庭先の攻防戦 ~逞しきプラムと可憐なヘムペローザ~
「賢者ググレカス! 庭先に乗り込まれましたわ!」
妖精メティウスが、俺の襟首にしがみつきながら声を上げる。
「まだまだ来るぞ! みんな、木の陰に身を隠せ! 可能な限り迎撃するッ!」
「ひゃー!」
「気持ちの悪い攻撃じゃにょ!」
俺とレントミア、それにプラムとヘムペローザは、降り注ぐ破片の直撃を避けるため、庭先に植えてある木の陰へと移動する。空中で砕けた骨がバラバラと庭先へと落下してくるという、酷い有り様なのだ。
幽霊船からは「第二波」が続けて撃ち込まれている。
「くっそ! ゴミ……いや、犠牲者の遺骨をポイポイ投げ込みやがって! 後で船ごと沈めて供養してやるからな」
落下した骨の破片は、見えない糸で操られているかのようにブルブルと震えると、芝生の上を滑るように動きだした。そして、あっという間に一箇所に集まると、再び人のような形状に組み上がってゆく。
足の骨に背骨、腕とくっついてゆくが、失われた骨の部位はそのままだ。
魔法の気配から察するに、強力な呪詛を魔力源とした一種のゴーレムらしい。
五体のガイコツ戦士の骨から、およそ一体が出来上がる。しかし肝心の頭蓋骨は、5メルテ向こうの庭木の根本に転がっていた。
「け、賢者にょ!」
髑髏を探し、ヨロヨロと動き始めるガイコツ戦士の姿にヘムペローザが悲鳴を上げた。
「大丈夫だ、俺たちの後ろへ……!」
「心配無用! 先手必勝にござる!」
猫耳の剣士ルゥローニィは、抜き払った刀剣の先を、やや後ろに下げた「脇構え」の姿勢をとり、素早い足さばきで走り出した。
そして、頭のないガイコツ戦士の間合いに飛び込むと、一閃。横一文字に薙ぎ払うように刀を振るい、ガイコツ戦士の腕と背骨を打ち砕いた。
「成敗でござる……にゃっ?」
両断されたガイコツ戦士は、それでも動き続けていた。下半身がヨロヨロと動き、上半身はバタバタと地面で暴れまわる。
「こりゃ、ハンマーで砕かねばダメでござる」
「『樽』第二小隊、第三小隊……突撃陣形! 骨を粉砕だ!」
魔力糸による指令を受け取ったワイン樽ゴーレム達は、水を得た魚のように動き出した。ゴロゴロと庭先を縦横無尽に転がり、落ちてきた骨を踏みつけ、骨片に砕く。
館目掛けて飛んでくるガイコツ戦士の白い砲弾を避けるため、こちらも負けじと回避行動を行う。『海亀号』の四枚のヒレをフル稼働させるが、急速な転舵に、館は大きく揺れ中から悲鳴があがる。
「逃げ回るのも限界か……!」
ガイコツの戦士たちは幽霊船の甲板上の樽の横に一列に整列しては、次々と射出機のような『樽』に乗り込んで、空高く撃ち出されてくる。
ボシュッ! と白い霧のような蒸気を吹き出しているところを見ると、どうやら周囲を包み込む霧とも関係がありそうだ。
圧縮された蒸気の力、あるいはマリノセレーゼのお家芸とも言える流体制御魔法系列の魔法なのか。いずれにせよ射出機としての性能は恐るべきものがある。
対抗策として、こっちは対物理衝撃用の『賢者の結界』を出し惜しみ無く展開する。
ヒュルルル……と空気を切り裂く音とともに放物線を描いて飛来する骨の砲弾を、結界により空中で阻止してゆく。
――戦術情報表示を視線誘導、『弾道予測魔法』自律駆動術式を励起! 着弾予測コースに結界を集中展開……!
