全力の検索魔法(グゴール)と、思い出の味
――検索魔法……!
馬車の客室で揺られながら、俺は魔法を励起した。
目的はマリノセレーゼの王様が、普段どんなものを食べているのかを探ることだ。
「ふむ……ほほぅ?」
幸いマリノセレーゼ王宮の厨房に勤める料理長はマメな人物のようだった。丁寧に書き記した献立表に、数々の料理のメモ、レシピ等がすぐに見つかった。
宮廷で食されていた膨大な種類の料理、その名前と使われている材料が、次々と明るみになる。
「ぐぅ兄ぃさん?」
「リオラ、少し待ってくれよ。魔法でいろいろ調べてみるから」
「……はいっ!」
輝く『魔法の小窓』を励起してゆく様子を、隣りに座っているリオラは鳶色の瞳を輝かせて眺めている。
実はリオラは、俺が『検索魔法』を使って知識を得ている場面を目にしている数少ない人物だ。
イオラとリオラ、双子の兄妹が、初めて『賢者の館』を訪れた日、目の前で魔法を励起して見せたからだ。
もちろん、魔法力を持たないイオラとリオラの目には、「ぼんやりと輝く魔法の窓」にしか見えなかっただろう。実際、映像として現れるこうした情報の断片は、これだけではあまり意味を持たない。今や街角には『幻灯投影魔法具』が溢れ、映像を写す魔法も珍しいものではない。
だが……『検索魔法』の真価はここからだ。
「メティ、情報の抽出と分析をしたい。眠いところすまないが手伝ってくれるかな」
「……お安い御用ですわ、賢者ググレカス」
呼びかけると、賢者のマントの内側に忍ばせていた文庫本の隙間から、妖精がモゾモゾと這い出して、やがてフワリと客室の中に飛び出した。
金色の柔らかい髪が舞い、背中の羽が燐光を放つ。
「リオラさま、ちょっとお手を……失礼いたしますわ」
「わ……! 妖精さん」
リオラが、水をすくうように差し出した手の上に妖精メティウスがちょこんと腰掛ける。妖精を手に乗せると『軽いヒヨコ』や『暖かい綿毛』のような感覚がするという。
「よし。俺が魔法術式を組むから、メティには集計と統計を頼みたい」
「お料理の種類だけで宜しいのですか?」
「情報の中から『イモ』に関連した料理名を全て洗い出す。あとはイモの使われている料理名、頻度、調理方法をまとめてほしい」
「わかりましたわ。けれど……王様が必ず宮廷でお食事をしていたとは限らないのでは?」
魔法の知恵を共有する賢い妖精は、良いところに気がつく。
「それは心配ないようだ。見たところ王宮の料理長は、国王陛下が外食した時に食べたものを、同行した従者から聞き出しているようだ。ちゃんとメモ書きも残っている」
検索魔法の結果が表示された小窓から、もう一つ別の小窓を分けて映し出す。
「まぁ! それならば問題は有りませんわ。料理長さんも翌日に同じ献立をお出しするわけにも行きませんものね」
「そういうわけだろうな」
しかも歴代の料理長の伝統らしく、記録は数十年前から存在する。それこそ先代のマリノセレーゼ王の時代から記録はありそうだ。
――抽出術語、条件術語、集計術語を組み合わせ……超駆動!
こうして『検索魔法』に更に条件文を付与することで、詳細かつ必要な情報だけに絞り込む事ができる。抽出した情報は『戦術情報表示』の別窓へと蓄積してゆく。あとはメティが集計し、数値化、グラフ化してくれる。
「では、館に到着するまでの間、仕事を続けよう」
「了解ですわ、賢者ググレカス」
そうこうしているうちに、およそ20分程度で集計を終えた。
やがて俺たちを乗せた馬車は、街の郊外にある「飛行場」の脇に駐めていた『賢者の館』へと到着した。
御者に礼を言い一応チップとして銀貨を渡す。盗聴や魔法検知の罠も検知できなかったが、念のためだ。まぁ会話や言葉を盗み聞きしていたとしても、単に「料理談義」をしているようにしか聞こえなかっただろうが。
◇
賢者の館は全員が出払っていたので無人だった。
いよいよ海の向こうに沈んでゆく夕陽に照らされて、赤く色づいている。
庭先では『フルフル』と『ブルブル』が門番のように睨みを利かせていた。
「警備ご苦労、あとで魔力をあげるからな」
『フルフル』
『ブルブルッ』
他にも、暖かい南国の風と光を楽しんでいたのか、館スライムがあちこちでモゾモゾと動いている。
『ヤ!』
『ヤッ!?』
『キュッ……!』
「はは、お前たちもな……」
戦闘力の高いターンエー・スライムや、ヤバイ毒性を持つメイドスライムの亜種も、庭先の草むらのなかに潜んでいるようだ。館を荒らす目的の賊が来ても、これでは足を踏み込む気にはなれないだろう。むしろ白骨化した賊がその辺に転がっていないか心配になる。
「あら? 暖炉の火が消えていない……」
「おや、暫く留守にしていたのにな」
リビングダイニングに入ると、ほんのりと暖かく火の気配がした。リオラが不思議に思って暖炉を見に行き小さく声を上げた。
「あ! みてみて、ぐぅ兄ぃさん!」
「ん?」
見ると館スライムが二匹、頭に薪を載せて運んでいるのに出くわした。
『……キュ』
