ウイッチ・ニードゥと二人の操術師
「賢者ググレカス、巨大トンボが追いかけてきますわ! 現在500メルテ後方です」
「うむ、警戒態勢を維持しつつ、魔法通信で呼びかけてみよう」
魔法の水晶球通信における音声通話は、基本的に1対1で行われ、閉鎖的条件下でのみ動作する。だが最近は『魔法通信国際通話規約』なるものが定められ、対応する魔法道具さえあれば、オープンな情報伝達が可能となった。たとえば街頭のあちこちに設置されはじめた『幻灯投影魔法具』が代表的な例だろう。
とりあえず幾つかの魔力波動に乗せて、音声通話を試みる。
「えー、もしもし。こちらメタノシュタット王国所属、魔法使いのググレカスです。怪しい者ではありません!」
「なんだか怪しい自己紹介ですわね」
「真面目にやっているんだがなぁ……」
二度ほど繰り返して呼びかけると、トンボ型の魔法道具が300メルテにまで接近したところで声が聞こえてきた。
『――(ザザッ!)こちら、マリノセレーゼ王国軍魔法工廠所属、魔女の針……!』
「通じた……! 『ウイッチ・ニードゥ』へ、こちらは現在、友好親善を目的とした移動の最中であり、マリノセレーゼ王政府の許可を得て飛行中なり!」
『――事前通告は受けている。貴君らを歓迎する……! 賢者ググレカス』
「まぁ? よかった、ご存知のようですわね!」
「あぁ、とりあえずは安心だ」
ほっとしたところで、巨大なトンボ型の魔法飛行道具が追いつきいた。
空飛ぶ館『新・空亀号』のおよそ30メルテほど右横に、スーッと滑るように並び飛翔する。
大きな半透明の翅を、上下に角度を変えながら、高度と速度を調整しているようだ。
「わぁ! こりゃぁすごいね! 風に乗って飛んでいる感じがする……!」
「大きなトンボさんですねー!?」
レントミアやプラムが感嘆の声を上げ、その姿を眺める。
館の面々も、窓から顔を出し、その見慣れない飛行物体を見ては驚きの声を上げている。
「マリノセレーゼの飛行できる魔法道具か、凄いな!」
公にされていない最新鋭の秘密兵器だろうか。だとすれば、俺達の目の前に晒したのは、自信の表れか、あるいは……。
索敵結界の指向性を絞り、詳しく探知すると、翅や胴体部分、全てに姿勢を制御しながら推進力を生むような『流体制御魔法』を施してある。
両側の翅を広げた幅は、やはり20メルテに達するだろう。
薄く半透明の翅は、よく見ると繋ぎ合わされて造られているようだ。巨大昆虫から採集した素材を組み合わせているのか、生物的な特徴を持つ翅を四枚備えている。機体の胴体中央、ちょうど背中から上に向けて伸びた支柱から、何本もの極細のワイヤーで四枚の翅を支えている。
風を受けて進む帆船、例えるなら『滑空機』に思える。
トンボの胴体部分の見た目は「本物のトンボ」によく似せて造られていた。緑色と青で上下に二色に塗り分けられた機体の全長はおよそ10メルテ。木か何かの骨組みの上に、薄い布か革が貼られている。
胴体は空洞らしく、尻尾の部分は魚の「尾ひれ」に似ている。バランスを取るためと、舵の役目があるようだ。
機体の横には、海竜をモチーフにした意匠が施されているのが目視できた。マリノセレーゼ最大の魔法工術師集団、『海竜職人集団』によるものらしい。
「ググレは、こんなものがあるなんて知ってた?」
「いや。俺も他国の情報を入手できる立場にはないのでな……」
検索魔法による諜報活動を行っていなかった、というべきか。
「ふぅん? それにしても僕達の空の飛び方とはぜんぜん違うね」
「発想が違うんだ、すごく面白いな」
レントミアも、滑るように飛ぶ他国の魔法道具に興味津々といった様子だ。
「でも重量物を積める構造じゃないよねぇ?」
「人間が二人、魔法使いだろう。人間二人ぶんの重量で風に乗り飛んでいるようだが……」
索敵結界で捉えた反応によると、確かに二名の乗員が確認出来た。
『魔女の針』と名乗った機体の先端、トンボの「頭部」は、風防で覆われていた。薄いガラス、あるいは生物的な素材を組み合わせた半球型の覆いが左右にあり、複眼に見える。操縦している人間は風防の左右に並んで、それぞれ座っているようだ。
『――お久しぶりです賢者さま! 私のことわかります? 去年のゴーレムバトルで……』
『――忘れたとは言わせねーぞ!』
魔法通信を通じて聞こえてきたのは、明るい声と、含み笑いを押し殺したような、聞き覚えのある少女たちの声だった。
「あぁ!? 確か……ハーネリアとリヒラロッタ……!?」
『――そうですよー! きゃはは、うれしいなー』
『――マリノセレーゼにようこそ、賢者様』
彼女たちの事は、昨年のメタノシュタット大文化祭、「ゴーレムバトルトーナメント」で見知っている。マリノセレーゼの代表として『タランティア・タイプセブン』を自在に操った、特別な「操術師」の少女達だからだ。
「なるほど……そういうことか。元気そうで何よりだね、ということは、その『魔女の針』は、ポレリッサ師の作品というわけかな?」
『――そうでーす! 王都で待ってるから連れてこいって言われまして』
一人は褐色の肌に濃い茶髪が特徴の元気少女で、名はハーネリア。
『――ったく! 人使いが荒いんだからよ。エスコートしますよ、賢者様!』
もう一人は白い肌に赤銅色の瞳、明るいグレーの髪。ツンとした表情が印象的な美少女、リヒラロッタだ。
「賢者ググレカス、彼女たちが王都までエスコートしてくださるのですね?」
「お忍び旅行じゃなくなったね」
くすくすと笑うレントミア。
「やれやれ、ゴーレムオタクの四角い眼鏡に会わなきゃならんとはな」
俺は優雅に飛ぶ魔法道具を眺めながら、小さくため息をついた。
<つづく>




