マニュフェルノの手帳
★今回の幕間は、マニュフェルノさんが主役です
(一人称形式)
南国の孤島――『楽園島』の森は、多種多様な生き物たちの宝庫でした。
赤やオレンジ、ピンクなど、目にも鮮やかな南国の花々が咲き乱れ、大きさも形も様々な、珍しい葉を持つ植物たちが生い茂っています。
むせ返るような甘い香りに誘われて、木の枝を見上げると、熟した果実がぶら下がっていました。名も知らない南国の果実は、表面は黄色の楕円形。
熟した果実は中央からぱっくりと2つに裂け目が入り、白っぽいジャムのような、濃密な果肉が顔を覗かせています。
「豊富。とにかく自然の恵みがいっぱいね」
こうして森を歩いて、様々な植物を見ているだけでも楽しいし嬉しくなる。けれど花や果実に見とれてばかり居ると、迷子になってしまいそう。
「マニュ、ほらほら見て! このレモングラス、大きいね!」
「巨大。うちの庭だと小さいのに……本場は違うわねぇ」
レモングラスは茅に似たハーブです。その名の通り、干した葉からは爽やかなレモンの香りが漂います。家の庭先では膝下ぐらいにしか育たないけれど、ここでは身の丈を超えるほどに成長してる。さすが本場は違うなぁ。
少し先をレントミアくんと、チュウタくんがゆっくりと歩いている。
森の雰囲気を楽しんでいる様子のレントミアくんは、ハーフエルフ。こういう場所が好きみたい。髪は若葉のような色合いで、さらさらと動く様子がとても綺麗。
「レモングラスじゃ珍しくないし、持って帰ってもしょうがないね」
「乾燥。したものをバザーで買ったほうが楽ね」
「もっとレアなやつを探そうよ」
「首肯。そうね」
レントミアくんもググレくんに負けず劣らず知識が豊富。特に植物やハーブについては、話がとても合うのです。
顔立ちはとても綺麗で、こうして眺めていても見飽きない。以前は可愛らしい少女っぽさが際立っていましたが、最近は体つきがぐっと「男子」っぽく逞しくなった気がします。
相変わらずググレくんとは仲良しで、進化した友情は「第二章」。
私の脳内では、ググレくんとのナイスカップリングは継続中で、新しい物語が生まれて居るわけで……。
「見たことのない植物とか木の実ばかりだ……」
足を止めて周りを珍しそうに見回しているのは、チュウタくん。砂漠の国イスラヴィア出身の男の子は、すこしくせのある赤毛に、褐色の肌。好奇心に満ちた大きな瞳を、森のあちこちに向けている。
細い腕に、すらりとした脚。まだまだ子供という感じですけれど、元気な感じがとても好き。
うちではとても貴重な「男手」なのです。呪いでネズミになっていたのを、ググレくんが魔法で助け出した。今では皆ともやっと打ち解けたみたいで、南国の旅に出てからは、明るくよく笑うようになってきた。ググレくんもお気に入りの様子なのだけど、この旅が終わると他所の家に預けられてしまうみたい。なんだか寂しいなぁ。エルゴくんの弟なのだから、ウチに置いて、預かってあげるべきだと思うのだけど……。
「わっ!? とと……すみません」
「大丈夫? チュウタ」
「はい……」
周りを見ているうちに躓いて、転びそうになり、レントミアくんに腕を支えられるチュウタくん。護衛役としてはまだまだね。少年剣士と呼ぶには、腰に下げている重そうな剣も不釣合い。
実は「あの」屈強な大男、エルゴノートくんの弟くんだなんて、俄には信じられないわ。
大きくなったらやっぱりお兄さんみたいに、えっちになるのかしら?
「チュウタさ、足元が不安なら、ボクが手をつなごうか?」
「いっ! いえいえ! 大丈夫ですっ」
からかうように言うレントミアくんに、チュウタくんが照れくさそうに首を振る。
――ハッ!?
美形ハーフエルフ × 褐色南国少年 !!
顔を赤くしているのは、転びそうになったことが恥ずかしいのかしらじゃないわ! 美しいハーフエルフのお兄さんと顔が近いから……そうなのね!?
「福音。すばらしい啓示が天から降ってきました……ウフフ……フフ」
むはー! これは素敵。
メガネ青年 × 美形ハーフエルフは私の好みの直球ど真ん中。描き続けることは私のワイフワーク。けれど「 美形ハーフエルフ × 褐色南国少年 」の組み合わせは変化球。
南国で出逢う二人……みたいな話なら、番外編にしてもちょうどいい。今からネーム切ってペン入れをして、王都自作出版物展示出版即売会に間に合うかしら?
