賢者、幸せの責任者
ポレリッサ邸を舞台にした「グルメ料理対決」は幕を閉じた。
勝ち負けの明確な審判は無いが、マリノセレーゼの国王陛下は俺達の出した『ポテトの薄揚げ』を心から気に入ってくれたことが何よりの勲章だ。
レシピは屈強な料理長にも教えたし、あとは食べたければ自分たちで作れるだろう。
だが、ベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下は、どうもリオラにご執心らしかった。なんとリオラを宮廷に招き、専属のポテチ職人にしたいとさえ言った。それは冗談半分、半分色目混じりの本気の言葉だったようにも思う。
「あの王様、リオっちを気に入ってたみたいッスね」
昼食会を終えた時、スピアルノが俺に囁いた。俺と同じように、国王陛下の熱視線に気がついていたらしい。
「俺の妹は絶対に渡さないぞ」
「一国を敵に回してもッス?」
エメラルドグリーンの瞳を細め、悪戯っぽい顔で言う。
「当然だ。空高く舞い上がり、誰も追いつけない速度で飛んで国に帰るまでさ」
「……即答っスね」
「あたりまえだ」
「賢者ッのそういうところが、オラ達は好きッスよ」
くすくすと笑う犬耳のスピアルノ。
「ありがとよスピアルノ」
「それを聞いて安心したっス。親善大使とかいう立場も分かるっスよ。まぁ、料理までは許容範囲ッスが……それ以上はテーブルを蹴っても、と思っていたっス」
王様がこちらの家族を気に入ったから一人寄越せと言って「はい」という訳がない。まぁ相手もそれぐらいの常識がある相手だと信じたいが、世界樹が欲しいと手を伸ばした国の王でもある。
「リオラは俺の大切な妹だからな」
「妹……ッスか?」
すん、と一度だけ鼻を鳴らし、瞳の奥に意味ありげな光を宿す。疑うような、はたまた試すようなその表情にドキリとする。
「い、いも……いや、その。とても大切な存在だ」
「奥様もご公認ッスからね」
「んなっ!?」
息が止まりそうになるが、一体スピアルノは俺とマニュフェルノ、リオラの関係をどこまで知っているのだろうか?
「マーマ、だっこニー」
「はいはいっス」
「にゃー」
猫耳の女の子ニャッピがスピアルノにじゃれついて来た。優しく抱き上げて頬にキスをする。その表情は本当に幸せそうだ。
かつて暗殺者としてこの館に来たスピアルノが、まさかこんな風になるとは。当時は考えてもみなかったが、人生とは……わからないものだ。
「……賢者ッスには責任があるッス。館で暮らす家族たちを幸せにするという重大な」
「わかっているさ」
「あ、でもオラと子どもたちは大丈夫ッスよ。ルゥ猫パパが幸せにしてくれるっスから」
「あ、あぁハイハイ、ごちそうさま」
◇
楽しくも大騒ぎの昼食会も終わったが、王様の気まぐれで追加のイベントが発生した。
ゴーレムによる「御前試合」を行うことになったのだ。
御前試合はマリノセレーゼの誇るゴーレムと、俺のゴーレムによる一騎打ちだ。
会場はここ、ポレリッサ邸のプライベートビーチ。観客は双方の家族たちと、マリノセレーゼの国王陛下御一行様だ。
おかげで南国マリノセレーゼの王都――港湾都市ヴィトムニアを旅立つのが、少し遅れそうだ。
このあとは絶海の孤島、「楽園島」に向かう予定なのだが……。
リオラを手に入れられなかった王様の「腹いせ」と考えるのは、穿ちすぎだろうか。
「拙者達は見学させてもらうでござるね」
「ゴーレム同士のバトルだもん。ここはがんばってね、ググレ」
ルゥローニィとレントミアはお気軽な様子でそう言うと、砂浜に置かれていたデッキチェアに腰掛けた。白く美しい砂浜とココミノヤシの林。その木陰に用意されたデッキチェアは涼しく快適そうだ。
「……マリノセレーゼで一番の剣士と、王宮に居た最強魔法使いとの対戦なら、王様に頼めば喜んで組んでくれると思うぞ?」
ちょっとヒマそうな二人をからかってみる。
