★ドロップアイテムと、海の幸グルメ
◇
太陽は高く昇り、空は青く、風は順風――。
穏やかな海を取り戻したレーシアの港から、一隻また一隻と船が出港してゆく。
埠頭では、船乗りたちが出港の準備に大わらわだ。業者が馬車で荷物を運んでくると、屈強な船乗りたちが一斉に荷物を船へと積み込んでゆく。そんな男たちでも苦労するような大荷物は、港湾作業用のタランティアが軽々と持ち上げて船側へと、受け渡してゆく。
「賢者グーグレカース! お仲間ターチ! あなたタティーハ、サイコーデス!」
「蟹よりストロンガー! メガーネ!」
「イエー! ハッハァ! ダブルピイイス!」
「あはは……どうも」
埠頭を離れつつあるアメリア島公国の帆船では、陽気な船乗りたちが身を乗り出して俺達に向かって大きく手を振って『帽振れ』をし、汽笛を鳴らしたりしてくれた。
それ以外にも、埠頭に降り立った時から握手を求められたりと大変な祝賀ムードだ。
「照れるでござるね」
「成り行きで魔物をやっつけちゃっただけだけどね」
やや謙遜気味のルゥとレントミア。
「だとしても、困っている人たちを救えたんだ。いいじゃないか」
「徳を積んだと考えれば良いでござるね」
「徳……か」
大きな帆に風を受けて埠頭を離れ、穏やかな湾内を進んでゆくアメリア島公国の船に、俺達も手を振り返す。
大切な積荷を、遠い母国へと運ぶ大事な役目があるのだろう。彼らの船は昔ながらの帆船にみえるが、風の加護を受け推進力に変える魔法が施してあるという。
「賢者ググレカス、あちらにはメタノシュタットの船も停泊しておりましたのね」
「おぉ、そうだな」
埠頭の反対側にはメタノシュタット王国の紋章が描かれた大型の帆船も停泊していた。どうやらカニの怪物が巻き起こしていた湾内の渦により、出航が出来ずに停泊していたようだ。
今は慌ただしく出港の準備が行われているが、船員たちは時折仕事の手を休めては、俺達の方を眺めて誇らしげに拍手を送ってくれたりする。
「祖国の役に立ったんだ。『フルフル』と『ブルブル』は名誉の負傷だな」
『フルフル、ブクク』
『ブルブル、ブクブク』
ヒョコヒョコと埠頭をぎこちなく歩きながら、太陽で体を乾かしている二体のゴーレムの周りには、見物人が大勢集まっている。
それぞれ脚を一本ずつ失ったが、修理の材料は館のガレージにある。それに中身のスライムも元に戻さなければならない。
巨大な化け蟹との戦場となった作業船も港に停泊している。その横には、賢者の館が『海亀号』モードで横付けしてある。
空飛ぶ馬車の『空亀号』は、『海亀号』の庭先に移送しておいた。
と、館の庭先から皆が姿を見せた。マニュフェルノにリオラ。それにプラムにヘムペローザ、ラーナにチュウタだ。
スピアルノと四つ子達は無事を喜んで、ルゥローニィをもみくちