表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1015/1480

 マリノセレーゼ王の頼みごと

 ◇


「遠路遥々(はるばる)よくぞ参られた。メタノシュタット王国の賢者ググレカスよ。ご家族共々、歓迎するぞ」


 よく通る張りのある声だった。

 ベレーンガイア国王陛下は若く、三十代も半ばと言ったところだろうか。

 海の民、マリノセレーゼ人特有の小麦色に焼けた肌の艶は良く、好奇心溢れる瞳と屈託のない笑顔が印象的だ。


「お招きいただき光栄です、ベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下」


 俺は右手を胸に当てると、深く頭を下げた。

 マリノセレーゼ王国の海竜聖宮(シードゥンパレス)に招かれた俺達は、国王陛下との面会という栄誉を(たまわ)っていた。

 マリノセレーゼ流の挨拶は、失礼のないようにと謁見までの待ち時間の間にしっかりと予習(・・)をしておいたものだ。家族たちもそれに倣い、礼をする。


「おおぅ? 我が国の伝統を重んじてくれるとは嬉しい事よ。だが気遣いは無用ぞ、ここは大海のように分け隔てなく開かれた国。形式ではなく気持ちが伝われば十分ぞ」


「寛大なるお心遣い、感謝致します」

 優雅に再び礼を返すと、王はゆっくりと眉を持ち上げ、満足そうな笑みを零した。


 なるほど、噂通りの度量と寛容さを見せるあたり、大物の風格が漂う。


 日焼けした肌に白い歯を見せての笑顔や、大らかな雰囲気は砂漠の国イスラヴィアを代表するエルゴノートを思い出す。だが、こちらの様子を仔細に観察している様子の眼差しなどは、その数倍も抜け目がない印象を受ける。


 (バンブー)を磨き、飾り壁に仕立てた『謁見の間』は広さ15メルテ四方ほど。天井まで届くような装飾が施された玉座が一番向う側にある。

 左右には最初に案内してくれた外務大臣と、側近の相談役と長老らしい顔ぶれが2名。勲章と凛々しい制服の人物は国防戦士団長だろうか。他には、赤と黒のローブを身に纏った最上位魔法使いと思われる女性が一人立っている。

 衛兵と合わせても十数人ほどで、それほど物々しい雰囲気ではない。


「早速だが、貴殿らの港町レーシアでの働き、聞き及んでおるぞ。港が使えず多くの船乗りや民が困っておった。民に代わり礼を言おう」


「もったいないお言葉。礼などと仰せられては痛み入ります」

 俺は流石に恐縮する。


「港が使えぬ原因が巨大なカニであったとはな。誰も見抜けなかったのは手抜かりよ。本来ならば我が国が誇る海軍が出向くべき仕事であった。それを異国からの客人の手を煩わせる事になるとは……。メタノシュタットには借りができた」


 王の言葉は明朗だが、暗に自国軍の失態だと言っているのだ。王の右横に立っていた国防戦士団の長が表情を曇らせた。


「……恐れながら申し上げますベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下、我が国に借りなどございません」


 俺は一拍の間を置いて声を上げた。


「ん?」


「忌々しいカニめは少々手こずりましたが、私共の胃袋に収まりました。実に新鮮で美味、お陰で家族ともども、良い旅の思い出が出来ました」


「カニさん、美味しかったですよー……」

 遠慮がちに小声で言うプラムのナイスフォロー。


「……ははは! これはいい、いや、気に入ったぞ! 噂に聞こえし賢者ググレカス。魔法の実力も然ることながら知恵も実に痛快ぞ」


 王の飾り気のない笑い声が響くと、大臣や国防戦士団の長も思わず表情を緩めた。


「上手いねぇ……。実に」

 横で静かに聞いていたポレリッサが小声で茶々を入れる。

「貸し借りは無いんだ。あくまでも親善訪問の挨拶だからな」


 俺は先程の貴賓室で、遠距離魔法通信でメタノシュタットのリーゼハット局長に、謁見が決まったことを伝えていた。何か気をつける点はあるかと尋ねると、現場判断で上手くやってねという、有り難い指示を頂いた。


『何事も貸し借りなし、交渉せず、安請け合いせず。けれど、ググレカスくんが出来る範囲のことはしてあげても損はないよ、大切な友邦国だし。くれぐれも慎重に』


 そこで遠慮なく『検索魔法(グゴール)』を使い、地元の報道業者(マスコミー)が発刊している魔法写真入りの名簿を調べまくった。

 時間は限られていたが、王族の名前、王政府要人の名簿などにも一通り目を通した。可能な限りの国情を調べ、粗相のないように準備はしたつもりだ。


「ところで、ググレカス殿は、今夜の宿はお決まりか?」

「いえ、まだ……」

「ふむ、ならばポレリッサ。客人の宿ともてなしを頼んだぞ」

「あ……? それは、えぇ、モチロンにございます。ウチで丁重におもてなしを。妻に相談してみます……」


 ポレリッサが「そうきたか」とばかりに苦笑いを浮かべる。ベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下は更に続ける。


