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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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 第二王女――コーティルト・メティウス姫

 王立図書館の書棚の迷宮の奥で、俺と車椅子の少女は、互いに数歩の距離を置いて静かに向かい合っていた。

 俺達以外に人の気配は無いが、パーティの喧騒が遠くから微かに聞こえている。

 図書館の二階に居たということは、警戒用の結界や施錠魔法(セキュアス)をすり抜ける事のできる魔法の指輪などを持った王族だろう。


「それは……、私が考えた……おとぎ話……」

「おとぎ話……? 俺が?」


 少女の漏らした言葉に俺は、その意味を尋ねるが、彼女は蜂蜜色の髪の先を指で落ち着きなくいじりながら、目線を泳がせている。


「……えぇ……。物語の中で……あなたを知っている」


 聞き逃してしまいそうなほどに小さな、肯定。

 私の物語? つまり、俺を自分の夢想する物語の登場人物か何かと混同しているのか?


「俺は、君の物語の登場人物じゃない。現に、ここに居る」

「……それが本当なら、多分、奇跡みたいに素敵な事……」


 俺は、深遠な宇宙のような輝きが少女の瞳に宿っている事に気がついた。

 吸い込まれそうな底知れぬ美しさに、少しゾッとする。


 どこか浮世離れした不思議な存在――。それが俺の第一印象だった。

 

 怯えと好奇心交じりの顔つきで、静かに俺の様子を伺う少女は幾つだろうか?


 綺麗なフリルのついた水色のドレスを身に纏い、髪にも同じような色合いのリボンを結んでいる。労務とは無縁と思われる細く華奢な身体に、透けるような肌の色。

 身体は小さいが胸元の開いたドレスから覗く胸元は、思わず目を奪われる程にふくよかな印象で、年の頃は15、6歳に見えた。

 (つたな)い美しさを秘めた顔の輪郭と、桜の蕾のような唇。長いまつげに彩られた青い宝石のような瞳は、銀河の煌めきを内に秘めている。

 

 ――って、俺は今、きっと怪しい顔をしているよな……。


 俺は自省し、慌ててふるふるっと小さく首を振ってメガネを直す。何かを言わねば、と焦り、


「こ、ここは良いところですね」


 と、自分でも呆れる程気の利かない言葉を発する。

 だが、少女は逃げるわけでもなく、叫び助けを呼ぶわけでもない。そのまま車椅子の車輪にかけた手の力を緩めると、本の壁をゆっくりと見渡しながら、消え入るような声でつぶやいた。


「本は……好き?」


 ここにいる俺が実は幻か幽霊で、次の瞬間、消えてしまわないか……、それを確かめるように慎重な声だった。


「あ……、あぁ! 好きだ。一日中読んでいても飽きない。太古の世界の記録、失われた国の魔法の話、歴史に埋もれた英雄譚、小説にハゥトゥ本、どれも楽しい。何よりも……手に持った時の重さ、感触、紙をめくる音、そして古いインクの匂い……全部いい!」


 思わず一息に熱く語ってしまってから、あ……! と俺は失態を演じたかと悔やむ。口元がひきつるが、少女は以外にも、


「……私も……」

 と唇をほころばせ、表情を緩めてくれた。


 俺はふと、さっき検索妖精(サーチエンジェル)が消えた書棚に視線を向けた。一番上の棚の左から7番目の本。比較的汚れていない背表紙の本を取り出してみると、『社交界での作法、ダンス編』と古めかしい文字で書かれていた。

 

 俺が検索した「ダンスのハゥトゥ」に近似した言葉を検索妖精(サーチエンジェル)は探し当て、本の中に消えたのだ。本の裏側にある「位相の違う世界」へ飛翔したのだろう。

 現に、俺の目の前に浮かんだ検索魔法(グゴール)の結果表示ウィンドゥには、この本のタイトルと内容の一部が映し出されていた。


「ダンスのハゥトゥ。……今日はお城のパーティだから俺はこれを探してみた。検索妖精(サーチエンジェル)の導きがこれを」

 俺は本を、少女の方に差し向けた。

「あなたも……検索妖精(サーチエンジェル)が、みえるの?」


 意外な事を口にする。だが、メタノシュタット王家の者は元来魔術師だ。強大な呪術の力で国を治め、時には呪い、神に願いを捧げ、人々を導いてきた血筋だ。

 その起源は、千年も前の失われた古代文明の「始まりと終りの光」と称される、ア・ズーの国の王家に端を発するとさえ言われている。


「『賢者』である私の力の大半は、検索妖精(サーチエンジェル)達から借り受けているものです」

「すごい……、あなたが本当の賢者……ググレカス」


 俺はようやく口を開き始めた少女、メティウス姫の前に片膝をついて、恭しく頭を垂れた。聞きたいことが山ほどあるが、ようやく確信が持てた。

 

 ――この姫様(メティウス)こそが、あの詩を書いた本人、そして、預言者ウィッキ・ミルンだ。


「はじめまして、メタノシュタット王国第二王女――コーティルト・メティウス姫」


 少女の瞳が驚愕に見開かれる。小さな唇を開くが、細い指先がすぐに口元を覆い隠した。


「どうして……、私のことを?」

「姫があちこちに書き記した『詩』を辿って参りました」

「そんなことが……貴方にはできるの?」

「えぇ……」


 俺は騎士の様な姿勢で、ひざまずき、顔だけを僅かに持ち上げて頷いた。

 

