魔術戦、一枚上手と二枚上手
「幽霊船との距離、40メルテ……、35メルテ、こちらに向かってきますわ!」
闇霧の魔法使い、ジ・ア・エンドロストは、幽霊船の甲板の上に立つと全身から禍々しい灰色の霧を噴出した。
それは微粒子状の『魔力糸』だ。ボロボロの船全体を、邪悪なオーラのように包み込み覆ってゆく。
「魔法防御の代わりというわけか……!」
最大戦速で『海亀号』へと衝角で体当りを行い、そのままガイコツ戦士たちを乗り移らせて、決着をつける気なのだろう。
あの霧は魔法を減衰させてしまう。対抗するには、減衰率を上回るほどの威力を有する、極大級の火炎魔法をぶつける戦法が有効だろう。それはレントミアに任せるとして、更にもう一つの策を講じておく。
外部からの魔力干渉を受けにくいヘムペローザの「蔓草の種子」を撃ち込んで、甲板上で魔法を炸裂させるのだ。
最近判明した事だが、魔法の「蔓草の種」は魔法術式を硬い種の内側に仕込むことが出来る。それに蔓草は過酷な環境であっても発芽し、一気に周囲の魔力を吸収しながら大増殖する特性がある。これはもう既に何度も実証済みだ。
「ヘムペローザ、ちょいと魔法を追加で仕込ませてくれ」
「さっきの親切金管の他にかにょ?」
突っ込んでくる幽霊船に狙いを定めていたヘムペローザが顔を上げてこちらを向いた。
ちなみに親切金管ではなく『近接信管』。これは、何故か覚えていた「別の世界」で使われていたらしい、砲弾の弾頭のカラクリのことだ。
「魔法を相乗りさせてもらうよ」
「いいけど、早くするにょ! もうそこまで来てるにょ!」
幽霊船の甲板上では、ガイコツの群れがワサワサと蠢きながら赤い光を眼窩に灯し、乗り移る機会を狙っている。
「ググレ殿……!」
「おー!? 打ち返せる数じゃないですねー!?」
ルゥローニィもプラムもその異様さに息を飲む。
俺は『蔓草の杖』に手をかざし、幾つかの魔法を超駆動。高密度に圧縮した状態で、とある魔法を種に仕込んだ。
「よし……!」
「賢者ググレカス、敵船……距離20メルテ! ぶつかりますわ!」
「準備はいい、さぁ! 全力でガンガン射て!」
「はいにょ! 撃ちまくるにょ……!」
チュガガガガ! と ヘムペローザは甲板上で蠢くガイコツ戦士目掛けて、種の弾丸を叩き込んだ。残弾をすべて撃ち尽くす勢いでヘムペローザは『蔓草の杖』の先端から、黒い種の礫を連射しまくる。
種は霧の防御膜を難なく突き抜けて、コン、カカンと幽霊船の甲板に着弾。そして種は、まるで緑の爆弾のように爆発的な勢いで蔓を伸ばした。
『ナッ!? ナニィイ!?』
ニュルニュルと甲板上を緑の蔓が埋め尽くす。それらは容赦なくガイコツ戦士達をがんじがらめに、身動き出来ない状態へと縛り上げてゆく。
騒がしい音をたて、大混乱へと陥る幽霊船。
『オノレェ……! 余の、静カナ黄泉ノ王国ヲ汚ス不埒者メ……! 清ラカデ静カナ、永久の平和ヲ乱サレテナルモノカ……!』
「世迷い言を抜かすな、乱しているのは貴様だろうが」
「賢者ググレカス! 距離25メルテ! 衝突まで20秒!」
「レントミア、直前10メルテで魔法を叩き込め!」
「了解ッ! 船ごと完全に……木っ端微塵にしてやるから」
――賢者の館を、衝突直前に「真横」にスライドさせて避ける!
通常の船には不可能な動きが、四枚のヒレを持つ『海亀号』ならば可能だ。海上における戦術超機動だ。
真横に避けて、側面からレントミアの魔法で撃沈する。
「くっ……! そろそろいけるよ、ググレ!」
「あぁ!」
レントミアの魔法の呪文詠唱が終わったようだ。
足元の地面や、真っ直ぐに突き出した細い腕、そして『円環の錫杖』の周囲には、複雑な「魔法円」が光を帯びながら幾つも浮かび上がっている。
ハーフエルフの最上位魔法使いは、頭上に励起した巨大な燃え盛る炎の渦を、ギュルルと操ると、火炎魔法を猛烈な勢いで『円環の錫杖』へと流し込んだ。
魔力を圧縮して、さらに円環の中で超加速。そして超・極大級の爆裂系火炎魔法を叩き込むつもりなのだ。
と、その時。
――警告! 対潜警戒網にて、水深30より急速浮上する物体を検知!
