王宮――海竜聖宮(シードゥンパレス)にて
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マリノセレーゼ王国の王宮――海竜聖宮。
ゴーレムの背中に揺られながらの歓迎パレードの後、俺達は王宮へと到着した。
白い石灰岩を積み上げて造られた建物の外観は、巨大な立方体のようで存在感がある。
近くで見ると表面には神話や海竜をモチーフにした彫刻が施され、美しい街の中ではひときわ異彩を放っている。
正面に口を開けた門から中に足を踏み入れると、外観から受けるイメージとはうって変わり、竹が内装材として多用された落ち着いた空間だった。涼しくて落ち着きのある雰囲気で、天井は高く明るい。吹き抜けのある多層構造で、階段の手摺りにも竹が使われている。
「ググレカス御一行様、お待ちしておりました。こちらへ」
出迎えてくれたのは外務大臣だという初老の男性だった。名前はルポートア。浅黒い肌にビシッと伸びた背筋、真っ直ぐで強い眼差しが印象的だ。さすがは外交の顔といった雰囲気がする。
思わずこちらも背筋を伸ばしてしまう。
「お出迎えご苦労だね、ルポートア」
「ポレリッサ殿も」
ポレリッサは大臣相手でもいつもの調子で、軽い挨拶だ。よく考えると、この男は国営企業のトップかも知れないが民間人。どういう立場なのか今更ながら気にかかる。
俺達はポレリッサと共に、王宮の衛兵に先導されて進む。
大臣以下、王宮を行き交う衛兵や役人達は、皆同じような制服を身に着けていた。多少の意匠の違いこそあれ、赤い生地に黒い縁取り装飾が施され、膝まで覆う程の丈がある。ボタンを使わずに紐で結ぶ衣装は、異国の城に来たという感じがする。
男性は黒いズボンで、女性は白いロング丈のスカート。どちらも素足に底の厚いサンダル履きだ。
「外国のお城って初めてです……!」
「すごいお城ですねー!」
「緊張するにょー。……お手洗いは何処かにょ」
チュウタとプラムがキョロキョロと物珍しそうにあたりを見回し、ヘムペローザは緊張でトイレに行きたいようだ。
「お褒めいただき光栄です。六百年の伝統を誇る王宮です。とはいえ、メタノシュタット王城には及びもしませんが。それと、今から貴賓室にお招き致します。お手洗いもそこにございますよ」
「聞いておったのかにょ!?」
「緊張なさらずとも大丈夫です。お客人は家族ともどもお招きし、歓迎するのが我が国の習わしにございます。先日など赤子がお泣きになりましたが、王様は実に元気で良い声だとお笑いになりましたよ」
まっすく前を見ていた大臣はゆっくりと振り返ると、にこやかに応えた。どこに耳がついているのかと思うほど囁き声に応えていた。
「おー……!」
「なんだか良い王様のようじゃのー」
プラムとヘムペローザは安堵した様子で顔を見合わせた。
「というわけでね、気楽にどうぞってコトね」
「う、うむ」
どうもポレリッサの軽さが気になるが、大臣までもそう言うのならそういうお国柄なのだろう。無論、無礼などはないように検索魔法を使い、風習や挨拶については予習しておく必要はありそうだ。
謁見の間に通じる通路は、正面入口から一直線に赤い絨毯が敷かれていた。
王宮内は至る所に香炉が吊り下げられ、甘く濃密でスパイシーな煙が漂っていた。どうやら、虫よけと魔除けを兼ねているらしい。
「南国。マリノセレーゼは初めてだわ。ルゥくんは?」
マニュフェルノがすんすんと香の匂いを何やら分析している。
「拙者は幼い頃に近くに住んでいたらしいのでござるが、あまり記憶にはないでござる」
「初耳。そうなんだ……」
マニュフェルノとルゥローニィが小声で言葉を交わす。
俺を先頭にして赤い絨毯の上を家族達は進む。服装は失礼のない程度の、小綺麗なものに着替えてから来たつもりだが、流石に王様との謁見となると不安になる。
ポレリッサに服を借りれないか聞いてみると、やはり「服装なんてラフで構いませんよ?」としれっとした調子で言う。そんな訳にもいかないだろう。
こちらは休暇のつもりでも、こうして王宮に招かれた以上は、親善大使としての役割と責任が生じるのだ。
そうこうしているうちに貴賓室へと通されて、給仕たちからお茶を振る舞われた。赤く香り高いお茶で、なかなか珍しいものだ。
とりあえず検索魔法で調べる前に、ポレリッサに王様のことを聞いてみた。
「ベレーンガイア・マリノセレーゼ国王陛下は聡明で寛大な御方です。強く、大らかで公平、国民から慕われて深く尊敬されております。それと、えぇと……時に素晴らしい閃きの持ち主でもございますね」
何やら言葉を選んでいるが「閃きで振り回されることも」と、四角い眼鏡が小声で耳打ちをした。
「閃き?」
「突飛、ともいいますね」