俺は右手を斜め前方に付き出して、魔力糸を操り、空中にシールドのような結界を張ってゆく。
放物線を描いて飛んでくる相手は、空中で軌道は変えられない。次々と結界に阻まれては、砕け海に落ちてゆく。しかし、その一部はどうしても庭先へと落下する。
「プラム、足元にょ!」
「……えいっ! ごめんなさいなのですー」
プラムはコロコロと転がってきた頭蓋骨を、えいやっとばかりに蹴り飛ばした。転がった先に『樽』が突進しバキバキと踏み砕く。
「こんな攻撃されたのって初めてじゃん……! てやっ!」
レントミアは励起し終えた火炎魔法を放った。シュルルと真っ赤な炎の槍が海面すれすれを飛翔し、幽霊船の右舷に命中する。
「直撃ですわ! レントミアさま」
「うーん、甲板上を狙ったんだけど……浅いね」
ゴウッと炎が上がり、暗い海と霧を赤々と照らし出す。爆発は幽霊船の右舷前方を破壊し、甲板上にいた無数のガイコツ戦士を何匹か吹き飛ばした。
「いや、この一撃は有りがたいぞ」
直撃の効果は大きかった。幽霊船は突進してくるかに思われたが俄に速度を緩め、舵を左へときり始めた。
左に右にと転舵を繰り返し、回避行動を取り始める。それと並行して「空飛ぶガイコツ戦士」を、空高く次々と射出しては、こちら目掛けて撃ち込んでくる。
「くそ、幽霊船の白骨魔法使いめ、なかなかやるな……!」
相手の幽霊船を操る「骸骨姿の魔法使い」の正体を知りたいが、情報が少なすぎる。
検索魔法で情報を探るには、せめて船名とか、図書や記録を検索する「鍵」となる言葉か単語が必要なのだ。
「浮遊濃霧」という現象と、それに遭遇した船の船員たちの失踪には、こんな理由があったのかと思い知らされている最中だ。これでは、落ち着いての調べ物は出来そうにない。
――だが、ここから反撃だ!
「先制攻撃を仕掛けるのは、魔法の『手の内』をこちらに明かすのと同義だぞ……!」
「賢者ググレカス、魔法解析ですね」
「あぁ、相手の使う魔法術式の断片は、既にガイコツ戦士の骨に染み付いているようだ」
魔力糸は庭先に落下した骨に直結し、既に魔法の解析に取り掛かっている。この程度の魔法術式なら、すぐに対策できそうだ。
とはいえ、結界防御に、魔法解析、それに館の操舵……。これ以上の同時作業は難しい。自分で抱え込んで、館の家族達を危険な目に合わせている時点で、判断ミスの誹りは免れないだろう。自分一人でなんとかなるという思い込み、どうも悪い癖が出てしまったようだ。
「すまないな、ヘムペローザ、プラム。楽しい旅行のはずだったのに……」
俺の後ろに隠れていた二人に向い、声をかける。けれど、意外なことに二人はケロッとした顔で、微笑んだ。
「こんなの平気ですし。ググレさまや皆といっしょなのですしー」
「賢者にょといればいつものことじゃにょ。慣れっこにょ。一人で大変そうじゃにょ……ワシも手伝うにょ!」
ヘムペローザはそう言うと『蔓草の杖』を振りかざした。
――蔓草魔法ばーじょん4、あろーすないぱぁ!
杖の先に蕾が付いて花が咲き、可憐な花弁が舞い散った。呪文詠唱を必要としないヘムペローザの魔法は、暗闇のなかで一際美しく可憐に輝いた。
花が散ると青い実が生り、茶色く変化するまで僅か5秒ほど。杖の先端には無数の種を内包する丸い果実が実る。
「狙い撃つにょ……! 大切な庭をこれ以上汚されたら、掃除当番が大変だからにょ」
「そういえば、わたしが当番でしたー!」
プラムがはわわ! と目を丸くした。
<つづく>




