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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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★テイルズ・オブ、ウィッキ・ミルン

「おまえはモテモテなんだから、とっとと新しい彼女を選べばいいだろうがッ!」


 俺は酔っ払いの勇者をひき剥がして、待ち構えていた女たちの方へと押し出した。

 エルゴノートがおっとと、という具合に見た目麗しい美女達の前でよろけると、ライオンの檻に生肉が投げ込まれたかのような勢いで、彼女達は一斉に群がった。


「勇者様! 私はエルスリンの第三皇女で――」

「わたくしは勇者様に救っていただいた青竜の使いの巫女――」

「オレはガドルリアの騎士で勇者様と共に戦ったのだが、実は女――」


「ハハハ!? き、君たちっ……オレは今賢者と話を……、アッハハ!?」


 それぞれの武器? を振りかざし、勇者とお近づきになろうと次々と押し寄せる。エルゴノートは引きつった笑みを浮かべつつも女性達に囲まれて嬉しそう(?)だ。


「まったく、大層な人気者……だ……!?」


 凄まじい殺気と激しい嫉妬の視線が、エルゴノートの「左右」から叩きつけられた。ピキイッ! と空間がひび割れたかのような感覚に、俺は思わず身を硬くする。

 魔力放射なら俺の結界が数枚吹き飛ばされていたんじゃないかと思う程の威力だった。


 俺は冷や汗が流れたまま、ギギギと油の切れた機械のような動きで左側に首を動かす……と、赤いドレス姿でおめかしをしたファリアが半眼でエルゴノートを睨んでいた。

 その鋭い視線に、俺は思わずゴクリと溜飲する。

 傍らのルゥも、ファリアの視線に気が付いたらしく、肉を半分口に入れたまま固まっている。


挿絵(By みてみん)


 「わたしはアイツとは単なる幼なじみで……く、腐れ縁のよーなものだ!」と口ではいつも言っているファリアだが、自然にエスコートしてくれたり、大柄で筋肉質なファリアをからかう事もせず素直に綺麗だ、なんて口に出来る男はエルゴノートぐらいのものだろう。

 特別な気持ちを抱いていても不思議じゃない。


 俺と仲良く友人として話をしてくれるとはいっても、俺とエルゴノートではあまりにも対極すぎて、ファリアにとっては新鮮に映るのだろうが、恋の相手にはなりようもない。

 ファリアの気持ちは結局のところ、あの勇者エルゴノートに向いているのだろう。


 次に、俺は反対方向へ首を動かす。

 凍りつくような感覚の原因はすぐ判明した。メタノシュタット第一王女、コーティルト・スヌーヴェル姫の視線だった。

 エルゴノートをじっと、未練というか嫉妬というか、また違う目の色で睨みつけている。……こ、怖い。


 謁見した誰もがその気品と美しさに息を飲むという、青く澄んだ碧眼に長く美しい金髪の立てロール。ふわりと裾が大きく広がったドレスは、金糸銀糸がふんだんに使われて、豪華でありながら主張しすぎる事もなく、姫の美しさを引き立てている。

 少女ならば誰も一度は夢見るような「お姫様スタイル」は大国の姫ならではのファッションだ。

 プラムやリオラが見たらさぞかし目を輝かせて喜ぶだろうな……。


 だが、今の姫の顔つきを見たらそんな夢は一撃で吹き飛ぶに違いない。

 眉目秀麗、才知に優れ、玲瓏(れいろう)な佇まい。……というスヌーヴェル姫の世間一般の評価はともかくとして、俺の姫に対する印象はあまりよろしくない。


 かつて拉致されて塔に閉じ込められていた姫を無事救出した俺達だったが、姫はイケメン勇者のエルゴノートにベッタリする以外、俺なんかは完全無視。「居ないもの」ぐらいの扱いでそばにも寄るなと言わんばかりの横暴さだった。

 結局エルゴノートは、姫の押しの強さに負けて「お付き合いをしている」という事らしかったが、本当のところはどうだったのだろう。

 エルゴノートは惚れていたのだろうか? 姫は単なる勇者と言うブランドに惹かれていただけではなかったのか?


