グルメ王と、ググレカスの勝算
【作者より】
すみません、卿も帰宅が午前0時でして
明日の更新分は書けそうにありません。
休載:12月22日(木)
再開:12月23日(金)
なんとか明後日には再開しますね!
「す、すまないね。君に断りも相談もなく連れてきて」
汗をタラタラと流しながら、曇り始めた四角いメガネを外してハンカチで拭く。
「ええぇ、ちっとも構いませんわ。だって、大切なお客様をお招きするのは、大切ですし素敵なことですものね」
「そうか、じゃぁ……!」
「でもね……泊まるとなると話は別ですわ。事前に相談をいただかないと、十分な準備もできませんし、おもてなしも出来ません。かえって失礼に当たりますわよね? それくらい、あなたならわかりますよね?」
「あ、う……」
玄関先で立ち尽くすポレリッサに向かい、笑顔で語りかける女性こそが、マダム・ポレリッサ。
年の頃は20代後半、スタイルがよくグラマラス。目鼻立ちのハッキリとした南国美人さん。
濃いブロンズ色の髪を束ね、品のいいドレス風の平服の上には、夕飯の支度中だったのかエプロンを掛けている。意志の強そうなキリリと太い眉が特徴的だ。
「こ、断りきれなかったんですよ……! まぁその、いつもの王様の思いつきといいますか成り行きといいますか。キミも知っているとおり、国王陛下にはよくあることですよね?」
「あなた……。私は怒ってなんていないわ。ただ、うちは宿屋さんじゃないって事を、忘れないでほしいなって、思っただけなの」
「うぅ……でもね、そのね、あのねぇ……」
「あなた、何か言いたいことでも?」
にっこりと上品に微笑むが眼は笑ってない。
「あーらら、ほらね」
「だから言ったのに。怒られるよって」
後ろで様子を眺めていたハーネリアとリヒラロッタが、頭の上で腕を組みながら、マダム・ポレリッサの憤りを予想していたと口を揃える。
「き、君たちは黙ってなさいよ!」
四角いメガネのポレリッサは、「いざ我が家へ!」と勇み、王宮から俺たちを連れ出すとゴーレムの背中に乗せて海辺に建つお屋敷へと移動した。
そこは夕日に染まるビーチが目の前にあり、ココミノヤシの林に囲まれた風光明媚な場所に建つ、一軒のお屋敷だった。そこがポレリッサ邸。
地方領主が住むような総2階建ての立派な造り。壁は白い漆喰塗りで、赤い焼き瓦の屋根がおしゃれな印象を受ける。
見た感じは、俺達の『賢者の館』よりもずっと大きくて立派だ。
出迎えたマダム・ポレリッサはエプロン姿で夕飯の準備をしていたようだったが、笑顔で俺たちに応対してくれた。
だが、ポレリッサが「この友人たちを泊めたいんだ」と切り出した途端に、マダムの笑顔は仮面のように凍りついた。
自信に満ち溢れた四角いメガネは何処へやら。青い顔をして弁明に終始する。すっかり弁慶の仮面が剥がれた格好だ。
いくら王様の命令とはいえ、突然大人数で押しかけるのは、こちらとしても流石に非礼というもの。俺は子羊のように震え困っているポレリッサの横に立ち並び、提案をする。
「マダムポレリッサ。私達は街のレストランで夕食を食べてまいります。宿泊の場所に関しましても、そもそも私達には宿泊できる館があるので、ご心配には及びません」
「ま、まぁ……!?」
「ググレカスくん、でもね王様には、ここに泊めろと言われているしね……」
まだポレリッサは王様の命を引きずり、決め兼ねているようだ。
「ポレリッサ。俺達は王様の仰せの通り、ここに泊まらせて頂きますよ。ただし……素敵な庭先のビーチをお借りしてね。この砂浜は君の家の敷地なんだよね。借りていいだろうか?」
「も、もちろん構わないさ! しかし……なるほど。ググレカス君の家は動けるんだものね。本当に便利だねぇ」
改めて感心するポレリッサ。
「空に浮く屋敷とかけて、他にも浮くものがる」
「宿代が浮く……と」
俺と四角いメガネは同時に「「アッハー!?」」と指を差し笑い合った。
若干、俺の家族とマダム・ポレリッサの冷視線が気になるが。
マダム・ポレリッサのほうは、庭先の砂浜を借りると言う意味がわからず、しばらく目を丸くしていた。けれど旦那のポレリッサの説明で、ようやく納得してくれたようだ。
「砂浜。そこならば迷惑もお掛けしないし、いい考えね」
「だろう?」
マニュフェルノが安堵の表情を浮かべる。
「館をここに移動させるのですねー?」
「海辺に泊まるのはいいにょー」
プラムとヘムペローザは嬉しそうにそう言うと、髪を踊らせながら駆け出した。
「海を見てきてもいいのですかー?」