「賢者ググレカス真下です! 海面下から敵が! あぁ……そんな! これはっ!」
戦術情報表示が警告を発すると、妖精メティウスが悲鳴を上げた。真っ赤な光点、それも巨大な物体が急速に浮上してくる。
「これは……!」
「い、生きておりましたの!?」
「えっ!? 海魔、ブラウブローブ・ラウ……! 嘘でしょ!?」
メティウスとレントミアが、最悪の展開に青ざめて顔を見合わせた。
『カカカッァァ! カカッタナ……! 避ケラレマイ!? 余ガ一枚上手ダッタヨウダナ!』
「どうやら海魔が、黄泉返ったらしい」
『ソノトオリジャトモ若造ォ……ググレ=カス! 余ノ、黄泉返リの究極の秘術……! 味ワウガイイ!』
これは――最初から仕組まれていた罠だ。
巨大な水棲怪獣、ブラウブローブ・ラウが生きている間に、仕込まれた「呪詛」が発動したのだ。
ネクロ・ブドゥ・マクロ系言語。それは、魂に楔のように深く浸透し、生命活動が終わったことを検知すると同時に、仮の魂となって、死者を一時的に蘇らせる。
無論、魂を失った肉の器に、再び生命が甦ることはない。後は朽ちて腐り、骨になっても動き続ける。
「これが、お前の言う『永遠の命』の正体か……」
『イカニモ、ググレ=カス! 余ノ魔法ノ集大成! 辿リ着イタ究極ノ魔法! 永遠ヲ……時間サエモ超越シタノダ! 永遠ニ生キ続ケル魔法……! オマエタチモ魂ヲ余に捧ゲヨ! 共ニ安ラカナル国デ、生キ続ケルノダ!』
ジ・ア・エンドロストが骨だけの両腕を掲げ、耳障りな高笑いを響かせる。
「……やれやれだ、インチキ欠陥商品もいいところだな。城の路地裏でさえ、もう少しマシな物を売っているぞ?」
『キ、貴様ッ! 貴様ァアアアアアッ!?』
ガイコツ戦士達に仕込まれていた魔法術式が、全てを物語っていた。
生きている状態でなければ呪詛は掛けられない。そして、死ねば黄泉の国の住人だ。偽物の魂を与えられ、肉体が朽ち果てるまで、動き続ける呪われた傀儡と化す。
その目的は「生者」を憎み、喰らうこと。
俺はそれを解析し仕組みを「理解」していた。だから、既に手は打ってある。
『チイイッ! ……ダガ、モハヤ避ケラレマイ!』
闇霧の魔法使い、ジ・ア・エンドロストは勝利を確信し、カタカタと顎を鳴らしながら嗤い続け、幽霊船を突進させる。
――海中目標、急速浮上! 15メルテ、10メルテ……!
「海底と海上……! 挟み撃ちですわ!」
「け、賢者にょ! ぶつかるにょ!」
「ググレさまー!?」
もう幽霊船は目前に迫っていた。海底からは巨大な怪物が迫っている。
『死ィネェエエエ! ソシテ……! ウェェエエルカァアアム! 素晴ラシキカナ、黄泉ノ国ラァアアアアアアン……ンド……ウェ!?』
刹那、凄まじい真下からの衝撃が幽霊船に襲いかかった。
『ナッ、ナニィイイイイイイイイイイッ!?』
海底から急浮上してきた巨大な水棲怪獣、ブラウブローブ・ラウが激突したのだ。幽霊船は真下からの衝突で持ち上がり、バキバキと音を立てながら真っ二つに折れ曲がった。そして盛大に破片を散らしながら、マストが砕け海上へ落下する。
「賢者ググレカス! ブラウブローブ・ラウが……! 幽霊船を攻撃しましたわ!?」
「ググレの仕業……ってことだよね!?」
「ま、そういうことだ」
俺は賢者のマントを振り払い、魔力糸を幽霊船の残骸上でよろめく魔法使いの成れの果てへと固定した。
――目標固定!
「『海亀号』急速退避! 全力後退……!」
直前に迫った幽霊船を、紙一重でかわす。ザザザザ……! と海上で二隻の魔法の船が交差し、すれ違う。
『オ、オノレ……オノレェエエエエエ! ググレ=カァアアス!』
闇霧の魔法使い、ジ・ア・エンドロストは、折れて斜めになったマストにしがみついて叫んでいる。
その下からは、巨大な口を開けた海魔・ブラウブローブ・ラウが食らいついている。ビッシリと並んだ歯で、蔓草の塊ごとガイコツ戦士たちを、バリバリと噛み砕いては口の中へと吸い込んでゆく。
「同じ手を二度も食らうと思ったか? 脳みそまで空っぽになるとは、実に恐ろしい魔法だな」
『キキキ、貴様ァアアア!? ナゼ……ナゼダァアアッ!?』
「この館は『認識撹乱魔法』で、完全にステルス化されている。つまり、海底からは見えないのさ。その代わり、お前の自慢の幽霊船を、派手に生体反応で飾り立ててやったまでさ」
俺は最高に素敵な笑みを浮かべて、メガネを指先で持ち上げた。
「賢者ググレカス……そういうことでしたの!」
「ググレ殿のほうが、二枚上手だったということでござるか!」
「よせよ照れるぜ。一番の立役者はヘムペローザだけどな」
俺は傍らの弟子の頭をわしわしと撫でた。
「そ、そうかにょ……?」
ヘムペローザの蔓草魔法そのものが擬似的な生命。それを更に『認識撹乱魔法』により、心音、体温、呼吸音、更に声や足音までを偽装した状態になるよう、種に仕込んでおいた。あとは、蘇る筈の『怪魔』の襲来を待てばよかった。
攻撃のタイミングは同時であろうという読みもピタリと当たったようだ。
「ね、辞世の句とか書かせようか?」
「要らん」
「そ、じゃ、死んで。あ……もう死んでるんだっけ?」
レントミアが『円環の錫杖』を掲げ、実に嬉しそうな笑みを浮かべながら、振りかぶった。
『チョッ……!? マ……マッ……マァアアアテェエエ!?』
超圧縮・超加速された光弾が放たれた。
ギュンッ! と飛翔する光の球。拳の大きさほどのエネルギーの塊が、闇霧の魔法使い、ジ・ア・エンドロストを直撃する。
ドッ……! と瞬時に直径20メルテほどに膨れ上がった輝きは、まるで小さな太陽だ。
その光は邪悪な呪いを操る魔法使いと幽霊船の残骸を、哀れな海魔もろとも焼き尽くし、チリも残さず蒸発させた。
<つづく>




