闇霧(ダークフォーガ)の魔法使い、ジ・ア・エンドロスト
――闇霧の魔法使い、ジ・ア・エンドロスト。
ついに敵の名が判明した。
無論、ガイコツ姿の魔法使いの魔法の根源、『真名』ではないだろう。だが手がかりとなる情報を知った意味は大きい。
こちらには『検索魔法』があるのだ。瞬時に敵の正体を掴むのに役立ちそうな、関連情報を見つ出すことが出来た。
「これか……! 今からおよそ100年前に書かれた書物……『ストラリア西岸国家クラツールにおける貴族・魔術師名簿』、ここにエンドロスト伯爵という名がある……!」
「それですわ……!」
鼻先に居る妖精メティウスと顔を見合わせる。
時間がないので流し読み程度しかできないが、『最高知性の称号を得た魔法使いで、魔法使いのサロン・ゾルダクスの創始者。しかし、千年墓所より禁忌の魔法を暴いた罪、および謀反を企てた罪により、海上の監獄島へと流刑。その後の生死は不明……』とある。
「サロン、それにゾルダクス!」
西国ストラリア、その魔法使いの交流の場である「サロン」。ここで、ついに情報が細い糸となって、ある組織と繋がった。
「秘密結社……ゾルタクスザイアンの創始者ってことか……!」
「まぁ!? ノルアード公爵様のお知り合いですの? それに禁忌の魔法とは一体?」
妖精メティウスが更に情報を集めようとするが、今はここまでだ。
「わからんが、大方検討はつく」
永遠の命、永久の楽園、と奴は言ったのだ。おそらく、不死の魔法や永遠に生きる禁忌の魔法を求めたのだろう。オートマテリア・ノルアード公爵も以前、それっぽい事を言っては、様々な場で暗躍を繰り返していた。
思い起こせば、極北の国プルゥーシア最高の魔法使い、聖人バッジョブも「永遠の命」を欲し、無限に「転生」を続ける魔法を使っていた。
――やがてお前は知るだろう……! 禁忌に手を出した僕の、いや……君自身の末路を! 生命の練成、他人を操る喜びを、不老を、永遠を願い、転生の術にまで手を染めて……繰り返し、繰り返す……永遠の牢獄の恐怖を……!
狂った魔法使いが、最期に叫んだ言葉が思い出される。
強大な力を手に入れた魔法使いは例外なく、やがて「不死」や「転生」を願うようになるというのか?
幸せな今をずっと続けたい、生きたい願う気持ちは誰もが持つ願いだ。それはやがて変質し、呪いとなって魔法を汚し、狂気に取り憑かれ、魂を闇の底へと引きずり込むのだろうか……。
どこまでも暗い暗黒の海原、晴れない霧。
足元にあるのは魔法で支えているだけの偽りの地面。その下には文字通り底知れぬ「深淵の闇」が口を開けている。
「う……」
「賢者ググレカス?」
ぞわっと、悪寒が背筋を這い登った。暗い泥沼のような闇が、ゾワゾワと足から這い登ってくる幻影を見る。
――これは幻影魔法か……!?
周囲を包む霧が見せている悪夢だろうか。あるいは、自分の心の奥底に潜む、禁断の魔法への憧れ……そういった欲望への恐れが見せているものろうか。
『闇ヲ覗クモノニハ……、闇ガ手ヲ差シ伸ベヨウゾ……』
これも幻聴か、闇霧の魔法使い、ジ・ア・エンドロストが歯を鳴らし嗤い続けている。
と、その時。
「ッ痛ったぁああああ!?」
突如、バシン! と尻に物凄い勢いで何かが突き刺さった。あまりの痛さに悲鳴を上げ、飛び上がり振り返る。すると、さっきプラムが振り回してたホウキだった。
「きゃぁ!? 賢者ググレカス!?」
「すっぽ抜けたのですー……!」
てへっとした苦笑いを浮かべながら、プラムが傍らに駆け寄ってきた。俺の尻をスリスリと撫でてホウキを拾いあげると、「ごめんなさいですねー」と言う。
「ニョホホホ! 賢者にょの顔……!」
ケタケタとヘムペローザが俺を指差して笑っている。
「……っ痛っててて!? あのなー……この戦闘が始まって初めての負傷だぞ」
「わざとじゃないのですー」
「ま、まぁ……しょうがないけどな」
プラムのポニーテールに免じて許してやることにする。
だが、気がつくと恐ろしい心の闇は綺麗さっぱり消えていた。危ない……俺は今、ボヤボヤなどしていられないのだ。
「ググレ殿! 敵の船が回頭、舳先をこちらに向けたでござる!」
敵の幽霊船が、真っ直ぐ突っ込んで来るのが見えた。
「賢者ググレカス! 敵船が増速! このままでは衝突まで90秒……!」
「いいだろう! 受けて立つぞ……」
真正面から激突させ、こちらを沈めようというのだろう。夜霧の魔法使いは、ドゥウッ! と灰色の霧を全身から吹き上げた。
――索敵結界に異常! 探知波動ロスト……!
――賢者の結界、表層境界面に魔力干渉! 第15層、剥離……!
戦術情報表示が次々と、魔力波動の異常を告げる。
「ググレ! 大丈夫!?」
円環魔法を励起しつつあるレントミアが叫んだ。
「あぁ、大丈夫だ!」
「賢者ググレカス! 高濃度魔力反応……あの霧は……!」
「霧自体が『魔力糸』なんだ。微粒子状のマギワイヤー。……なるほど。微粒子に潜ませた魔力で骨のゴーレムを操り、こちらの魔法を減衰させていたというわけだ」
「だから索敵結界で検知しきれなかったのですね」
「らしいな」
不意の接近を許したのは、そのせいだったと考えれは合点も行く。
霧状の魔法と言えば、やはり思い出すのは『古の魔法』に通じる者たちだ。いや、目の前に居るのは、その「成れの果て」だろうか。
その時、賢者の館の玄関が開き、パタパタと駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。それは白い法衣に着替えたマニュフェルノだった。
「マニュ!? 危ないぞ……!」
「仲間。いまさら私だけ仲間外れにしないでね。手伝うわググレくん」
中に居ろと言ったのに、辛抱ならなかったようだ。
「……マニュ殿!」
「やっぱり、ググレの横にはマニュフェルノもいなくちゃね!」
「フッ、それもそうだな」
ルゥローニィとレントミア、そしてマニュフェルノ。とりあえず決戦用メンバーが揃い踏みをしたところで反撃開始だ。
まぁ二人前衛の戦士は足りないが、今は代わりにヘムペローザとプラムが居る。
「祝福、良き風よ……皆を守り導き給え……! 微力。ですけれど応援を!」
祈りのポーズとともに、僧侶魔法の波動が、清らかな波紋のように広がってゆく。
「おぉ……!」
それは館全体を包む『賢者の結界』を守りの祝福で包み込んだ。数値には表しにくいが、幸運度上昇、こちらからの攻撃の命中率上昇、敵の攻撃の回避率上昇、と幸運という力として勝利へと導いていくれる。
「賢者ググレカス! 幽霊船が増速! 突っ込んできます!」
「ありがとうマニュ! 来るぞヘムペローザ! 水平射撃で甲板上を狙い撃て! 敵を縛り上げるんだ」
黄泉の国になど、お前と同じ場所になど行くものか。これから向かうのは天国のように美しい楽園島なのだから。
<つづく>
次回、長かった戦いも遂に決着!