『オラー!』
暖炉の前に行くと、エイっとばかりに跳ね上げて投げ入れる。
「火の番をしてくれていたみたいですね……。賢い子たち」
「うーむ、どんどん進化してるんじゃないか?」
さて、館を飛ばせてポレリッサ邸のプライベートビーチには、五分もあれば足りるだろう。
夕飯はレストランで済ますと決まったし、皆は夕陽に染まるプライベートビーチで遊んでいる最中だ。
少しの時間だが、ここでメティとリオラで作戦を練っておこう。
「賢者ググレカス、では統計の結果をご覧になりますか?」
「あぁ、そうだな」
最初はデータの抽出範囲を過去三年程度と考えたが、万全を期すために、王様が生まれて物心がつくまでの過去30年に渡る献立表一覧を探ってみることにした。
膨大な量の献立表とその記録。それらを調べていると流石に王族なだけあっていろいろな料理を食べているようだが、時系列に見てみると繰り返し食べているものも多い。必ず毎日、目新しい特別なものばかりではない。普段食べているものはシンプルで栄養価の高いものが多い。
だが、記念行事や歓迎式典などが執り行われれば、途端に手の込んだものになる。
式典用の料理は、メタノシュタット式の「バターとワインで味付けをした肉料理」から、マリノセレーゼ王国伝統の豊富な魚介類を使った料理まで多岐に渡っている。
膨大な資料を一個ずつ見ていては一日がかりだが、こうして必要な情報を抽出して集計、統計を取ることで、おおよその傾向もつかめる。
「ほぅ……。国王陛下はかなりの美食家のようだ」
「ですが、好みや傾向もわかりますわね」
料理長が献立を考えているとは言え、当然王様本人からの指示や希望があってのものだろう。
「こうしてみるとシンプルな味付けの料理が好みのようだね。魚をソテーした料理、野菜のスープ料理が多い。そして肉料理を食べる時は逆にぐっと香辛料濃いめの味がお好みのようだ」
「すごい……ここまでわかっちゃうんですか!?」
リオラが俺とメティウスの魔法の仕事の結果を見て目を丸くする。
「あぁ。けれどこの魔法の事はリオラと俺の秘密だ。誰にも言っちゃいけないよ?」
「もちろんです」
しっと唇に指を当ててみせると、こくこくとリオラが真剣な顔で頷く。柔らかな栗色の前髪を揺らすが、表情はとても嬉しそうだ。
「肝心のティバラギーで採れる『じゃがいも』を使った料理もありましたわ。スープの具材、パイの具、炒めものの具、月に一度程度は蒸したイモをすり潰してお食べですわね」
「ふーむ? 決して主役ではないな」
「おイモはあくまでも脇役なのでしょうか?」
「こうしてみると珍しくて王様が食べたことのない料理、しかもジャガイモを使ったお料理で。……うーん。難しいですわね。っていうか、私、お料理を食べませんからわかりませんし……」
妖精メティウスが館のリビングダイニングの空中に浮かびながら、困ったように腕を組む。けれど先ほど眠いところを起こしたので、本の中に戻りたそうだ。眠そうに目をこすっている。
「もう後は大丈夫だよ、休んでいいよメティ」
「お言葉に甘えまして」
メティウスは壁に掛けた賢者のマントの内ポケットへと戻っていった。最近お気に入りの文庫本の中で眠るらしい。
水平線の向こうに沈んでゆく太陽が、ガラス窓越しに見える。リビングダイングの暖炉の前、ソファに俺とリオラは腰掛けている。
「珍しい料理を考えても作れないんじゃ意味がないしな」
「珍しいもの……。じゃ『じゃがいものアイス』とかは?」
「はは、リオラ、それも良いアデアだ」
ティンギルアイス店で働いただけはあり、スイーツ路線というのも悪くない。
「でも、美味しくなさそう」
リオラが苦笑いして自分のアイデアをすぐに取り下げる。
「たしかにな。単に奇をてらったもの、珍しすぎてもダメだ。拒否反応が出てしまう」
「ですよね」
「まぁ後で皆で試作してみよう。食料倉庫に『ジャガイモ』はあったよな?」
「はい、ティバラギー産のが二箱ほど。でも……私、やっぱり王様が驚くようなお料理なんて無理ですよ……」
不安げな表情のリオラの手を握ると、頼るように柔らかい手が握り返してきた。よく考えたら今、館には俺とリオラの二人きりだ。
「だ、大丈夫。実は俺にいいアイデアがあるんだ。ヒントは……君の故郷で食べたものさ」
「故郷……?」
「そうさ」
俺のおぼろげで「遠い記憶」の中にある料理……異界の「思い出の味」を再現する。それこそが王様がまだ食べたことのない料理のはずだ。
どうやら、勝利の方程式が見えてきたようだ。
「あの……ぐぅ兄ぃさん。二人きりって初めてですね」
「同じことを考えていた」
不意に、リオラの瞳が熱を帯びて、瞬く。
「わたし、ぐぅ兄ぃさんと秘密を一緒に持てるのは……嬉しいです」
「俺もだよ、リオラ」
揺れる暖炉の炎の前でリオラをそっと抱き寄せる。柔らかな体温と甘い香り、そして重ねた唇から伝わる南国のような熱。
暫くの間、青と赤の残照は、窓の外を淡く照らしていた。
◇
<つづく>