別に今回の料理バトルもゴーレム対決も、「嫌だ」と断っても良かったが、親善大使とかいう肩書がその決断を鈍らせた。スピアルノには看破されていたようだが、昔の俺なら「面倒くさい、冗談じゃない」で済ませたのだが……。
「ググレ殿、剣士同士で真剣勝負でござるか? この美しい砂浜を赤い血で穢す事になると思うでござるが……。どうしてもというのであれば受けて立つでござる」
「魔法使い同士の魔法戦闘をやるの? 手加減出来ないのは知ってるよね。命の取り合いになるけど、いいかな?」
二人に笑顔なしの真顔でそう言われると、さすがの俺も言い返せない。
「わ、わかったよ! 俺がゴーレム同士で痛くない、血も流れないバトルを披露するから!」
と、そこで甲高い耳障りな声が響き渡った。
「おやおや? 血は流れますよ。作り手の努力の結晶同士がぶつかり合う。そこで流れるのは魔力の残滓と潤滑油という血です。そうは思いませんか? ググレカス君」
「……こっちはスライムが流れ出すんだがな」
「はは! ナイスジョークですよ」
ポレリッサが樽のような腹を揺らしながら姿を見せた。それと同時に『海竜職人集団』の誇る、量産型商用ゴーレム、タランティア・タイプセブンが、重々しい地響きとともに砂浜に現れた。
どうやらココミノヤシの林に巧妙に隠されていた格納庫があったようだ。そこから姿を見せたゴーレムの勇姿に、砂浜に来ていた王様や従者から満足げなどよめきが起こる。
。
「赤い機体……! 専用機か?」
ゴーレムは、派手な赤とピンク色に塗り分けられていた。全体が淡いピンク、装甲に該当する部分は濃い赤色だ。
「いかにも。僕の自慢のタランティアリシーズ。その量産型の基になったワンオフのテストベース機体ですよ。エックス番台の極秘機体で、お見せするのは初めてでですね」
「ぬ……!」
――ワンオフ機か。
つまり量産型とは違い、機能試験用にコスト度外視で作り上げた機体ということだ。
以前対決したのは量産型のカスタム機だったが、それとは別物と考えるべきだろう。
『やっほー! よろしくねー、賢者さま』
『ハーネリア、やるからには、本気!』
『ロッタはもう少し肩の力を抜いてよ』
中から声が聞こえるが、操術師は二人の少女たちだ。乗員を守る密閉型の有人ゴーレムは、今後の主流となるのだろう。ハーネリアとリヒラロッタは、俺との模擬戦も含めて三度目の戦いとなる。
近くでゴーレムを見ると流石に大きい。
蜘蛛の下半身に人間の上半身を繋ぎ合わせたような形状のゴーレムは、神話のクモとの半神半人アラクネィを思わせる。
顔の部分は輝石を多数埋め込んだ複合センサー。マスクを被った人間の頭部に、輝く石を嵌め込んだような無機質な意匠になっている。
「……悪いが、俺のワンオフはこれだからな」
ガショガショと鉄の脚を踏み鳴らしながら、白い砂浜の上を二体のゴーレムが進み出た。
言わずと知れた『フルフル』と『ブルブル』だ。
『フルフル!』
『ブルブルッ!』
「フフフ、どちらが優れたゴーレムマスターか、勝負ですよググレカス君」
「あぁ! 行くぞポレリッサ。ゴーレムマスターに俺はなる!」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
というわけで、今年最後の更新となります!
本年もいろいろと感想を頂いたり、励ましのコメント、誤字脱字のご指摘など、読者の皆々様には沢山のご支援を賜りました。
賢者ググレカスは来年ついに4周年!!
うーん。ここまでまさか続けることになろうとは・・・。
いつか終わりはきますが、キッチリ終わらせてやるべきか、あるいはグタグタとしてフェードアウトするべきか。
悩みはありますが、作者はこの世界も登場人物たちも大好きです♪
来年も応援いただけたら励みになります★
というわけで、新春はゴーレムバトルでGO! からですね。
明日は新春なのでお休みとなりますが、また読みに来て頂けたら嬉しいです。
休載:1月1日
ですが、活動報告で描き下ろしイラストを公開します♪
再開:1月2日(多分w
では、また!
皆様、良いお年を!




