マリノセレーゼの王都、ヴィトムニアへ
トンボのような空飛ぶ魔法装置――『魔女の針』は優雅に滑空していた。
空飛ぶ館『新・空亀号』前方300メルテを、上昇したり下降したりを繰り返している。例えるなら、気流と風に乗った『凧』ような動きをする。
彼女達は、マリノセレーゼの王都に向かう空の旅をエスコートしてくれるらしいが、見ていて墜落しないかハラハラする。
時速60キロメルテほどの速度で、およそ30分ほど飛行を続けているが、ここまで来れば王都ヴィトムニアまでは10キロメルテ程だろう。
それはそうと、海岸沿いに南下しながら飛んでいるうちに、かなり景色の雰囲気が変わってきていたことに気がついた。
白い砂浜は姿を消し、高さ10メルテを超えるような断崖絶壁が延々と続いている。
切り立った崖はティティヲ大陸の南端に達したことを意味し、大地と広大な『蒼の海』とを隔てている。
「凄い……! これが大陸の南端なんですね! 海も凄いけれど、大地にも終りがあるなんて……信じられません」
チュウタが庭先で身を乗り出すようにしながら、瞳を輝かせて、なかなかお目にかかれない絶景に目を奪われている。
「そうだよ、これが世界の『端っこ』の一つだろうな。こういう見聞は、世界が平和じゃないと出来ないからな」
「はいっ! ぐぅ兄さま」
「まぁ、なんだか楽しそうですわね!」
妖精メティウスがチュウタの様子を見て目を細める。
「チュウタは最近元気がなかったからな……。バカみたいに元気なエルゴノートの弟なんだから、男の子らしく元気で居てほしいよ」
チュウタは転んで擦りむいたり、船酔いをしたりと、先々でちょっとした災難に遭いやすいようだ。
そんな小さなことの積み重ねでも、人は自信を無くすことがある。
「あ、村だ……あそこにも!」
チュウタが赤毛を風に揺らしながら指差す。
「そろそろ王都近郊、というわけかな」
内陸までつづく平坦な大地は、相変わらず一面の緑に覆われている。上空を大型の昆虫類が飛び交い、それを狙う翼竜が翼を広げながら舞う。
深い森の濃密さは南国ならではだが、チュウタの言うとおり、よく見ると木々の間には立派な道が通っており、開拓された農地や家々が点在しはじめているようだ。
進むに連れて集落は村になり、町のようなものも見え始めた。
森の間を通る直線的な道には、通商のため行き交う人々や馬車が見えた。
時折、人々は地上に落ちる2つの影に気が付き、歩みを止めて空を見ては驚き、こちらを指差している。
「こんにちはデース!」
「いつもながらですけど、みんな驚くのですよねー」
「そりゃ、馬鹿でかいトンボに、空飛ぶ家じゃからにょ」
庭先で景色を楽しんでいるのはチュウタだけではない。ラーナにプラムにヘムペローザも、湿った湖風を感じながらはしゃいでいる。
『――賢者さま、私達は王都郊外の特設滑走路に降ります。その「空飛ぶお屋敷」も後から着陸して頂けますか?』
操術師の少女ハーネリアの声が、空中に浮かんだ戦術情報表示の小窓から聞こえてきた。
「あぁ別に構わないよ。こちらはどこでも自由自在に離着陸できるよ」
『――ですよねぇ! こっちはやっと最近になって飛べたばかりで、降りるのだって命がけなんですよ。賢者様のは陸海空の万能型なんですよね?』
「ま、まぁな!」
『新・空亀号』は、言われてみれば陸海空、全てに対応可能な万能型。着陸してからの移動も徒歩で自由自在だし、港に停泊することだって可能なのだ。
臨界状態で超駆動させた隔絶結界により、地面ごと空間を切り取って重力を遮断。ほとんど重さの消えた地面を、空気の噴流を生み出す樽で風船のように飛ばしているイメージだ。
対して、目の前をゆくトンボ型の魔法装置――『魔女の針』は、『流体制御魔法』の風による揚力と思われるので、原理が根本からして違う。
もちろん、それぞれに良い点、弱点があるだろう。
マリノセレーゼは外国だから実現は難しいかもしれないが、組み合わせればかなり面白いものが出来そうな気がするが……。
『――自信満々で、驚かせておやりなさい、とか言ってたんだけどねー』
『――ポレリッサ師匠に教えてやろうぜ、彼我の技術格差は縮まっていないみたいだよってね』
明るい声のハーネリアと、意地悪な声で笑うリヒラロッタ。
「はは、そんなことはないよ。俺はかなり驚いた。会うのが楽しみになってきたよ」
と、雑談を交わしているうちに視界が開けた。
断崖絶壁が切れ、『C』の字型をした巨大な湾が現れた。大陸がわに深く抉れたような湾に沿って、メタノシュタットとはまるで違う雰囲気の大きな街が広がっていた。そして、穏やかな湾内には無数の船が停泊している。
「賢者ググレカス、大きな港湾都市ですわ!」
「おぉ……! これが」
『――ようこそ、マリノセレーゼの王都、ヴィトムニアへ!』
<つづく>




