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 闇夜と霧と、恐ろしい海の寓話

 ◇

 

 マリノセレーゼの王都ヴィトムニアを発つこと2時間――。


 およそ80キロメルテの洋上で、俺たちの『賢者の館』は足止めされていた。

 深い闇に閉ざされた海の上には、濃い霧が立ち込めていて前に進めないのだ。


「凄い霧でござるね」


 ルゥローニィが庭先に立ち、辺りを見回しては猫耳を動かす。


 遥か東の海上に浮かぶ楽園島を目指したが、日没となった為に館の飛行を諦め、『海亀号(マリノタートル)』モードに切り替えて着水した。しかし、途端に海上は視界が利かない程の、濃い霧に包まれてしまった。


「何か感じるか、ルゥ」

「んー、なんとなく不穏な空気でござる……。ググレ殿は?」


「対空、海面、海面下、それぞれ魔法で探っているが、今すぐに危険を及ぼすような物は潜んでいないように思えるんだが……。警戒はしているよ」


 俺は今、庭先に立ちながら、高出力の複数波動検知対応(マルチバンド)索敵結界(サーティクル)による対空、対水上、対潜警戒を行っている。夜間、それも視界を遮る霧が濃い状況下における、これは命綱のようなものだ。

 しかし、濃い霧と海が相手では、探索出来る範囲は周囲200メルテが限度だろう。


「気を付けるに越したことはないでござる」


 ルゥローニィはなんだか落ち着かない様子だ。霧自体に魔力が含まれているようには感じないが、洋上でこの季節にこんな霧が出るなどあるのだろうか。発生源(・・・)があるのかもしれない。


 検索魔法(グゴール)でマリノセレーゼの過去の文献や航海日誌を探ってみると、「浮遊濃霧」という現象が、稀に観測されていることがわかった。


『――夜間の航路上に突如、巨大な霧の塊が出現した』

『――並走していた船が、霧に飲み込まれた。数時間後に霧を抜けたが、恐るべきことに船員が消えていた。無人となった船に乗り込んでみると、争ったような跡もあったが、その抵抗はほとんど意味をなさなかったように思えた』

『――船乗りは異様な霧を見たら航路を変え、絶対に突入を避けるべき。たとえ荷主に怒鳴られようともだ』


 次々と関連しそうな情報が見つかった。


「おいおい、まるで恐怖物語(ホラー)だな」

「まぁ? 一体なんですの賢者ググレカス」

 妖精メティウスが館の中から飛んできて、俺の肩に舞い降りた。館の中にいるマニュフェルノに、幼い子供達を外に出さないようにと伝え、他の大人たちには警戒するよう、言ってもらっていたのだ。


「この霧について調べていたんだが、良い話は無いみたいだな」

「……恐ろしい記録ばかりですわね!? といいますか、私達は渦中におりますこと?」


 妖精メティウスが南国ビキニ姿から、一瞬で戦闘用のロングドレスのような服装に変わる。胸と肘、ソックスには「鎧のような」模様がついている。


「運悪く霧の真ん中に着水してしまったのか。あるいは獲物(・・)が来たから霧が発生したのか……いずれにせよ、警戒態勢を」

「でもでも! 恐ろしい怪物が海から襲ってきたら、空に逃げれば良いですわよね!?」


 妖精メティウスは余程、暗闇と視界ゼロの霧が恐ろしいらしい。


「まぁそうだな。夜間だろうと垂直上昇して離水すれば逃げられるだろうが……」

「良かったですわ」

「だが、賢者の館は上昇速度も遅いし、素早くは飛べないんだ。今は迂闊に動かないほうが良いだろう」


 原因は不明だが主に夜間、航路上に巨大な霧の塊が出現するらしい。それに飲み込まれた船の乗員が消える、という恐ろしい事件は実際にあったようだ。

 文献をさらに探ってみると、霧に遭遇した船すべてが被害にあうわけでは無いようだ。運悪く何かに遭遇したのか、あるいは何か事故があったのか……。


「せめて明るくなれば飛び立てますわ。明日の日の出までは、海を漂うしか無さそうですわね」

「やれやれ、今夜も徹夜かな」

「お付き合いしますわ」


 寝ずの番はいつものことだ。だが、こうして館を浮かべて(かじ)を握り、全員の命を預かっている以上、弱音など吐けない。

 館を振り返ると温かそうな明かりが灯っている。皆は夕食を食べ終えて会話を楽しんだり、シャワーを浴びてくつろいだりと、思い思いの時間を過ごしているようだ。


 大海をゆく船の船長とはこういう気持ちで毎日毎晩、海を進んでいるのだろう。さらには国を統べる王も多くの命の責任を背負っている。責任を背負うとはこういう事なのか……と、あらためて身が引き締まる思いがした。


「拙者も鈍った身体と心を引き締めるのには良い機会と心得て、お付き合いするでござる」

「ルゥ、ありがとよ」


 ルゥローニィが愛用の刀の柄を杖のように地面に立てて、キリリと引き締まった表情で前方を見据え始めた。


「ちょっとまったぁ! お付き合いするのは僕もだよ」


 すたた、と魔法使いの白い外套(マント)を羽織りながら、レントミアが駆け出してきた。庭先に並び立つと、若草色の髪をきゅっと後ろで結ぶ。


「……お前らといると、大概のことは怖くないよ」

「僕も。何が来ても返り討ちにしちゃえばいいよ」


「そうでござるね。たとえば幽霊船(・・・)が来たとしても、皆となら平気でござるね」

「ハハハ、幽霊船とか。子供の絵本じゃあるまいし……」

「そうですわ。霧の向こうに見える帆先が、幽霊船の見張り台っぽいのは、まぼろしですわよね」


「「「……幽霊船?」」」


 俺たちは顔を見合わせた。

 どうも先程から視界にチラチラと見えている物体は、霧の濃淡が生み出した幻影ではないようだ。


 やがて、尖った帆先から垂れ下がるボロボロの帆。朽ち果てたロープが巻きついている、折れ曲がったマストが見えてきた。そして徐々に、黒い不気味な船体が白と灰色のまだら模様を成す霧の向こうからヌゥウウと、音もなく現れた。


「きゃぁああ!?」

「にゃっ!? い、いきなりでござるね!?」

「えぇええ!? あれ……どうみても幽霊船だよね!?」


「う、嘘だろ!?」


 ――幽霊船、それも索敵結界(サーティクル)が無反応だと!?


<つづく>


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