「メティウス姫、貴方の……『物語』を聞かせてもらえないでしょうか?」


 姫は俺の質問に僅かに目を眇めると、目を伏せて考え込んだ様子だった。

 そして、躊躇いがちに語り始める。


「賢者――ググレカス、あなたは、笑わない?」

「ググレカスで結構です。何を笑うのですか? 私はどんな物語でも、詩でも、歌でも、それを生み出した著者に敬意を払い、その世界を夢想し心躍らせます」


 無表情に感じるメティウス姫の顔から、少なくとも警戒の色はもう無い。感じられるのは、春先の雪解けの陽射しのような、安堵した気持ちに近い雰囲気だ。

 夢想や妄想なら俺も負けはしない。

 一人図書館で本を読みふけり、妄想を膨らませて生きてきた俺にとって、メティウス姫の物語とやらがどのような物であれ、笑ったり茶化したりするはずもない。

 

 同士――。例えるなら、厨二妄想という共通点をもった同士だと俺は感じていた。

 そういう意味でもマニュフェルノも「同士」なのだろうが、方向性と趣味嗜好が違い過ぎるというか相容れないというか……。


「あ、あのね……、私が考えたお話の『賢者さま』は、『向こう側の世界』から来たの」


 恥ずかしいのか、青いドレスの裾をぎゅっと握りながら目線を伏せて、話しはじめる。

 声は小さいが、鈴を転がしたような声は耳に心地の良い。


 向こう側――か。やはり俺の事なのか? 疑問を抱きつつも、俺は静かに耳を傾ける。


「その世界は、世界(ティティオ)の裏側にあって……私達の考えの及ばない魔法の力で動く鉄の馬車が地上を走ったり、羽の生えた船が空を飛んでいるの。それに、信じられないけれど『人間だけ』が暮らす国があって……とても綺麗で平和な『一つの清らかな世界』なの!」


 メティウス姫は、徐々に感情を高ぶらせながら話し始めた。普段使わない舌が、ようやく動き出したかのようだった。


「賢者さまと同じ黒い瞳に黒い髪をもった人々が、同じ服を着て暮らしていて……ううん、これはきっと『学舎』ね、そこで賢者さまは、敬われながら暮らしていたの」


 あぁ……と、俺は心の中で呻いた。

 俺の世界を幻視したのか? それとも本当に夢想しているだけなのだろうか? あるいはその両方か。姫の語る「賢者の世界」は当たっているようで、どこかが違うのだ。

 

「でも、この世界(ティティヲ)はずっと混沌として、綺麗なものも、そうでないものも全部交じり合ってしまったの。死と生はいつも紙一重で、富と飢えは心の壁をつくる。そこからやがて『闇』が生まれて、世界を覆ったわ……」


 ――魔王、デンマーンの事か。


 しかし混沌なる世界なんてものは、俺の居た世界も同じようなものだ。むしろ、俺にとってはこの世界の方がよほど魅力的に映るのだが、隣の芝生は青く見えるものなのか……。


「やがて『光』が集まって、『闇』と戦うために冒険をするの! 勇敢で素敵な勇者様! とても強い女性の戦士! 賢く美しい魔法使いに、優しい癒しの僧侶、あぁ、可愛い剣士様も忘れてはいけないの」


 次第に熱を帯びた頬が僅かに色を帯びる。いつの間にか、指を胸の前で絡み合わせ、俺に嬉々として話す姿は、あのメモ書の『詩』で感じた、天真爛漫な少女そのものだった。


「それは……俺達、ディカマランの英雄の物語なのですか?」


「ううん、違うわ。だって、これをわたしが考えたのは……10歳のときよ? もう……5年も前に考えた英雄たちのお話なの。子供っぽくて……おかしいかしら?」


 俺は静かに首を振った。

 俺の様子に安心したのか、口元が小さく微笑んだように見えた。

 気が付けば俺は姫の不思議な瞳から目が離せないでいた。


「だけど――勇者達だけでは闇を打ち倒せないの。だから……私は考えたの。異世界からやってくる、無敵(チィト)賢者(ワイザード)さまの事を」


 ざらついた感触が首筋を這う。消えた姫メティウスの物語。闇、光、英雄たち、異世界、そして――賢者。


「あなたが……俺を……呼んだのか?」


 俺の呻きにも似た問いかけに、メティウス姫は形の整った輪郭を僅かに傾けて、質問の意味を測りかねているようだった。俺はすぐに質問を変えた。


「メティウス姫、あなたは……、どうしてここに?」


 俺の不意の質問に、瞳をまたたかせて、一段と小さな声で、

「……私は……、ここから出られないの……」

「足が、不自由だからですか?」


「それもありますが……出ることが禁じられています」


 ――軟禁か。

 俺はそこでようやく理解した。この場所に張られた結界は、外からの侵入を拒むものじゃない。内向きに展開された、もう一枚の結界、つまり閉じ込める為のものだと。

 

 王家の闇に隠された、第二王女メティウス。五年前を境に王家の記録から消されたこの姫に、一体何があったというのか? だが、初対面で僅か数分だ。これ以上の詮索は、今はよそう。

 レントミアが指輪で繋がった魔力糸(マギワイヤー)を通じて、そろそろ帰ってきたほうがいい、と合図を送ってきている。

 どうやらここで時間切れのようだった。


 姫、預言者ウィッキ・ミルンがここに居ると判ったことが最大の収穫だ。居場所がわかった以上、またチャンスはあるだろう。


「姫のお話し、俺はとても楽しかった。だが……申し訳ないが、時間が来てしまったようです。……またここへ、図書館へ来てもいいだろうか?」


 俺はゆっくりと静かな声で告げた。

 姫は俺の言葉に息を飲んだように押し黙り、やがて悲しそうに目を伏せると、ドレスの裾をぎゅっと握りしめたまま、小さく頷きながら呟いた。


「また……図書館で……」


<つづく>


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