遭遇、マリノセレーゼの空で
――前方6キロメルテに空中移動物体を検知、北北西に移動中。
索敵結界が、前方を飛ぶ何かを捕捉した。
戦術情報表示には、注意を促す黄色い光点と、『識別不能物体』の文字が浮かんでいる。
「北北西に進んでいるようだ。俺たちは今、海岸線に沿って南下しているのだから、このままでは進路が交差するな」
「空を飛ぶ魔物でしょうか?」
妖精メティウスが不安げな横顔をしている。
「空飛ぶ異種生物といえば、翼竜か半昆虫人あたりだろうか」
「でも、異国の公爵様やお仲間も、変身して空を飛びますわ」
「あぁ、そうだった。嫌なことを思い出した」
だが幸いにも、検知された魔力波動パターンは、オートマテリア・ノルアード公爵が変身したドラゴンでも、大魔導師ザッハ・リードバーンの化けた偽レギュオスカルとも違うようだ。
空を飛ぶ賢者の館との相対距離は、5キロメルテにまで縮まっていた。
「賢者ググレカス目標さらに接近中、進路変わらず……!」
「仕方ない、高度を下げよう。水面ギリギリへ降下し、やり過ごそう」
「了解ですわ」
万が一空中での危険があるのなら、海が近ければ『海亀号』にモードチェンジして着水し浮かべばいいし、陸が近いなら『新・陸亀号』の二足歩行モードで歩けばいい。
飛行高度を海面上空50メルテから、10メルテにまで下げる。穏やかなエメラルドグリーンの海は透明度が高く、とても美しい。
湿った潮風の香りがより濃厚になる。
高度を下げたことで、異変に気がついた家族達が窓から顔を見せた。レントミアは魔法の力で接近する物体を感じ取ったのか、庭先に出てきた。
「ググレ、何か前方から近づいてきたみたいだね?」
「あぁ、正体が不明だからな」
「ふぅん? 飛び方がちょっと人工的だね」
レントミアの言うとおり、翼竜なら不規則に飛ぶが、この物体はほぼ直線移動だ。
「……なるほど。警戒レベルを上げる。対空戦闘の準備をする」
ガレージで眠っていたワイン樽ゴーレム一個小隊に命じると、4個の樽がゴロゴロと転がり出てきた。
いざとなれば、このまま「空飛ぶワイン樽ゴーレム」として飛び上がり、空中戦が可能となる。
――警告、『識別不能物体』、前方3キロメルテに接近。相対速度80!
「くるぞ……!」
やがて、1キロメルテにまで近づいたところで、前方からキラッと鋭く光を反射する物体が視えた。
一番最初に目視できたのは五感の鋭いルゥローニィだった。
「大きなトンボでござる!? 見たこともないほど、大きいでござるよ!」
「なにぃ……!?」
「賢者ググレカス! 前方700メルテ! 形状判明……四枚の翅に細長い胴体、これは『トンボ』ですわ!」
俺の索敵結界による魔力波動の反射情報を、妖精メティウスが分析する。だが、形状はさておき、サイズが大きすぎる。
「両方の翅を合わせた幅が20メルテ近くあるぞ……!」
胴体の太さは1メルテ、長さも8メルテほどもある。
「随分大きなトンボでござるね!?」
館の面々も口々に「トンボですねー!」「大きすぎだにょ!?」「羽虫。透明な翅が綺麗……」「普通に怖いですよ!?」と感想を述べ合う。
「半昆虫人でも本物の昆虫でもない、これは……人工の物体だ!」
「空飛ぶ魔法道具……!」
「ゴーレムとも違うな」
ほとんど音もなく、風切り音も聞こえない。四枚の半透明な翅に、緑色と青のツートンカラーに塗り分けられた細長い胴体、そして特徴的で大きな複眼を持つ頭部。
人工物だとわかるのは、腹の下についている脚部が機械的な仕掛けと車輪がついた「着陸装置」になっていたからだ。
つまり、滑走するための直線路から飛び上がり、着陸する仕掛けだという事だ。
それ以外は限りなく本物のトンボに「似せて」造られている。
外側に推進機関らしいものは見当たらない。微かに『流体制御魔法』の気配がした。
巨大なトンボは、スーッと空中を滑るように飛び、館から200メルテほど離れた位置を通り過ぎた。
「俺たち以外の、空中を飛ぶ魔法道具か……!」
「ここはマリノセレーゼの領海に領土だよね」
「あぁ! それを考えると、あんな魔法道具を作れる組織は、そうそう無いだろ」
――『海竜職人集団』か。
「賢者ググレカス! 巨大トンボが後方1キロメルテで大きくターン、追いかけてきますわ!?」
「見たところ攻撃的なものでは無さそうだが……。歓迎されているのかな?」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
マリノセレーゼの空飛ぶ魔法道具が登場……!
なのですが、明日はお休みを頂きます。
休載:12月11日(日)
再開:12月12日(月)
また読みに来て頂けたら嬉しいです♪
ではっ!




