海賊賢者王ググレカスの夢は儚く
◇
青空の彼方で輝く太陽を右側に仰ぎながら、海岸線に沿って南へと進んでゆく。
港町レーシアに別れを告げて約一刻、海の上を進む『海亀号』による船旅は順調に続いていた。
館の庭先に立ち、潮風を受けながら操縦する今の俺は船長気分。服装も暑い南国の風を全身で感じるよう、半袖の柄シャツと半ズボンにサンダルへと履き替えた。
「航海は順調、なかなか海の揺れもいいものだな!」
フフンと笑いながら腕組みをし、館の庭先で海を眺めていると、自分がまるで屈強な海賊にでもなった気がする。
人呼んで海賊賢者王ググレカス。おおぅ? なんだか賢くも強そうだ。最強海賊賢者王伝説ここに始まる……というのも悪くない。
まぁ、実際に海賊が居たら、取り締まる側なのだが……。
「賢者ググレカス。お楽しみのところ申し訳ございませんが……」
「おぉ? どうしたメティ」
館の開け放たれた窓から、妖精がヒラヒラと飛んできて目の前で空中静止した。水色のビキニ姿の妖精に、ちょっと目のやり場に困る。小さくても体つきは立派に育ったレディなのだから。
「館の揺れで、マニュフェルノさまとチュウタさまが、少し船酔い気味ですの……」
「な、なにぃ!?」
「空を飛ばれたほうが宜しいと思いますわ」
余裕の澄まし顔で髪をふわりとさせるメティ。
「そ、そうだな」
俺の最強海賊賢者王伝説はうたたかの夢だったようだ。
視線を大海原へと向ける。
目の前には「碧の海」と人々が呼ぶ、この世界唯一の大海が広がっている。
海は世界の半分を覆っていて、東に進み続ければ小さいながらも精強な軍隊を持つアメリア島公国があり、海峡を挟んだ更に先にはストラリア諸侯国が存在する。海を渡りきると、ティティヲ大陸の西の果てに辿り着く。
つまり世界は、丸められた筒のように連なっている。
ストラリアに行きたければ西のイスラヴィアの砂漠を越える道を進むか、この蒼の海を越えて東へ東へと進めばいい。
「賢者ググレカス、港町レーシアの管轄航路を離れますわ」
「よし……丁度いい。では船乗りの時間はおしまいだ。前方の海上は……」
「クリア! 障害物はありませんわ」
「よし、浮上! 飛行モードへ移行する」
魔法の術式を幾つか励起。そして上昇用の推進力を生み出す、量産型『樽』達を飛行モードへと変えて、館の縁へと並べてゆく。
これで海の上を進む『海亀号』から、空飛ぶ館『新・空亀号』へとモードチェンジの準備は完了だ。
総勢十機の量産型『樽』達が、一斉に空気の噴流を海面へと叩きつけると、ふわりと館が空へと浮いた。
海面に同心円状の白波を起こしながら、館は空へと舞い上がってゆく。
「目的地、マリノセレーゼの王都ヴィトムニアまで、85キロメルテですわね」
妖精メティウスが戦術情報表示に浮かび上がらせた海図や、陸地の地図とも照合をし位置関係を確認する。
改良型索敵結界による海上、対空探知もすべて問題なし。
「のんびり飛んでも2時間とちょっとかな」
夕方の前には王都へ着くだろう。本格観光は明日からになるだろうが……現地の王様や関係者に挨拶をせねばならないだろうか。
「お家が飛んだのデース」
「ググレ、船旅はもう飽きちゃったの?」
ラーナとレントミアが、窓から顔を覗かせる。
「夢は儚いものさ。マニュフェルノとチュウタを頼むよ。景色でも眺めれば気分も良くなるだろう」
「わかったのデース」
右手を見れば三百メルテほど離れたところに、綺麗な海岸線が見える。
大海からの波が打ち寄せる白いサンゴの砂浜に、ココミノヤシの森。可愛らしい茅葺き屋根の集落がぽつぽつと建ち並び、南国旅情を感じさせる。
そして、1時間ほど南へと向け飛行を続けた時のことだった。
――前方、6キロメルテ。空中移動物体を検知。
索敵結界が何かの影を捉えた。
「メティ、何か前方を飛んでいるようだな」
「何かしら……? 魔力パターン照合には、ちょっと距離が遠すぎますわ」
このあたりでもよく見かける翼竜だろうか。だが、少し移動速度が速い気もするが……?
<つづく>