「……何? マニュ」
レントミアくんが怪訝な表情を向けてくる。いけないいけない、締まりのない顔で二人をじーっと観察しちゃってたみたいね。
メガネをすちゃりと持ち上げて、
「咳払。いえ何も。精神が開放されて自然と一体化、精霊の、大地の声が聞こえてきたような気がしまして」
「……たまにマニュもヤバイよね。さすが、ググレの奥さんだなぁ」
エルフ耳をちょっと動かして呆れたように翡翠色の瞳を細める。その顔もなんというか、意地悪で好きよ。
「憤慨。レントミアくんも男嫁のくせに!」
「えー? ちがうよー」
「否定。力がこもってないわね!?」
寧ろ嬉しそうに微笑むなんて。まぁそれが素敵なのだけれど……。
「あ、そうだマニュ。確か南国植物で、すごい保湿成分のとれるのあったよね」
「保湿。あぁ……アロエ……とか」
「王都に居ると、肌が乾燥しちゃって。マニュのお手製の保湿クリームがほしいんだ」
「了解。新鮮な材料をみつけましょ」
「そだね!」
とっておきの保湿クリーム。ぬるぬるっとした潤滑剤にもなるわ。そして、ググレくんに塗ってもらうといいわ……!
私は気合を入れ直し、曇ったメガネをきゅきゅっと拭く。
「マニュ姉ぇ、これ美味しいですよー! でも、全部は食べきれないですねー。んぐんぐ……」
「果実。たべちゃってるし!?」
「果物は別腹ですねー」
気が付くと、プラムちゃんが熟した果実を樹から採り、かぶりついていた。本当に美味しそうに果汁の滴る実を食べてモグモグ。
大きく開けた口から、時折見える犬歯も、背中の小さな羽も、ツインテールの緋色も。まるで小悪魔みたいだけれど、天真爛漫でとても幸せそうな笑みを零す。うん、可愛い。
ググレくんが愛してやまない娘ちゃんは、今日も元気なようです。
以前みたいに体調を崩すと困るので、私が気をつけてみているけれど……。
「生食。あまり食べすぎるとお腹をいたくするわよ」
毒とかあったらお腹を壊しちゃうし。大丈夫かしら。
こんな時、物知りなググレくんが居ればいいのに、と思う。けれど今はハンモックで心地よさそうに昼寝のまっ最中。何時でも何処までも一緒に居てくれる……、って訳にはいかないのだから、頼ってばかりもいられない。ここは私がしっかりしないとね。
「平気ですよー、だって以前この島に来たときに食べた果物の一つですしー」
むふん、と自信満々に微笑むプラムちゃん。
「安堵。よく覚えてるのね」
「一度食べたものは忘れないのですしー。マニュ姉ぇもどうぞですー」
「感謝。ありがと」
食べてみると本当に甘くて、とろけるよう。濃密なバナナのジャムのような、そんな味がする。
さて、この森に来たのだから、何か役に立ちそうな薬草やキノコを見つけたいな。
私は肩に掛けていたカバンから、手帳を取り出して開く。
メモには、皆が必要になる薬や、その材料がメモしてある。
――チュウタ:傷薬
うん、そうねよく転ぶし。
――ラーナ:滋養強壮
食いしん坊さんだけど、少食なのよね。
――プラム:竜人の血、製薬。マル秘
これは、秘密でいざという時の救命薬の残りね。
――ヘムペローザ:胃痛薬、整腸剤。
お腹が痛くなる事があるからね。
――リオラ:シャンプーとリンス。
あ、これは私とスピアルノも共用で使うものね。
良い香りの品を。皆少しずつ香りを変えたいわね。
ググレくんが一番好きな香りは、私だけの秘密で、と。
――レントミア:ローション
いえ、これは一応、保湿薬……っと。
――スピアルノ:野菜系の栄養剤
野菜が嫌いですからね。ちゃんと栄養補給してもらわないと。
――ルゥローニィ:爪切り
あ、薬じゃないわね。
――ルゥくんの子ども達:薬各種。特に、解熱剤
最近はだいぶ丈夫になってきたわ。熱も出さなくなったしね。
――ググレカスくん:ひみつ
うふふ。
ググレカスくんには、精のつく食べ物とかね、薬に頼るのはよくないわ。
そして、私がお家をちゃんと守らなきゃね。
「マニュ、そろそろ先へ進もうよ!」
レントミアくんが呼んでいる。
森の中は南国の強い日差しが遮られて、過ごしやすい。心配していた虫刺されは、私の「虫よけの祝福」が効いているみたい。
「了解。ではいきますか」
森の探検はまだ始まったばかり。薬草やキノコ、沢山見つかると良いな。
<幕間 了>
【作者よりのお知らせ】
明日(1月29日)はお休みとなります。
イラストを描きます! 南国の水着イラストです!
ちなみに、
一話前には「コロちゃんとクワキンタ」描き下ろしイラストを追加しています。
まだ見ていない…! という読者様は、一話前をどうぞ♪
再開:1月30日(月) そして、新章突入です!
では、また!




