ラーナとプラム、半昆虫人(イノセクテイアン)との対話
◇
海辺で遊んでいると、ココミノヤシの林の奥から三匹の半昆虫人たちがやってきた。
残念ながら彼ら(彼女?)は、見知ったコロちゃんやクワキンタではなかった。
「ぐぅ兄ぃさま……! 半昆虫人です」
「この島の住人のおでましだ」
「おぼろげに覚えているんですけど、なんだか初めて見る気がして……ちょっと怖いです」
「そうか。心配ないよ」
少し不安そうに俺の腕を掴むチュウタ。呪いにより「ネズミ」だったときも結構一緒だったはずなのだが、記憶はやはり消えつつあるようだ。
彼らはコガネムシ族とバッタ族の3人組だ。若い個体で、こちらに興味津々の様子だった。
一人は緑色のメタリックなボディがイカしたコガネムシ族、もうひとりはずんぐりした黄色いボディのコガネムシ族。グレーのバッタ族は背が高くキックが強そうだ。
それぞれ「平和の使者」とばかりに、肩にスライム族の幼生を乗せている。
コガネムシ族とバッタ族の肩や頭には、小さなピンク色をしたスライムの「幼生」が乗っていた。
「はろー、こんにちはですー」
「ラーナデース。スライム族の女王様から、私達のことを聞いたのデース?」
ここはプラムとラーナの役目とばかりに、気軽な様子で手を上げてすたすたと近づいてゆく。
『コガ、ネ……!』(※そうです)
『タタ、バッタタン』(※お客さん、珍しい!)
『コガネコガ、ネー』(※人間だ、僕らを見て怖くない?)
「おー、なんとなく分かるのですしー」
「ラーナが少し紹介するのデース」
接近遭遇を果たしたプラムとラーナは、挨拶を交わして握手する。
向こうは驚いたような、嬉しそうな様子で、すぐに俺たちにも手を振ってくれた。
どうやら、2年近く前の「暗黒スライム事件」以降に生まれたようだ。カンリューン四天王の生き残りの一人が島の女王を汚し、半昆虫人たちを支配しようとした恐ろしい事件だ。
とはいえ、ラーナ経由の「俺たちが島に到着」の報告は、きちんと届いているようだ。
彼らの社会における伝達の仕組みは、謎の部分も多い。だが、原初流動体の滴の女王が生み出した、スライムの幼生を一種の情報伝達端末とした「スライムネットワーク」によるものらしい。
魔力波動による遠隔地への情報伝達は、最近では『街角魔法放送』として応用されているのだから不思議ではない。
以前、この島の中心部にある洞窟で『原初流動体の滴の女王』と邂逅したとき、スライムの幼生をポコポコと産み落としては、クワキンタやコロちゃんに運んでもらっていた。
それは「餌の豊富な場所へと、幼生を連れて行ってくれる」という意味があるという事だった。その運んでくれた御礼として、『原初流動体の滴の女王』は半昆虫人たちに、スライムの幼生を通じて「託宣」という形で言葉を伝えたり、色々な情報の伝達を行っているらしい。
これはもう一種の原始的な統治だ。文献に出てくるような、古い時代の人類が文明を持った頃を彷彿とさせる。シャーマニズムによる統治をしていた国家の黎明期に似ているのではなかろうか?
――論文でも書いてみようかな……。
忌み嫌う人もいる半昆虫人だが、それは無知からくるものだ。研究している学者もいるが、世の中に発信していくのは苦手な人物が多いようだ。
超竜ドラシリアとの戦いでは、人類と共闘してくれた彼らのことを、知れば知るほど親近感も湧くはずだ。
折角なのだから、いろいろと異文化交流をして、彼らのことを纏めて本にして、多くの人に知ってもらうのもいい。
リゾート気分で浮かれていたが、俺にもちょっとした目標ができた。
そして、海で暫く一緒に遊んだ俺たちは、次はそれぞれのパーティに分かれて、思い思いの時間を過ごすことにした。
とはいえ、ここは売店も無い無人島。
やる事と言えば、景色を眺めてボーッとしたり、貝殻を拾ってみたり、魚採りをしてみたり……だ。
海での遊びにも飽きたルゥローニィとスピアルノ、そして四つ子たちは、館の中で休んでいる。窓を開け放して部屋を掃除しながら、夕方まではのんびりと過ごすのだとか。
さて、他の面々はココミノヤシの林の、更に奥に広がる森へと「冒険」に向かうらしい。
「じゃ、森の採集ツアーコース、いくよー!」
半ズボンにシャツ姿、肩からカバンをぶら下げたレントミアが元気よく手を挙げる。
森の民「エルフ」としての血が騒ぐのか、珍しく先陣を切っての行動だ。魔法の触媒や薬になる植物、珍しいキノコなどの「採集ツアー」に行くのだとか。
「薬草。希少品を仕入れるチャンスですからね」
「プラムは半昆虫人さんとの、お話担当ですー」
水着から歩きやすい服装へと着替えたマニュフェルノと、プラムが後に続く。
マニュフェルノは薬草採集、プラムは森で出会うであろう様々な半昆虫人を驚かさないように、「フレンドリーな対話」をする役目を担っている。
「僕は万が一のとき、みなさんを守ります……!」
チュウタは、お下がりの短剣を腰に下げての前衛役だ。
今のところは島で一番戦闘力の高い住民である半昆虫人達とは、話が付いているし、危険な目に遭うことは無いはずだ。
とはいえ、話の通じない相手――たとえばヘビや毒虫などが相手の場合は、やはり剣を持つ人間が居たほうがいいだろう。
チュウタはそういった脅威への対処要員といったところか。
「期待。してるね、チュウタくん」
「はいっ……!」
ルゥに鍛えられているとは言え、かつてのイオラに比べると随分と頼りない。だが、頼られて責任を感じることで強くなるし、成長もできるというもの。ここはイスラヴィアの王族の誇りと、勇者の血縁者としての潜在力に期待しておこう。
「今夜は早めの夕飯にして、砂浜でのバーベキュー大会だ。早めに帰ってこいよ」
館の食料庫の貯蔵量も半分ぐらいに減ってしまったが、幸いここは果物や、イモ類などの根菜を探す事も出来るようだ。
「だいじょうぶだよー」
「油断するなよ、怪我とか病気は気をつけるんだ。俺たち大人がしっかりとだな……」
「もー、ググレってば。心配しすぎ! もういいから昼寝でもしてなって」
「う、うむ」
レントミアにそう言われては、仕方ない。
では俺は遠慮なく昼寝タイムに突入することにするか……。
<つづく>




