逆転のティバラギーポテト・スペシャルレシピ
「続いては、クリーミィ・シュリンプでございます」
次の料理は新鮮なエビをクリームソースで煮込んだものだった。温かい煮込み料理は、食べてみると新鮮なエビの甘みが濃厚なクリームソースの中でハーモニーを奏でている。
付け合せも緑色も鮮やかなブロッコリーと赤いにんじん、ソテーした「ジャガイモ」が使われている。
――またジャガイモが使われている。しかも……美味い!
「美味しいッス……!」
「うーむ、想像を超えた美味なる味わいでござるね」
スピアルノとルゥローニィが耳をピンとさせて目を丸くする。そして横に座らせていた四つ子たちにも食べさせる。
「フフフ、気に入って頂けて何よりでございます。特に、小さなお子様でも食せるよう、甘く、柔らかく煮込んでございます。野菜も栄養価を考え、添えてございます」
料理長、ヒローブン・セガーレが優雅に解説をする。
「……んまー!」
「んまいねー、おいち!」
「んまいの……!」
「まんま! んま!」
犬耳の女の子ミールゥ、猫耳の男の子ニーアノ、猫耳の女の子ニャッピ、犬耳の男の子ナータ。それぞれに好き嫌いも出てきて、ご飯時はいつも戦争状態だ。だが、今日は出された料理に夢中になっている。エビも軟らかく、野菜も風味を残しつつ子供の口にも優しい柔らかさだ。
「美味しい……です」
「この国の宮廷料理ってこんなに凄いんだ……!」
リオラもチュウタも、驚きと感動で表情を緩める。
「……フッフフ! ゲストにお喜び頂けてこその料理長!」
分厚い胸を張り、ナマズのようなヒゲを立てる。その顔は自信と誇りに満ち溢れていた。あの体躯と筋肉で、ここまで繊細な料理が作れるとは正直驚きだ。
「これは……、確かに素晴らしい料理です」
「賢者ググレカス殿、お褒めにあずかり光栄です。皆様は既にフォークを持つ手が止まらないようですね」
「あ、あぁ……」
確かに、ポレリッサの家族も俺たちも料理に夢中だ。その様子に、国王陛下も満足そうに頷いている。
流石は一流の料理人。素材の味を活かしつつ、趣向を変えたレシピで攻めてくる。味わいも格別な料理ばかりだ。
料理単品では俺達は足元にも及ばないだろう。
「次は! 甘く柔らかいハニーロースト・ポークにございます」
「更にッ! ココミノヤシ・ブレッドを挟んでお召し上がりください 」
「さぁお召しませ! カキの甘辛ソース、オムレツにございます! 」
料理長は、給仕の女性たちを引き連れて次々と料理を運んでくる。
舞うような動きで皿を皆の前に並べてゆ様は、実に滑らかで軽やかだ。
「にょほ!? 柔らかい肉に、甘いソースが絶品じゃにょー!」
「このパン、ココミノヤシの香りがするのですー!」
普段は食の細いヘムペローザが喜んで食べている。プラムは……まぁ何でも食べる子だが、今日はまた一段と良い食べっぷりだ。
「んー。確かに味も食感もバラエティに富んでいるよね、食べやすいし」
レントミアが口の周りをナプキンで拭きながら、すまし顔で言う。
「牡蠣。オムレツで甘辛い牡蠣を包んでいるわ……!」
「……でも、シャキシャキとしたものは何デース?」
オムレツを食べたマニュフェルノが丸メガネを光らせて驚き、更にラーナが卵の中に混ぜられた物に気がつく。
「こ、これはジャガイモだっ!? オムレツの中に……食感を残したジャガイモの細切りが混ぜ込まれているんだっ!」
なんということだ。俺達がジャガイモの料理を出すということに対して先手を打ち、外堀を埋めていくつもりなのだろうか。
「フフフ……勝った!」
国王陛下の料理番こと、ヒローブン・セガーレは背筋を伸ばし胸を張ると、自信満々の顔で呟いた。
この後、俺達が出す予定の「一品」つまり、素人の手作りの料理など、圧倒的な味覚の絨毯爆撃の前には通用しない、とでも言いたげに。
だが……これは想定内だ。
新鮮な食材、最高の調理技術、絶品料理の数々――。
「……だからこそ俺の……いや。俺たちのレシピも味わってもらおうか!」
俺は静かに口元を拭うと、リオラに合図をした。
「は、はいっ! ぐぅ兄ぃさん!」
「妹君。準備しましょ」
「御礼ッスね、賢者ッス」
「あぁ、頼んだよ」
圧倒されていたリオラだったが、マニュフェルノやスピアルノと共に立ち上がると、一度部屋を出て、そして隣の部屋へと向かう。そこに、予め準備しておいた料理を取りに行くためだ。
