ポレリッサの人心掌握術
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「ポレリッサ、その……俺達はお忍びの観光旅行のつもりだったのだが」
「あのねぇミスターググレカス。立場を考えてくださいよぉ?」
口元に薄く笑みを浮かべ、馴れ馴れしい様子で樽のような身体と顔を寄せてくる。横に長い四角いフレームのメガネをかけた新しい友人こと、ポレリッサ・ヘパイストだ。
ゴーレムバトルトーナメントの頃は、「賢者様とやら」呼ばわりだったのに比べれば、随分とマシになったものだ。
「立場も何も、メタノシュタットの王政府から事前通告が有ったはずだろう? 久しぶりの休暇で、家族での旅行なんだよ」
「ノンノン! アナタは有名人、魔法界では知らぬ者のない存在なのですよ? そこらの旅芸人じゃあるまいし、マリノセレーゼとしても全力で歓迎しろと王様がね、仰せなのですよ」
「だ、だからって家族全員で、大通りを進むことはないだろう!?」
俺達は全員、用意された3機の『来客送迎仕様』のゴーレムの背中に分乗していた。しかもマリノセレーゼ一番の目抜通りをパレード状態で進んでいる。
マリノセレーゼご自慢の新鋭ゴーレム『タランティア・タイプセブン』の背中に設けられた、人員輸送用の「開放デッキ」。ここから見下ろすマリノセレーゼの街並みは、夕方という時刻とも相まって、大勢の人々でごった返していた。
日焼けした肌のマリノセレーゼ人に混じり、メタノシュタットや北方のルーデンスから来たと思われる白い肌の人々や、イスラヴィアの行商人、ストラリアの貴族など、様々な人々が俺を物珍しそうに眺めては歓声を上げている。
街を歩いている種族も人間だけではなく、ハーフエルフやドワーフ族、半獣人族もいる。その比率は、王都メタノシュタットならば1割程度だが、ここでは2割よりも高いぐらいだ。海路での交易により発展した都なので、異国との交流も盛んなのだろう。
先頭のゴーレムには俺とメティウス(といっても懐に隠れてしまったが)、それにポレリッサとその手下である少女二人組が乗っている。
後方のゴーレムには、レントミアとマニュフェルノ、プラムにヘムペローザ。それにチュウタとラーナが乗っている。三番目のゴーレムにはルゥローニィとスピアルノと可愛い四つ子達。リオラもそれに同乗している。
兎に角、俺達は全員でマリノセレーゼの王宮へと進んでいた。王様がどうしても俺たちに会いたいとおっしゃっているらしい。
「我らが王のご意向でして、僕も逆らえないんですよ」
小声で、さも困ったという顔をして見せる。
「王様はいい人なんだけど、ちょっとわがままだよねー」
ポレリッサの手下1号こと、ゴーレム操術師のハーネリアが小声で言う。
ヘムペローザのような褐色の肌に濃い茶色のショートヘア、瞳の色はグリーン。近くで見ると利発そうな顔立ちをしている。
上下が繋がった操術用の服装を身に付けている。歳や背格好はリオラと同じぐらいだろうか。身体のラインは全体的に凹凸感がない。
「今の王様への侮辱発言で、ハーネリアは縛り首だね!」
ポレリッサの手下2号こと、リヒラロッタがニヤリと笑う。
こちらはあまり表情を変えないが、実は口が悪く激情を秘めているタイプらしい。
白い肌にグレーの長い髪。赤銅色の瞳が印象的な異国人の娘さんは、人種と名前の雰囲気からしてストラリア諸侯国の出身だろう。
「やーん!? もう、ロッタの意地悪」
「心配しないでハーネリア。監督不行き届きで師匠も一緒に火炙りだし」
「あー、君らねぇ、お客様の前で不謹慎な冗談はおよしなさいね。……あとでお仕置きしちゃうからね?」
四角いメガネを光らせてポレリッサが注意する。
「お仕置きはやめて!」
「ごめんなさい!」
おてんば娘二人は、顔色を変えて同時に首を横に振った。
「素直で宜しい」
一体どれほど恐ろしい「お仕置き」をされているのだろうか? お尻を叩かれたり、ムチで打たれたり、スライムを背中に入れられたり……。いやいや、もしかしてここでは言えないような酷い目に……?
「お仕置きって……大丈夫なのかい?」
ちょっと心配になって思わず小声でハーネリアに尋ねてみると、息せき切ったように早口でまくし立てはじめた。
「聞いてくださいよ丸メガネの賢者様! 先日のお仕置きなんて酷かったんですよ! 『君たち二人の歯ブラシ、僕がどちらか一本を使っちゃたから』ってニタァって笑うんです! 嫌ぁあああ!? キモイ、怖いでしょう!?」
「あ、あぁ……? それは……嫌すぎるな」
思わず顔が引きつる。
「それだけじゃねーぞ! この前はあたしのお気に入りのシャツを着やがって! 伸びて着れなくなったじゃねーかこのデブ!」
物静かに見えるリヒラロッタが激情もあらわに、拳を握りしめて訴える。
「フン。何事も教育ですよミスターググレカス。僕の人心掌握術は基本、アメとムチですからね」
「アメみたいに歯ブラシ口に入れないでよ!」
「ムチムチのくせにアタシの服を着るな!」
「……ははは、まぁ家によって違いはあるよ」
ちなみにウチは悪いことをしたら、スライム風呂と決まっている。
ゴーレムの上はギャンギャンと騒がしいが、そうこうしているうちにマリノセレーゼを治める王様の住まう王宮へと辿りついた。
<つづく>