 世界が平和になっても、エルゴノートは一人、自由気まま冒険の旅を続けていたようだが、結局「ブランド好き」の姫にとって、遠距離恋愛や帰りを待つ女、なんてのは性が合わなかったのだろう。

 だが、今もエルゴに注ぐ、あの嫉妬に狂ったような目線はどうだろうか?

 ま、俺には男と女と言うのはよくわからない。こればかりは検索魔法(グゴール)でいくら探っても答えの見つからない、永遠の謎だ。


 しかし気が付けばファリアはかなりの人気者のようだ。

 次々と立派な紳士や騎士達の団長クラスと思われる威厳ある紳士が、礼儀正しく挨拶を交わし、談笑してゆく。

 それはファリアが実はルーデンスの王族だから、とかそういうコトではなく、純粋に人物としての魅力によるものなのだろう。


 剣士ルゥローニィだって勇者エルゴノートに負けす劣らず女の子達に囲まれている。

 ネコ耳剣士は元々俺達の間でも一番口が立つ男だし、美しい女性を前にしても緊張した様子もなくぺらぺらっと軽口を叩けるのは流石だ。

 曰く、どんな時にも平常心を保つ修行の一種らしいのだが、とんだ剣術もあったものだ。

 軽口で女性を笑わせつつ、それでいて礼儀正しい口調を崩さないのがウケている秘密らしいな。勉強にはなるが……俺にはとても無理そうだ。


「拙者、皆様のような美しい女性を前にすると、野生に戻ってしまうかもしれないでござるよ? いつもは魚ばかりでござるが、今宵は……肉を食べてみる……にゃ!」

「きゃぁ、かわぁいいい!」「お耳、さわってもよろしくて?」


 おい、語尾が変わってるぞ……。

 あまり近づくとルゥの病気が発症するのだが、むしろこの雰囲気ならば、ネコさんの粗相(そそう)として笑って済まされそうだ。

 静まり返った戦勝式典の最中ならいざしらず、既に酔った貴族や王族が結構なバカ騒ぎを始めているわけだしな。俺もレントミアも、ルゥの腰ふりを抑えるなんて下らないことに魔力は使いたくない。


 こうして見ていると、エルゴノートにファリア、そしてルゥローニィ。英雄の中でも「人気者」はやはり引っ張りだこのようだ。次々と話しかけてくる貴婦人や紳士相手に挨拶をし、適当な会話を交わす。

 そしてダンスの誘いを受けたり断ったり。休む暇も無いだろうが、それも「前衛」の仕事だと思ってがんばってもらうしかない。


 俺も社交の作法は練習したのだが、あまり活用する場面はなさそうだ。誤解のないように言っておくが、俺のところにも人は来てくれた。

 分厚い本を小脇に抱えたビン底メガネの学者風の貴族だったが、「太古の原初呪文の研究について」とか、「失われた時代の秘匿暗号の解読法の研究」について是非賢者さまの意見を伺いたい、賢者の館を訪問してよろしいか? という相談だった。

 流石の俺もチンプンカンプンだが、検索魔法(グゴール)で調べればすぐなので、構わないと応えると、物凄く感謝されたことは俺の心温まるエピソードだ。トホホ。


 エルゴの隣に座っていたマニュフェルノは、まったく言葉を発さないままカチコチに固まっていた。それが控えめで清楚でつつましく見えるのか、貴族のご子息、どちらかといえば大人しくて賢そうな紳士達が次々とダンスの予約を取り付けようと必死に話しかけている。

 曖昧に笑って誤魔化している様子だが、そのまま言葉少なに微笑んでいればいいと思う。

 間違っても「貴族。貴族と言えば館モノ。主人と従者……ハァハァ」とか言い出すんじゃないぞ……。


 俺の視線に気がついたのか、マニュがぎこちない様子で俺に何かを訴える。

 もう限界……? 何?