「フフフ……? これだけのジャガイモ料理を口にした後で、一体どんな味、食感で楽しませてくれるのでしょうかね?」
指先でヒゲを「こより」ながら、料理長ヒローブン・セガーレは余裕の笑みを口元に浮かべている。
「よい、セガーレ。私はゲストが知恵を絞り、私のために作ってくれた料理を味わえることが嬉しいのだ。味や見た目はさほど気にはせぬ」
ベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下は、実に穏やかな顔つきで、口元をナプキンで拭い去った。かなりお腹も膨れていることだろう。
俺は席から立ち上がる。それと同時にダイニングルームに戻ってきたリオラとマニュフェルノ、スピアルノが王の近くに進み出る。それぞれの手には、3つの皿に分けて運んできた料理が乗せられている。
「では、私達の一品……ご堪能していただきとうございます」
リオラは俺と目を合わせるとコクリと頷き、皿をテーブルにおいた。そして皿の上を覆っていたドーム型のカバーを、王様の前でゆっくりと開けた。
「どうぞ王様……。ティバラギー名産のジャガイモを作った料理です。お口に合うかどうか、わかりませんが」
「な、なにぃ……!?」
料理長が一瞬で険しい表情に変わる。王は「ほぅ!」と、目を輝かせた。
「賢者ググレカス殿、これは一体、なんという食べ物か?」
「恐れながら申し上げます。ティバラギー産ジャガイモの『スライス揚げ』にございます」
「スライス……揚げだと……!?」
皿の上には、きつね色をした極薄の「ジャガイモの揚げ物」が山盛りで乗っていた。
――ポテトチップス……! これが俺の秘策だよ。
俺はメガネを指先で持ち上げる。それとほぼ同時にカサ、と音を立てて料理長が一枚をつまみ上げた。
「薄くして高温の油で揚げたジャガイモか……」
「左様にございます。テイバラギーの里で食べられている名物、フライドポテトをヒントに、食感と香ばしさに重点を置いて作りました『ポテトの薄揚げ』にございます」
「……フッ! フハハ! 稚拙! 実に単純! これが料理とは……! お出しした宮廷料理の数々をご賞味いただいたはず。しからば……こんな薄っぺらの紙切れのようなもので、国王陛下を満足させられるとでもお思いですか?」
「無論にございます。四の五の言わず、まずはお味見を」
「きっ……!」
俺の冷静な受け答えに料理長は顔を鬼のように赤くして、ドォッ! と全身から闘気のような気迫を漲らせた。そしてポテト揚げを鷲掴みにする。
「お毒味と味見をしてから、国王陛下に献上するか決めさせてもらいます」
料理長が後ろを振り返ると、国王陛下は静かに首を縦に振った。
ダイニングルームに緊迫感が満ちてゆく。俺の家族達は祈るような面持ちで、王様を見ている。ポレリッサも奥さんも事の成り行きを固唾を呑んで見守っている。
「食してみよ」
「御意。では……ふむっ……!」
料理長は『ポテトの薄揚げ』を一枚頬張った。パリと軽やかな音が響く。
「……」
ぱり、ポリ……。と音を立てながら、料理長は無言で続けてもう一枚、口に放り込んだ。天井を見て、目をつぶり、眉を曲げ……そして、更に一枚を口に運ぶ。
「…………む!? ふっ!?」
今度は三枚を同時に口に放り込む。ポリポリ、バリバリと咀嚼しては飲み込み、首をひねりながら、頷き、また口放り込んでは首をひねる。
「料理長!?」
国王陛下が思わず声をあげた。
「――ハッ!?」
料理長はハッ! と目を見開いた。指先を油でギトギトにしながら、ゆっくりと振り返り、国王陛下の声に応える。
「こ、国王陛下ッ! 申し訳ございません……! これは実に単純で……素朴……! こんな、こんなもの……料理とは呼べないかもしれません。ですが……ッ」
「ですが……?」
料理長が大きな指で『ポテトの薄揚げ』をつまみ上げ、そしてリオラの方に向き直った。
「……!?」
「リオラ!」
俺は思わずリオラを背後にかばう。
だが、料理長の顔は途端に弛み恍惚となる。
「や、やめられねぇ! 止まらねぇ……ッ!? こ、こんな美味いものは……初めてだっ!」
料理長は皿の上の『ポテトの薄揚げ』を鷲掴みすると、口いっぱいに放り込んだ。もっしゃもっしゃと両頬をリスのように膨らませて、ビッ! とリオラに向けて親指を立てた。
「なッ、何ぃいいいッ!?」
国王陛下は声を上げると席から立ち上がった。
<つづく>
はい……ポテトチップスですw
ってポテチって商標でしたっけ?(汗




