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 大地と海とポテチ無双

「えぇい、料理長! 余にも食させよ……!」


 ベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下は辛抱たまらんとばかりに席を立つと、自らテーブルの上に置かれた大皿に歩み寄った。


 大皿は全部で3つ。

 こんがりきつね色に揚げた『ポテトの薄揚げ』のシンプルなものが一皿。香辛料パウダーをまぶし、それぞれすこしずつ味付けを変えたものが2つだ。


 この料理は、リオラの故郷ティバラギー村の郷土料理をベースに、俺の「遠い記憶」の中で食べていた菓子のイメージを辿り、作り上げたものだ。

 スパイスはマニュフェルノやスピアルノが研究し、味わいに変化をつけてくれた。


「お、お気をつけください国王陛下。その料理……自らの意志とは関係なく、指が動いてしまいますが(ゆえ)ッ!」


 国王陛下から一歩下がり、調理長が進言する。ワナワナと震える右手の指先は、『ポテトの薄揚げ』の油で光っている。


 一つ目の皿に盛られていた『ポテトの薄揚げ』は、既に半分ほどに減っている。

 料理長ヒローブン・セガーレが毒味と味見を兼ねて食べ始めたが、あれよあれよと口に放り込み、止められなくなったのだ。


「ハハハ……! 実によい。料理長のお前がそこまで言うのであれば、余程であろう。だが……、余は世界各国、数多の料理を堪能してきた美食家でもある。そう簡単に余の心を奪えるか……実に楽しみだ。のう、賢者ググレカス殿」


「恐れ入ります。国王陛下のお口に合いますか……。どうぞご賞味ください」


 国王陛下は手に持った銀のフォークで『ポテトの薄揚げ』を一枚持ち上げた。そして色合いを眺め、スンスンと香りを確かめ、そしてようやく口に運ぶ。


 ぱり……ぱりっ。


「……ん……」


 ポレリッサ邸のダイニングルームは、しん……と静まりかえった。


 もう一枚、確かめるように口に運ぶ。食感を味わい、目をつぶり、ポテトの味を確かめているかのようだ。


 けれど緊迫感漂う中、最初に口を開いたのはラーナだった。


「あ、王様が泣いたデース?」

「……え?」


 その言葉にハッとして国王陛下の顔を見る。すると――


 王は涙を流していた。


 ぽろ、ぽろっと涙をこぼし、肩を震わせている。


「な、なんということだ……余の目の前に、広大な大地と海が……見える!」


「え、えぇええ!? 国王陛下!?」

 料理長が目を白黒させて叫ぶ。対面に座っているポレリッサも唖然として固まっている。


「これは見た目と食感の意外性に目と舌を奪われるが、このポテトの旨味を最大限に引き出しているのは、菜種の揚げ油だけではない! シンプルな塩味……これで風味を最大限に引き出しているのだ! しかも……これは……この塩はッ! マリノセレーゼの塩……!」


 国王陛下はフォークを落とし、手で直接『ポテトの薄揚げ』を食べ始めた。


「左様にございます国王陛下。ティバラギーの大地と、マリノセレーゼの海。2つがあってこそ生まれたのが、この味にございます」

 俺はスチャリとメガネを指先で持ち上げる。


「単純に見えて、究極とはこの事か……! 素晴らしい!」


「確かに美味いとは思うが大げさだにょー」

「涙を流すほどっスかね……」

「しーっ! いいんだよ! こういうノリなんだから!」

 ボソッと辛辣なことをいうヘムペローザとスピアルノだが、料理対決とはこういうものだ。


「して、他の皿は味わいが違うのか?」

「はい。南国スパイス風味と、『青のり』をまぶしたものにございます」


 国王陛下は他の皿にも手を伸ばし、それぞれ味わってゆく。


「――こ、これは何たる刺激的な……! スパイスの複雑な風味、深みと余韻……全てが計算されつくされている! 南国の情熱を感じさせる! 素晴らしい」

 そちらは、スピアルノ調合のいろいろハーブポテトだ。


「そしてこの青い粉は……磯の香りがする! これは『青のり味』か!? これは我等マリノセレーゼの民には懐かしく、馴染みのある味よ! はは、気に入った!」


「我が国と、貴国マリノセレーゼの友好親善を祝してにございます」


「おぉ……おぉ! 実に嬉しい心配りよ! 見事であったぞ賢者ググレカス!」

「有り難きお言葉」


 フフッ、と軽く礼をする。


「さぁ、お前たちも遠慮せず食べるがよい!」


 二皿目、三皿目と手を伸ばし、味わいの感動を全身で表すマリノセレーゼの国王陛下。こんどは国王自らが、ポレリッサ家の人々や、俺達にも食べるように勧める。


「ったく、どんな魔法の味わいですか? どれ……って、美味いじゃありませんかぁあ?」


 四角いメガネことポレリッサも最初は半信半疑だったが、一枚食べると途端に眉毛を持ち上げて鼻息を荒くした。

 奥様も「まぁ!?」と驚きを隠せない。

「君! これ、作りかた教えてよ! うちの奥さんに作らせるから!」

「え、えぇ、はい!」

 余程気に入ったのか、しまいにはリオラに頼む始末だ。


「あ、ホントだ、美味い」

「食感がいいよね!」

 ゴーレム操術師の二人組も、ちいさな口で遠慮しながら食べているが気に入ってくれたようだ。


「お、おおっと! ググレカス殿の料理に心奪われて仕事を忘れていた。デザートの準備をせねば!」

 大柄な料理長が、両頬をポテトで膨らませたまま慌てて部屋を飛び出してゆく。


「安堵。なんとか上手くいったみたいね」

「そうだな、一瞬でも心を奪えたんだ。上手くいったということかな。マニュフェルノの『青のり味』のアイデアも良かったよ」

「問題。歯に青のりが付くのがちょと嫌ね」

「あ、確かについてるな」

 俺はマニュフェルノと笑いあった。


 笑顔の輪が広がってゆく。和やかさを取り戻した昼食会の様子に、リオラもホッとした様子だ。


「ぐぅ兄ぃさんも食べてください!」

「そうだな。んっ、美味い……ポリポリ、あぁ……なんだろう。懐かしい味だ」

「懐かしいですか? 私は新しい味わいですけど」

 リオラが指先の塩をペロリと小さな舌先で舐める。

「いや、いいんだ。きっと記憶違いさ」


 シャクシャク、ポリポリと軽快な舌触りは懐かしい感じがする。そしてこれを無性に「(はし)」で食べたくなるのは何故なんだろう?


 ともあれ――

 こうして昼食会の料理バトルは幕を閉じた。


 ◇


<つづく>

 


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