って研究を続けてくれるんだろう?」
「ふん。別にググレカスに言われなくても、最初からそのつもりさぁね。魔法の真理と、可能性を追い求めているアタシの求める道と、この国の進んでいる方向が同じだってことだからね」
「そうか」
「なんだい、疑うのかい?」
「魔法の探求なら、西国でもお盛んのようだが?」
俺はすこしばかり探りを入れてみる。300年近い時間を生きてきた魔女アルベリーナならば、西国ストラリア諸侯国に行った経験もあるはずだ。
「あそこはどうも水が合わなくてねぇ。古臭いのさ。真理は千年前の過去にあるんじゃぁない。ここよりずっと……未来にある気がしてね」
どうやら、同じ魔法を追求する立場にある魔法の『談話室』でも、方向性の違いは明白のようだ。
何よりも、アルベリーナが俺に向けた瞳は、野心めいた鋭い光を宿しつつも、どこか無邪気さを感じさせるものだった。
「なるほど。過去を探るよりも、未来か……。悪くない言葉だ」
「珍しく気があうじゃないか? 同志ググレカス。どうだい? 一杯」
「遠慮しておく、仕事があるのでね」
「つれない男だねぇ」
――ま、ここで大人しくしていれば、世界樹も種もいじらせて貰えるからねぇ。
最後にポツリとアルベリーナは呟いたが、聞き流す。
百年以上世界を渡り歩き、気の向くまま、魔法や、宝具を追い求めていた魔女。楽しいと思うこと、興味のあることを探求してきた魔女にとって、この場所も腰掛け気分なのかもしれない。
だが、膨大な魔法の知恵と経験値を持つ以上、敵にするのは得策ではない。
その後は、『三日月の談話室』に集まっていた面子による、役割分担が話し合われた。
何班かに別れて研究を続け、定期的な情報交換を行いながら形にしていくことで合意した。その内容は貴重な種子についての研究と応用への道筋だ。それは「魔導の探求をしつつ、国益と実益の追求も行う」という現実路線とも言える。
「――問題は、永続的に種子が採れるのか。そして王国を支える産業にまで発展できるのかですが……。それは今後の少なくとも1年以上の継続的な観測が必要でしょう」
王国の魔法協会の知恵を結集し、魔法という側面からみた研究と分析、そして実用化への魔法技術的な道筋は付けておく。俺たち魔法使いの出番はそこまでだろう。この先、もし産業化という話になるのなら王政府や軍など、多くの組織が関わり手続きや承認など、かなりの時間を要する国家的なプロジェクトとなるだろう。
――まぁ当面は、研究で楽しめそうだな。
やがて『三日月の談話室』での会合は終わりを告げた。
「気がつけばもうお昼ですわね。私……眠くなってまいりましたわ」
妖精メティウスは遊び疲れたのか、午前の部は終了のようだ。ふぁ、とあくびをすると本の隙間へと入り、午後まではお昼寝の時間とするらしい。
魔法協会長やアルベリーナが去り、閑散とし始めた談話室から俺とレントミアも外へと出る。
「ねぇググレ! お昼食べに行こうよ」
「おぉ、そうだな」
ちょうど昼時だし、どうしようかと思っていた。ボッチ飯もわるくないが、ここは友とランチと洒落込もうか。
「でも、何処で食べるんだ? 屋台か、城の横の公営食堂か?」
「んー、新しいサンドイッチ屋さんが出来たんだって、行ってみない?」
レントミアが俺の腕を引く。
サンドイッチ屋さんなんて、まるで女学生みたいで照れくさい。路地裏の定食屋が好きなのだがなぁ……。などと言おうと思ったが、レントミアが楽しそうなので、曖昧に笑いながら頷いておく。
「よし、いこうか」
「うんっ!」
と、俺とレントミアの行く手を阻むように、黒い影が立ちはだかった。というか、廊下で待ち伏せしていたようだ。
「あら、奇遇だねぇ、アタイもちょうどお昼に行くところなんだけどねぇ?」
「あ、アルベリーナ先生! 一緒に行こうよ?」
「おやまぁ、いいのかい? レン坊」
「いいよね、ググレ」
「……お、おぅ?」
――この3人で……ランチ、だと?
<つづく>




