世界樹の種子と、魔法使いたちの宴
魔法協会に所属する魔法使いたちの集会場のひとつ、『三日月の談話室』は熱気に包まれていた。
壁面書架に囲まれた部屋の広さは15メルテ四方ほど。木製の長方形のテーブルが6つ並んでいて、それぞれに5、6人の魔法使いたちが座っている。
中央のテーブルには、魔法協会会長アプラース・ア・ジィル卿の姿がある。その横には、漆黒の魔女、アルベリーナの姿もある。彼女の横にはレントミアもいる。
「ググレカス殿、みんな首を長くして待っておりましたぞ。さぁ、あちらの中央の席へどうぞ」
「あ、はい。では……失礼致します」
ベテランの風格が漂う魔法使い、ビリルーデッセンに案内されながら、並べられたテーブルと椅子の間を進む。
部屋には岩から削り出したらしい四本の柱があり、それぞれ床から伸びて天井を支えている。魔法のランプはその柱に取り付けられていて、周囲を照らしている。
大勢の魔法使いたちの視線が、俺に向いている。
何本もの魔力糸が床を這い、天井で奇妙な図形を描いている。ここは多くの魔法使いが集まり「楽しい議論」をする場だが、中にはへそ曲がりも居るようだ。
「ググレカスか、あの若さで賢者と称されるとはな……」
「貴殿! 実力が全てであろう。年齢など意味はない」
「ワシは地道に40年この道で魔導を探求してきたのだ。それなのに……、王国からは仕立てのいい『中級』マントをもらっただけ……。
言いたくもなる」
「見苦しいぞ貴殿」
通り過ぎたテーブルで二人の魔法使いが睨み合っていたが、ビリルーデッセンが鼻息を荒くすると、二人は愛想笑いを浮かべて見せた。
「しかし、寸分の隙きもない結界を纏っている」
「……姫の懐刀に収まったと聞くが」
「今や世界樹の秘密を知る者、という二つ名も付けねばなるまいて」
やっかみめいた声も聞こえてくるが、まぁこんなものだろう。あからさまに嫉妬と警戒の視線を向けてくる者も居るが、あまり気にしない事にする。
魔法使いというのは本来は魔導の探求者。研究者気質で孤独。時に哲学者を気取り、自分なりの考えや理論を持ち、偏屈な人間も少なくないのだから。
「……賢者ググレカス、私たち注目されておりますの?」
「メティが珍しいからさ。ここは愛想を振りまいておいても良いよ」
「精一杯がんばりますわ」
賢者のマントの襟首の横で、妖精メティウスが周囲に笑顔で手を振る。珍しい妖精の「使い魔」だと思われているようで、その可憐な姿に「おぉ!」「実体を持つ妖精か」と、興味と羨望が向けられる。
すると柱の陰や机の横から光る球のようなものが現れた。フワフワと燐光を放ちながら移動し、こちらに近づいてくる。
どうやら、燐光魔法で被覆された精霊の一種らしい。光球の内側には、うっすらと妖精に似た姿が見える。精霊を「使い魔」として使役している魔法使いが居るのだろう。
『……コンニチハ』
『チワース』
「まぁ! お話を?」
「少し、遊んで来るといい」
「はい!」
妖精メティウスがひらひらと空を舞い、部屋の中を追いかけっこし始めた。
俺は中央の席へとやってきた。机の上には何枚ものメモ書きとペン、そして『世界樹の種子』のサンプルが一掴み程、銀の皿に載せられている。
ナイフで切ったり、すりつぶしたり、いろいろと試し調べていたようだ。
「よくぞ参られたのぅ、賢者ググレカス殿。ここ数日は、実に楽しい議論が続いておったのじゃがの……流石に、賢者殿の意見も聞きたいところじゃったのじゃ」
白髪に白いあごひげを撫でながら、顔に深い皺の刻まれた老人が柔和な笑みを浮かべる。
ゆったりとした白いローブは最上位の魔法使いであることを示し、白地に青の刺繍と銀糸による装飾が施されている。
「謹んでで参加させて頂きます。アプラース・ア・ジィル卿」
魔法協会会長に深々と礼をして、斜め前方の席へ腰を下ろした。
「堅苦しくならぬでもよいぞな。ここに居る皆も、同じ魔法を探求する者として『世界樹』からの恵みと、これからについて色々と知恵を出し合い、忌憚のない意見を述べあっておったのじゃからの」
アプラース・ア・ジィル卿がゆっくりと部屋全体を見回すと、魔法使いたちから拍手が沸き起こった。やはり尊敬を集めている人物は違う。
「……ここでは知恵の出し惜しみをするんじゃぁないよ、ググレカス。洗いざらい、魔法の知恵をさらけ出して、手持ちの情報も開示することだね。皆のために尽くしてこその賢者様じゃぁないかい?」
手に乗せた『世界樹の種子』を俺に向け、紅をさした唇の端をもちあげる。
ダークエルフの魔女は、待ってましたとばかりに眼をギラつかせている。魔法への探究心は相変わらずのようだ。
「アルベリーナ、がっつくな。何も隠したりはしない」
「自分だけのものにしようなんて、許さないからね」
「おまえこそだ」
対面はアルベリーナと、そしてレントミアだ。
「ググレ、朝から何処に行ってたの?」
レントミアのいつもの声と調子にホッとする。
「内務省のオフィスで挨拶をな。それで書類を読んだりサインをしたり、王政府の役人みたいな事もしなきゃダメなんだよ」
「ふぅん? 大変だね」
魔法協会会長が、書類を手に立ち上がった。
「さて、ではこの、『世界樹の種子についての報告』を書いてくれたググレカス殿が来てくだされた」
拍手が沸き起こる。
「無限の可能性を秘めた『世界樹の種子』について、応用方法や活用法については議論が深まリつつあるようじゃ。素晴らしい可能性を秘めておる。この世界の魔法技術をより高度に、人々の暮らしを便利に変えるやもしれぬ」
魔法協会会長の背後には、『幻灯投影魔法具』があり白い天幕に映像を映し出してゆく。魔法の『魔力蓄積機構』として使った場合の魔力保持量の遷移。魔法の薬への応用の可能性、そして種子を発芽させる方法などなど――だ。
「凄い、すでにこんなに話し合って考えていたのですね!」
「ググレとボクで書いた研究分析の論文がね、基礎になってて。だからみんなスムーズに議論とか検証ができたんだって」
レントミアが誇らしげに胸を張り、エルフ耳を立てる。
「そうか、良かった」
バカンスをしていた間、皆は働いていたのかと思うと少し申し訳ないが。
「じゃが、新たなる課題……悩みも加わったように思うのじゃ」
アプラース・ア・ジィル卿がやや声のトーンを落とす。
「新たな悩み、とは?」
「……ワシが心配しておるのは、この種子を巡って……争いが起きる可能性じゃ」
ざわ、と小さな困惑が広がる。
「単にこれを資源として、便利な道具としてだけ考えれば、落とし穴がありそうじゃ。商売に軍事……。欲しがるものも多かろう。争いが起こる可能性があるのではないか、と儂は懸念しておる」
「世界樹を巡っての争い……!」
それは十分に考えられるシナリオだ。
「だから皆の意見を聞きたいのじゃ。無論、ここでの議論は我ら魔法使いの狭い知見からの、参考意見に過ぎぬじゃろう。王政府や姫殿下、それに王陛下へと奏上されれば、更なる大局的な見地からの判断もあろうがの。じゃが、せめてここでは争いを起こさぬ知恵を……考えてみたいのじゃ」
――争いを起こさぬ、知恵。
<つづく>




