柄シャツは、ヘムペローザのプレゼント
◇
いよいよマリノセレーゼの王都、ヴィトムニアを旅立つ時が来た。波乱と笑いに満ちた時間を過ごしたが、旅もいよいよ終盤のようだ。
ジャガイモ料理対決は慣れない料理に戸惑ったが楽しかった。そして砂の顔像作りは頑張ったが思わぬところで足をすくわれ、俺の『完全敗北』となった。だが外交的には寧ろこの方が良かったのだろう。
国王陛下も自国のゴーレムと他国のゴーレムとの性能差を見て満足した様子なのだから。
俺は砂の顔像対決を終えた後、プラムやヘムペローザ、ラーナやチュウタと共に街に繰り出した。
南国の魅力的な街を見て回り、屋台の味を楽しみ、お土産をたんまりと買い込んだ。
その後はマニュフェルノとリオラの買い物に付き合わされた。今回はちょっと自由時間が少なかったせいか、ここぞとばかりに色々なものを見ては、楽しそうに買っている。
大通りに連なる店を見ているが、服屋の前で足を止めてあれこれと選び始める。
「花柄。可愛い柄が多いのよねぇ」
マニュフェルノが赤い花がらのワンピースを、リオラにあてがう。白地に赤の細かな花模様だが、普段とは違って見える。
「でもマニュさん、これ……メタノシュタットに帰ってから着れますかね……」
「派手。かな……踊り子みたいになるね」
「ですよね。南国だと全然いいのに。ぐぅ兄ぃさんはどう思います?」
二人は普段着の買い増しで悩んでいるようだ。青い空色のノースリーブのワンピースをマニュフェルノが選び、リオラは赤い花柄で悩んでいる。
「空は青いし海もこんなに綺麗なんだ。それに見合うような服を着て歩くのは、南国にいるあいだの特権じゃないか?」
「そうですよね」
俺はリオラとマニュフェルノをそれぞれ見て、「どっちも似合うし、可愛いぞ」と言った。二人はニコリと微笑んで、納得した様子で服を買い店を後にした。
「満足。買い物たのしい。そういえばググレくんも、すっかりその黒ナマコ模様のシャツがお気に入りね」
「あ、あぁ……これか。似合うのか?」
「えぇ、とっても! 個性的で……」
俺はハーフパンツに、半袖のシャツを着てかなりラフな格好をしている。今着ている青地に黒いナマコ模様の入ったシャツは、愛弟子のヘムペローザが選んでくれたものだ。
「にょほほ! 見るが良いにょ、ナマコ模様の希少なシャツじゃぞー」
「イボイボ模様がとても素敵ですねー」
「プラム、棒読みだぞ」
世辞まで言えるようになったか、プラム。
「スライムより海のナマコ好きなのデース?」
「そんなことはないよラーナ。スライム命、大好きなのは変わらんからな」
「愛の告白なのデース?」
「ははは」
ともあれ……ヘムペローザの折角の好意なので、「黒いイボイボ模様」が無数についたシャツを着ているわけだ。確かにメタノシュタットでこれを着て歩いていたら、なかなか個性的で微妙な空気を醸すだろうけれど。
◇
「で、ググレカス君はこれから何処へ向かうんだい?」
見送りのポレリッサが『賢者の館』を眺めながら尋ねた。
「あぁそうだな。遠い島に住む『友人』を訪ねようと思っているんだ」
「島? ここからだと……アメリア島公国かオージリア島嶼国かい?」
どちらも南国マリノセレーゼから船で二週間もかかる大海の只中にある国だ。だが、目的地はそこではない。
「ここから200キロメルテ東方の島、通称『楽園島』さ」
「楽園島!? もの好きも居たものだよ。あそこは航路から大きく外れているし、海流も速いし危険だよ。おまけに休止中の火山島で、住人は『半昆虫人』ばかりじゃないか」
四角いメガネをクイっと持ち上げる。
「その『半昆虫人』が友人なんだよ」
「はぁ……!? あの島は鉱物資源はあるらしいけれど、輸送できる場所でもない。一応はマリノセレーゼの領土ってことにはなっているけれどね」
「あの島の住人たちは、俺の……いや、家族も含めて友だちなんだ。静かに、人間に荒らされることのない楽園であってほしい。せめて……国王陛下にも伝えてくれると助かる」
逢いたい相手は、コロちゃんや、クワキンタ。懐かしい友人たちだ。
「こりゃおったまげた。しかし、君の弱みになる楽園島のことは、黙ったままにしておくよ」
「……! 恩に着るよポレリッサ」
ポレリッサは四角いメガネを光らせるとニッと片方の唇の端を持ち上げた。少し欲張りな国王陛下の事だ。俺の友人と聞けば、不利益があるかもしれないという配慮のようだ。
「ググレカス君は噂によると、先の『超竜戦役』で、マリノセレーゼの森から大勢の『半昆虫人』を呼び集めて、反撃の糸口を作ったんだよね」
「……まぁ、そうだが、あれをやったのは俺じゃな――」
ラーナが超空間スライムネットワークを通じ『半昆虫人』たちに共に戦ってほしいと願ったのだ。その必死の想いが、願いが通じた奇跡だった。
「あー説明は聞かないでおくよ。結構だよ。魔法でどうしたとかは聞いても頭痛がするから。ググレカスくんとはね、ゴーレムの話題で熱く語り合えれば、それでいいんだ」
ポレリッサは、両頬を大きく持ち上げると、ニイッと唇の端を持ち上げた。俺もつられて口角を持ち上げて笑う。
「また、ゴーレムで語りあおう。次は、メタノシュタット文化祭だ」
「もちろんだ、我が友よ。次は目にもの見せてやるからね」
俺達は、固く握手を交わした。
こうして――マリノセレーゼ王都探訪は幕を閉じた。
<つづく>