「あぁ、いいですとも。500メルテの範囲はウチの敷地ですからね!」
ポレリッサがようやくいつもに調子に戻り、自信を取り戻したかのようにふんぞり返りながら言う。
ポレリッサ邸のプライベートビーチだという海岸は、他には誰も見当たらない。早速、ヘムペローザやプラムは、靴とサンダルを脱ぎ捨てると、白い砂浜を軽やかにかけていった。
少女たちの笑い声と、砂浜で踊るシルエット。
夕焼けの海、そしてオレンジ色に染まってゆく海岸はとても美しい。
「ミーも波の近くまでいくデース」
「あ、危ないから、手を繋いで……」
「はいなのデース」
チュウタと手を繋いだラーナが、プラムとヘムペローザを追いかけてゆく。
「賢者ッス、オラたちは外食じゃなく、何か地元の食材を買って作りたいッス」
「拙者も、子どもたちとゆっくり食べられた方がいいでござる」
スピアルノとルゥローニィが訴えるのももっともだ。幼児たちに無理をさせるわけにもいかない。
「そうだな外食は……厳しいな。それにリオラの明日のメニューのこともあるしな」
「そういえば、王様に料理なんて大丈夫ッスか? リオラが悩んでいたっスよ?」
スピアルノが青い瞳をすっと細めながら声を潜める。
「なぁに、まかせておけ」
「……自信ありげっスね?」
「王様に、食べたことのないものを食べさせてあげればいいんだろう?」
「でも、そんな事わかるんス?」
「こういう面倒事には慣れていてね」
「ならばいいっスが。手伝える事があれば言って欲しいッス」
「そうでござるよ」
「ありがとう、スピアルノ、ルゥ」
スピアルノとルゥはそう言うと、四つ子を連れて、オレンジ色に染まる砂浜を散歩しはじめた。
「美味いもの、か」
何か美味しいものを王様に献上せねばならない。
だが、俺にはこういう時こその「秘策」がある。
最近、マリノセレーゼではグルメレポートや、料理を題材とした戯曲、演劇などが増えてきているらしい。そこでは珍しい料理も紹介されているが、相手が一国の王様ともなれば、既に各国のいろいろなものを食べているだろう。
つまり……。
ベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下は、既に相当の『グルメ王』であると見て間違いない。
穿った見方をすれば、何か難癖でもつけて来る気なのかもしれない。
そもそも、メタノシュタットの友邦国でありながら、世界樹の領有権を主張したのだ。
利益を最大にしようとするのは世の常だが、テロ行為を仕掛けてきた宗教団体を裏で操っていたのではないか………と疑い出せばキリがない。
そんな「したたかな」マリノセレーゼを束ねる王であることを、俺は忘れたわけではない。
とはいえ今回は単なる親善訪問。過去をほじくりかえし事を荒立てるつもりなど無い。
だからこそ、王が納得するような驚くほどに美味い料理を食わせてやれば良いのだ。
「賢者ググレカス、スピアルノさまのご心配も尤もでございますわ。どうやって王様が満足するようなお料理をリオラ様に作らせるおつもりですの?」
妖精メティウスも心配そうに俺の肩で羽を震わせる。
「簡単なことさ。食べたことのないものを食わせれば良いのさ」
「そうおっしゃられましても、どんなお料理を食べたかを知る方法なんて……」
「あるさ」
「……あ!」
ニッと片唇を持ち上げてみせる。これは勝算があっての勝負だ。
だが、まずは館の「引越し」だ。
俺はポレリッサが手配してくれた普通の馬車の客室に乗り、郊外の飛行場へと向かうことにした。そこには『賢者の館』が駐めてあるので、30分ほど掛けて戻り、ポレリッサ邸のビーチに館を動かしてくるのだ。
「ぐぅ兄ぃさん……! 私も一緒に行っていいですか?」
「いいともリオラ、行こう。相談したいこともあるしな」
リオラが駆け寄ってきたので、手を伸ばし客室へと招き入れた。
二人で肩を寄せあって、馬車の客室に座る。
「料理のことだろう?」
「えぇ……王様に料理なんて不安で。どんなものなら喜んでくれるか……」
リオラが困り顔でうつむく。
俺はそんなリオラの頭を優しく、ぽんと撫でてやる。
「大丈夫。今から俺が『賢者の知恵』をちょっと絞るから、何かヒントを見つけよう。ここは魔法の力を借りることにしよう」
「魔法……?」
小首を傾げるリオラの前で、魔法力を励起する。
「何も真正面から勝負する必要などないさ」
――検索魔法……!
マリノセレーゼ王宮の厨房、料理長のレシピ、ここ数年の献立一覧を探る。
あの王様がまだ食べたことのない料理を、逆引きすればいい。
<つづく>