「何か無茶振りでもされるのか?」
「今日はそうならない事を祈りましょうかね」
樽のような身体をちょっと小さくしながらポレリッサは首を振る。その様子から何やら面倒な予感がする。
王様の準備が整うまで、今暫くこちらでお寛ぎくださいと外務大臣は去っていった。
「そうね、時間も少しあるようですし、ここで改めて自己紹介をしようじゃぁありませんか? どうでしょう、我が友ググレカス」
「あ、あぁ……そうだないいアイデアだ」
友と言う様子に、レントミアが「むー」という顔をしている。
「はいはい! じゃぁボクからね! ボクは魔法使いのレントミア。ググレとは一番古くから付き合いがあるよ、親友で、色んな意味で深くて長い付き合いをしてるんだ。真の友情を誓った仲で――」
「長いぞレントミア! あと、色んな意味ってなんだ!?」
「あっ、そこは秘密だったね」
頬を赤らめるハーフエルフ。
「紛らわしい言いまわしをするなよ……」
どうも妙な勘違いをされかねない。思わず顔が引きつるが、既にハーネリアとリヒラロッタが小さく跳ねて、何やら納得した様子で深く頷いている。
「まぁ賢者ググレカス。仲良しなのは皆さん知っておいでですわ」
賢者のマントの肩パットの上でクスクスと笑う妖精メティウス。
「これはこれは……! 六英雄最強の魔法使いレントミア様。知らぬはずがないですよ。ゴーレムバトルでもお目にかかりましたからね。改めて自己紹介頂き光栄です。……僕はマリノセレーゼ王国の『魔法博士』……とまぁ、つまるところ魔法使いのなり損ねですよ。その代わり『海竜職人集団』の技術最高顧問、魔法工術が専門で、ゴーレムや魔法道具の開発をしておりますよ。えぇ」
四角い眼鏡をクイクイッと上下に動かして、フヒヒと鼻で笑う。
「そういえば、魔法が使えたんだよな」
「えぇ。ちょっこと、ですけれどね。あ、ちなみに、この子らはウチで預かって特別に調整をしている、強化操術師たち、ハーネリアとリヒラロッタです」
「よろしくー!」
「お見知りおきを」
ポレリッサの弟子である二人の少女、ハーネリアとリヒラロッタは隣の部屋で操術着から、南国風の平服に着替えてきたようだ。
黒っぽい肌のハーネリアには柔らかい風合いの布地の白いワンピースが似合っている。
リヒラロッタはマリノセレーゼの学舎の制服なのか、赤地に黒いラインの入ったジャケットとプリーツスカート姿で。
「平服だと見違えるね、なかなか可愛らしい」
俺は素直に感想を述べた。
「賢者様が言うと自然に聞こえるね! 嬉しい」
「同じセリフをウチの師匠が言うと、かなり厭らしいけどね……」
「コラコラ君たち、僕もいつも褒めてるじゃないか」
二人に絡まれるポレリッサは満更でもない様子だ。
「賢者にょもデレデレするでないにょ!」
「女の子はウチにも沢山いるのですしー」
俺は俺でヘムペローザとプラムに絡まれる。弟子のヘムペローザとプラムが両側からツッコミを入れてくる。
「しゃ、社交辞令だよ……」
「お互い年頃の女の子には苦労していますねぇ」
「ハハハ……」
四角い黒縁メガネのポレリッサはレントミアに続き、ルゥローニィとも挨拶を交わす。
更にはチュウタとリオラ、プラムとヘムペローザにラーナ、おまけにスピアルノと四つ子にまで、実にマメに一人ずつ挨拶を交わしてゆく。その姿が意外だが、マリノセレーゼの風習なのか、ちいさな家族といえども、一個人として対応するようだ。
最後にポレリッサは、俺の側に居たマニュフェルノの前に来た。
「挨拶。うちのググレく……夫がいつもお世話になっております」
「おやや!? えーとググレカスくんの……奥様! いやぁ、実にお美しい! 六英雄のお一人、しかも賢者様の奥様とは……! 我が妻とも後で、改めてご挨拶をさせていただきたいものですね」
「……妻!? え!? け、結婚してたのか!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「あのね、そりゃ僕くらい知的でカッコ良くて、お金も名誉もあればモテるでしょう?」
四角いメガネのサイドに指を当てて、クイックイクイと高速で動かす。
「自分で言うなよ……」
「スタイルがいいと言わない事だけは評価するけどね」
ポレリッサと弟子である二人の少女は、呆れ顔だ。だが、微妙な信頼関係と言うか、安心している感じがするのは、四角いメガネが既婚であるという部分が大きかったようだ。
「あ、ちなみに僕の妻はね、王様の従妹でね、王族という身分を捨ててまで、僕に嫁いでくれたんだよねぇ」
「衝撃。恋愛結婚……!」
「え、えぇええ!?」
一体、ポレリッサとの間にどんな恋愛ドラマがあったのか気になるところだが、どうやら謁見が始まるようだ。
◇
<つづく>