「うむ、頼んだぞ。お主が心血を注ぐゴーレムや空飛ぶ魔法道具について、いろいろと語り合い、教えを乞う良い機会であろう?」

「は、まぁ……えぇ」

「知恵を借りるが良い。素晴らしい魔法の知識をお持ちの賢者殿であれば、何か良きアドバイスをくれるであろう」

 王はよい考えだとばかりにポレリッサから視線を俺に向け、軽快な口調で喋りつづける。


 つまりは、魔法の技術支援をしてくれというのだ。この流れではここで断れるはずもない。持ち上げて囲い込まれた格好だ。


「あのように館を空に飛ばすなど、信じられぬ程の魔法よ! 世界でも稀有な魔法使いが我が国に来たとなれば、いろいろと面白い話も伺いたいものよ! そうであろう? 魔法長ゲイラリーズ」


「仰せのとおりでございます国王陛下。魔王大戦の英雄のお話など、是非とも拝聴させて頂きたいものですわ」


 小麦色の肌に、紅の乗った厚めの唇。紅水晶のような瞳の目尻は下がっていて、髪はオレンジがかった茶色で腰までの長さがある。

 錫杖を持つ手は肉付きがよく、ふっくらとした女性特有の身体のラインを、赤と黒のローブで包み隠している。


 ――あれがマリノセレーゼの最上位(・・・)魔法使いか。


 魔法力を発散していないので、どんな使い手なのかもわからない。錫杖や腕に付けられた装身具は全て魔法道具だろう。


「賢者ググレカス、なんだかセクシーな魔女様ですわねぇ」

「あぁ、アルベリーナ様を思い出すな」

「でも! 私がいる限り、決して二人きりにはさせませんから!」

「何の心配をしているんだメティ」

「女性特有の身体のラインが……とか思っているような気がしまして」

「ばっ!? 思ってないよ」


 戦術情報表示(タクティクス)を通じて、メティウスとコソコソとアホな話を交わす。

 まぁ色仕掛けだろうが力ずくだろうと、魔法の秘密をホイホイと教えるわけにもいかない。なんとか上手くごまかして逃げ帰るとしよう。


 と、次に王の興味は俺の家族へ向く。


「時に……ググレカスのご家族。えぇと、そこ、その後ろにいる可愛らしい栗毛の娘さんよ」


 王は最後尾でうつむいていたリオラを見据えて話かけた。


「は、はいっ!?」


 リオラはきょろきょろっと左右を見回して、どうやら自分に話しかけられたものだと気がつくと、目を白黒させた。


「あまりこのあたりでは見かけぬ髪色だ。実に美しい。何処の出身なのかな?」


「え、ぇえ!? あ、あのその、私、ルーデンス方面の、そのティバラギー村出身で」


「ほぅ……? メタノシュタットの北に位置する広大な森林地帯か。では……ひとつ、余の頼みを聞いてはくれぬか?」


「なな、なんでございましょう……!?」


 ごくり、とリオラが留飲する。


 マニュフェルノも、スピアルノもルゥローニィも、突然の王の言葉に固唾を呑んでリオラとマリノセレーゼの王を交互に見る。

 プラムもヘムペローザもチュウタも、リオラを心配そうに見つめている。


 王はリオラを見て「可愛らしい」とか言っていた。まさか「余のものになれ」とか、いきなり無茶ぶりをするんじゃあるまいな?


 その時は外交問題になろうが、リオラを連れてここを出るまでだが。


「実は……宮廷の料理も飽きてしまってな。異国の料理が食べたいのだ。家庭料理で良い。何か……こう、美味いものを食べさせてはくれぬか?」


「え、えっ!? その、ウチはジャガイモ料理しか……って、王様に食べていただくようなものは」


「ほぅ? ますます気になるな! 是非とも食べてみたいものだ」


「ど、どうしましょう、ぐぅ兄ぃさん!」

「うーん、まぁ料理ぐらいなら良いんじゃないか」

「でもでもっ!」

 リオラがあわわと慌てながら、身体を左右に揺らす。

 返答に困っていると、王は次にポレリッサに向き直る。


「ポレリッサ、明日お前の館に赴こう。久しぶりに従妹の顔も見たいしな。そして賢者ググレカス、すまぬが、その娘にも料理を作らせておいてくれると余は嬉しいのだが……。無論、無理にとは言わぬが」

「ご期待に添えるよう、考えてみます」

 返答は少し濁したが、断れる流れでもない微妙な願い事だ 。


「来ましたね。無茶振り」

「う、ううむ。無茶振りとはこれのことか……」

 ポレリッサと俺は、メガネを突き合わせて小さくため息をついた。


<つづく>



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