賢者のグルメと、遠い記憶
★作者よりのおしらせ。
少し感想返信遅れます。
◇
「いやぁ、食った食った……」
「拙者、もうカニは見たくないでござる」
「美味。でしたけど、量が多すぎ。食べ放題ってレベルを越えてます」
「カニさんはもういいデース」
ルゥローニィとマニュフェルノ、そしてラーナは、かなり満足した様子で、宴の会場を振り返った。
今も蟹の宴は続いているが、いくら美味しくても食べる量には限界がある。モリモリと美味い蟹肉を皆で食べたが、流石に飽きた。
港町レーシアで長年漁師をしているという男たちでさえ、初めて見るサイズだという。そんな「巨大カニ」ではあったが、噂を聞きつけてやってきた町の人々や、大食漢の船乗りたちの胃袋に、綺麗サッパリと収まる事になりそうだ。
俺達はそろそろ出発すると言い、港湾管理局のホワントさんや世話になった船長たちに別れを告げて会場を後にした。
そんなこんなで、屋台を眺めながら、腹ごなしの散歩中というわけだ。
海の見える埠頭には船乗りたちを相手に商売をしている屋台が幾つも出店している。食べ物屋さんに衣料品、日用雑貨。それに異国情緒溢れる小物などを売る店が多い。
「本気でもうダメ。お腹いっぱいです」
リオラもたらふく食べたようだ。お腹を気にしている様子が女の子らしい。
「メタノシュタットでは食べられるもんじゃないし、よかったじゃないか」
「でも、太っちゃいます……」
「リオラ、俺はすこし肉付きのいいほうが好きだぞ?」
囁くように言ってやると、リオラが顔を赤くした。
「ぐぅ兄ぃさんは女子の味方なのか敵なのか……迷います」
「あはは……」
俺はみんなと雑談をしながら歩いているが、ナベを一つ抱えている。ナベの中には切り分けてもらったカニの肉が入っている。
これは館で待っているスピアルノと、ルゥローニィの子どもたちへのお土産だ。
スピアルノなら得意のスパイスで臭みを消して、いい具合の煮込みにしてくれそうだし、イスラヴィア風の味付けならチュウタも食べられるだろう。
「手がなんだかカニ臭いですしー……」
「プラムにょは、手掴みでガツガツ食べるからにょ!」
「だって、船員さんたちと奪い合いでしたしー」
「争わんでも食べられたにょ」
プラムは船乗りたちに交じり豪快に手掴みでカニ肉を頬張っていたが、ヘムペローザは用意されたテーブルに座り、静かに座って食べていた。
フルーツの屋台で腹を満たしていたのはレントミアとチュウタで、ヘムペローザも最初はそちらに加わっていた。けれど、やはり途中でカニも食べたくなったらしく、マニュフェルノとプラムと合流。マニュフェルノが持参した皿に載せたカニ肉を取り分け、ナイフとフォークで慎重に分解しては、口に運んでいた。
「しかし、ググレ殿には驚いたでござるね」
「騒然。会場がざわめいたし」
ルゥとマニュフェルノは俺を尊敬と困惑、なんとも言えない表情で眺めては、フルフルっと首を振る。
「ばっ!? あれは美味いんだよ! なぁ、プラム」
「ググレさまー、私もあれは食べないですしー」
困惑気味に首を横に振るプラム。
「そ、そうか……」
「プラムにょ! あの光景を思い出させるでないにょ! 内蔵を喰う賢者にょ……考えただけで『りばぁす』しそうになるにょ!」
プラムが口元をヒクつかせながら笑みを浮かべ、ヘムペローザに至っては顔色を変えて口を押さえる。
「おいおい!? あれはカニミソだよ! 最高に美味しいじゃないか!? 肉よりも風味があって、とっても濃厚で……!」
「やめんか賢者にょのアホー!」
ぽかぽかとヘムペローザが殴りかかってきた。
「いてて、そんなに嫌か!?」
「ゲテモノ喰いだにょ!」
「内蔵。人間が食べていいものじゃないと思うの」
「ぐぅ兄ぃさん……何の躊躇いもなく、スプーンで食べてましたよね……」
ひゃぁあ!? とマニュフェルノとリオラまでもが悲鳴を上げる。
俺は皆が巨大カニの肉に殺到するスキに、一番美味しいカニミソを食べた。
その途端、会場から悲鳴と、「えっ!?」「食べた!?」という驚きの声があがったのだ。どうやら、カニミソを食べる風習はないらしい。
「だって、誰も食べてないしラッキーって思ってな。……食べないのか?」
その場に居た全員が首を横に振る。
「船長。あの海の男達でさえ、必死に止めてましたけど」
「うぅ……美味しいのに」
確かに、船長や漁師さん達が「賢者のダンナ!? おやめなせぇ!」「それは海の悪魔に捧げるシ
チューって、漁師仲間じゃ手を付けねぇ部分でさぁ!」と、必死に止めにかかっていた。
どうやらカニミソは誰も食べない部分らしかった。
しかし――何故に俺は躊躇いもなく「カニミソ」を食べたのだろう?
確か「ニホン」という国で暮らしていた頃の、名残なのかもしれない。
湯気の立つ鍋を囲む、楽しげで温かな食卓の光景が視えた気がした。その「美味いもの」を身体が覚えていたのかもしれない。
だが、それが何だったのか、もうわからなかった。
すべて遠い記憶の向こうに霞んでしまっている。
俺は、気がつくと手に持っていた鍋をぎゅっと抱きしめていた。
「ぐぅ兄ぃさん、お腹でも痛いんですか?」
「あ、いや違うんだ」
「元気。かえりましょ、スピアルノや子どもたちが待ってるわ」
「あ、あぁ……! そうだな」
俺は温かなマニュフェルノの手に背中を押され、館へと向かって歩き出した。
<つづく>




