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 遭遇! 南海の幽霊船

 海に浮かぶ賢者の館――『海亀号(マリノタートル)』。その周囲は夜霧と言うには禍々しいほどに濃密な、白と灰色の渦で覆われていた。

 戦術情報表示(タクティクス)に映し出された、周囲を俯瞰した霧の様子では、濃い霧の流れが俺たちの館を中心に渦巻き始めている。

 その渦の内側から(にじ)み出るように姿を見せたのは、異様な姿の大型帆船だった。朽ち果て腐った船体、折れ曲がったマスト。ボロボロの帆に千切れて垂れ下がった無数のロープ。何処をどう見ても完全に「幽霊船」そのものだ。


 船との距離は100メルテ程は離れているが、大海原の中ではかなりの至近距離だ。


「ゆ、幽霊船ですわ! 賢者ググレカス……!」


 妖精メティウスが慌てて俺の襟首に飛び込んでくる。羽がぱたぱたと首筋に触れてむずがゆい。


「お、おぉ……! こりゃ凄いな!?」

「わー、今度はカニよりもヤバイのが来たね」

「マリノセレーゼの海はどうなってるんだよ」

「もしかすると僕らの魔力が呼び寄せているのかもね」

「レントミア、俺もそんな気がしてきたところだよ、ハハハ」


「にゃああっ!? 呑気に眺めて談笑している場合ではござらぬよ二人とも!」

 ルゥローニィは幽霊系が苦手なので、全身が総毛立っているようだ。


「わかったよルゥ。まぁここは慌てずに……」


 流石に珍しい幽霊船だが、魔王城(・・・)超竜(・・)やら、死にそうになるほど珍しい相手と対峙してきた。そうした俺たちの経験値(・・・)が冷静さを保たせてくれる。


「まずは冷静に危険度の判定だ。進路は衝突コースか、単なる漂流船かも……」

「け、賢者ググレカス! 索敵結界(サーティクル)に強反応! まっすぐこちらへ向かってきておりますわ!」


「……危険だな!?」


「ググレ! それと甲板上……あれ、不死族(アンデッド)系の魔物じゃない?」

「にゃ……! 確かに骨人間が動いているでござるね!」


 レントミアとルゥが遠目で眺めて指差す先――。近づいてくる幽霊船の甲板上には、武装した海賊たちが蠢いていた。しかも姿は骸骨。骨もむき出しの、死霊の船だ。


「接触されたらまずいのではござらぬか?」

「だな。逃げよう」


 ここは即決だ。どうやら「ダメなやつ」らしい。これは急速離脱が得策だ。


 魔力糸を操り、ガレージから瞬時にワイン樽ゴーレム部隊を出撃させる。ゴロゴロゴロゴロと転がりながら、量産型ワイン樽ゴーレム『(バール)』の二個小隊が館の周囲に展開する。これを外周部に装着すれば、空へと上昇が可能だ。


「賢者にょー! ゆゆ、幽霊船じゃにょおお!」

 と、背後のリビングダイニングの窓が開き、青ざめた様子でヘムペローザが顔を出した。


「おー!? すごいです、初めて見たですー!」

「わ、わあああ!? 怖い! 怖い……!」

「怪奇。これは怖いやつですね……」


 プラムも目を白黒させて驚き、チュウタは本気で怖がっている。マニュフェルノも眼鏡をくいくいっと動かして感心した様子で幽霊船を眺めている。


「ヘムペローザ! 怖がるぐらいならお前も出てきて手伝ってくれ。『燐光魔法(ウィル・オ・ウィスプ)』をばらまいて、周囲に明かりを! それと『蔓草魔法(シュラブガーデン)』の出番があるかもしれない」


 ここは部屋で怯えているくらいなら、一緒に対応したほうが元気が出るだろう。賢者の館の緊急浮上となると流石に手がいっぱいだ。ここは『燐光魔法(ウィル・オ・ウィスプ)』ぐらいは弟子のヘムペローザに任せたい。


「……わ、わかったにょ! プラムにょ、一緒に頼むにょ」

「プラムは、横で応援しか出来ないですけどー」

「それでもいいにょ、居てくれないと心細いにょ」

「ですね、一緒ですー」

「にょほほ!」


 二人はそう言うと、寄り添うようにして玄関へと向かって動き出した。そしてリビングダイニングを出て、すぐに玄関から庭先に飛び出してきた。


 ヘムペローザはお風呂あがりだったのか、薄い水色の普段着の上にパーカーを羽織っている。そしてしゅるしゅると手に「蔓草(シュラブ)の杖」を手にして身構える。その横には、力強い相棒のような面持ちの、プラムが並び立つ。おろしていた髪を素早くポニーテールに結わえ直す。


「よし、『空亀号(スカイタートル)』へモードチェンジ。急速離水、出力80%で上空30メルテまで上昇だ」

「了解ですわ賢者ググレカス! 各種制御系、魔法励起行程(フェーズ)開始……!」


「どんどん近づいてきているでござる!」


 ――間に合うか……?

 

 俄に焦りが生じる。いくら急いでも上空への離脱には1分以上は必要だ。幽霊船はすぐそこまで迫ってきていた。

 甲板上にはカシャカシャと音を立てながら、生々しい動きの骸骨どもが群れをなして動いている。その数は30体以上。彼らは「獲物」を見つけたとばかりに歓喜し、爛々(らんらん)と赤黒い光を宿した眼窩(がんか)をこちらに向けて、風化したスカスカの歯をカタカタと鳴らしている。


「僕は強力な火炎魔法を準備するよ」


 レントミアが呪文詠唱に入る。


「上空から……やるか」

「そ、空爆で撃沈しちゃうもんね」


 確かに戦術としては完璧だ。何も海上でまともにやり合う必要はない。敵の攻撃が届かない上空に逃れ、そこからアウトレンジで魔法攻撃を加えて撃破。これが上策だろう。


「『燐光魔法(ウィル・オ・ウィスプ)』にょっ!」


 ヘムペローザが「シュラブの杖」を振りかざし、次々と青白い光球を打ち放った。既に俺がいくつか浮かべていたが、光も弱まっていた。そこへ援軍のように幾つもの新しい光が加わってゆく。

 

 それは海上に浮かぶ館の周囲を照らしてゆく。と、海面下で何かの影が動くのが見えた気がした。


「にゃっ!?」


 最初に気がついたのはルゥローニィだった。続いて、戦術情報表示(タクティクス)が、対潜警戒網に反応が現れたことを警告する。


「賢者ググレカス! 海面下……! 完全な死角から何かが――」

「な!?」


 次の瞬間、ドォン……! と賢者の館全体に衝撃が走った。


<つづく>


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