 ぱくぱくっと口を動かして……トイレ?

 俺は、リオラといいマニュといい連れション相手(パートナー)にもってこいのようだ。


「レントミア、すこし席を外……キッ!」

 

 レントミアに厭らしい笑みを浮かべて言い寄ってきた中年の貴族を、俺は睨みつけた。

 『賢者に睨まれるとヤバイ』『指を指されると不幸になる』レベルの噂が広まりつつある王宮では、俺の睨みは相当効果があるようだ。

 紳士はビクッと慌てたように目を逸らすと、そそくさと去っていった。


「あ、ありがとググレ、男の人がボクを誘うんだけど、王宮って怖いところだね……」


 きゅっと俺の袖を掴んで、傍にいてよと目で訴えるハーフエルフ。


 その上目遣いは反則だからやめい。

 確かにレントミアぐらい可愛いと特殊な趣味の方々が寄ってくるだろうが、爆裂魔法で貴族を吹き飛ばさないか、そっちのほうが心配なだけなんだが……。


 小さく肩をすくめて笑うレントミアだったが、慣れない空間で相当疲れているようだ。

「そうだレントミア、連れションに、い か な い か?」

 身振りで伝えて親指で背後を指す。

「あ! ボクもいく、マニュも? じゃ三人でいこうよ」

「脱出。バックレちゃいます」


 それはマニュの住んでいた地方の方言か? 俺達「後衛組」は顔を見合わせて小さくうなづくと、目立たぬように席を立った。

 会場では楽団による優美で楽しい旋律の曲が奏でられ、徐々に社交ダンスパーティの様相を呈していた。


 王が無礼講を宣言したのをいいことに、パーティ会場である広間には、一層大きな笑い声と歌声がひびくようになった。

 場が混乱してきたところで、俺はレントミアとマニュフェルノを伴って、使用人やメイドが出入りする、柱の影にあった小さな扉をあけて、会場そっと抜け出した。


 ◇


 薄暗く狭い廊下を抜けてトイレに向かう。

 検索魔法(グゴール)地図検索(マッパ)に映った王城の見取り図では、この先がトイレになっている。

 途中何人かのメイドさん達とすれ違うが、本来は居るはずの無い客人に驚き、恐縮して縮こまる。俺は「すまないな、ちょっと通らせてもらうよ」と穏やかな声で告げながら通り過ぎた。


「ねぇ、ググレ、あのお姫様すっごい目でエルゴを睨んでたよね」

「嫉妬。あれは女の恐ろしい情念の篭った熱視線、……魔眼レベル」


 スヌーヴェル姫の目線に二人とも気がついていたか。魔法を使える二人なら相当な魔力波動として感じたはずだものな。


「たしかに怖かったな。ファリアもエルゴノートがちやほやされて不機嫌そうに睨んでいたけど、ま、それはいつもの事か」

「馬鹿。ググレくんは女心をわかってない」

「……? そうか?」


 俺は首を傾げる。ていうかマニュが女心を語るのか? はは。


「相談。ファリアは、エルゴ君に、にググレくんがダンスに誘ってくれないと悩みを相談していた」

「――! そう……なのか?」

 俺は息が止まるかと思った。そんな事はぜんぜん思いもしなかったからだ。


「首肯。ググレくんは黙って座って食べてばかり。ファリアさんは、エルゴに頼んでググレくんを引っ張り出してもらう算段だった。けれど酔ってしまってそれきり……」

「そうだったのか……」


 エルゴノートが俺のところに絡んできたのは、フラれたグチを言いに来ただけかと思っていたけれど……。ファリアをダンスに誘えと言いに来ていたのか。

 ううむ。

 よし、勇気を出してファリアを誘ってみるか。けれど……背の小さい俺なんかと踊ってくれるのだろうか? 自信が……ないな。

 暗い廊下の突き当たりで俺は立ち止った。


「勇気。わたしも……がんばって踊るから、ググレくんもファリアさんを誘ってみて」

 マニュフェルノが小さく手でファイトのポーズをして、俺を応援する。


「あぁ……わかったよ。けれど最初にマニュと踊らせてくれ。その……、この前一緒に練習したしマニュとなら踊れる気がするんだ」

「拒否。ググレくんがわたしを練習台にする気なら、おことわり」

 つん、とマニュはメガネの横を指で直しながらそっぽを向いて拗ねてしまった。いつものお下げ髪とは違う綺麗な髪がさわっと肩口で揺れる。


 なんで拗ねるのだ? ……あ、そうか。

 何処までも俺はバカな奴だ。だから……モテないんだろうな。

 あぁ、もう! かっこ悪いついでだ。


「すまないマニュ、前言を撤回する。リテイクだ。――俺は、マニュと最初に踊りたいんだ」

「わ……、ググレ、かっこいいこともいえるんだね」


 きゃっとレントミアが茶化す。


「減点。でも……ググレくんにしてはよくできました。こちらこそ、後でいっしょに踊ってね」


 マニュはがほわっと微笑んで、そのままトイレのほうへ駆け出した。


 マニュは妄想過多の同人作家だが、恋愛に関しては性別の違いはあれど、いつも深く考察しているのだ。だから心の機微(きび)がわかるのだろう。


 ――マニュのくせに、なんて思って悪かったな。

 

 とりあえず俺も気合を入れて社交界デビューしてみるか。ファリアも誘ってうちとけて、メンバー同士もっと仲良くなりたいしな。

 

 ◇

 

「それにしても、あの怖い第一王女、スヌーヴェル姫って、『第一』ってことは妹や弟が居るのかな?」

 トイレで用を足しながらレントミアがふとつぶやいた。


「以前は確かに居たようだ。俺もパーティ会場で王の退屈な挨拶を聞いている最中に、いろいろ王家について検索魔法(グゴール)で調べたんだ。だが……記録が途中で無くなるんだ」

「どゆこと?」

 レントミアのエルフ耳がぴこ、と動く。


「五年ほど前を境に第二王女、コーティルト・メティウス姫は王家の記録から消えるんだ」

「第二……つまり妹さん? それが……消えた?」

「あぁ、魔王が世界に現れた時と同じ時期に死んでしまったのか、以後、記録できない何かがあったのか……」


 トイレから出た俺は、マニュを待つ間、検索魔法(グゴール)を可視モードで展開してレントミアに資料をいくつか見せた。


「ほんとだ。以前は居たんだね。メティウス姫か……あれ? 何これ?」


 レントミアが一節を覗き込んで目を瞬かせる。俺も覗き込む。と――、


『聞こえてくる賑やかな音楽に笑い声。美味しいお料理は私も食べたけれど、一人じゃやっぱり寂しいな。舞踏会では賢者さまも踊るのかしら?』


 それはあの散文めいた詩の書き込みだった。

 同じ王家の資料を調べたのはつい半刻ほど前だ。つまり、わずか時間の間に「本」に直接書き込まれた事になる。


 ――きた!

 

「捕らえたぞレントミア! これが……ウィッキ・ミルンの尻尾だ」

「え? な、何?」

 事情を知るのは俺だけだ。実はレントミアにさえ知らせていない。だが、この謎の預言者の正体を、そして居場所を知る手がかりを遂に見つけたのだ。

 俺は、「すぐに戻る! 宴会場でまっていてくれ」と言い残し、駆け出した。

 何処に行くのさ!? と背後でレントミアの声が聞こえたが、俺は「図書館――」とだけ言い残し全速力で走りながら、図書館への道筋を眼前に浮かび上がらせた。


<つづく>


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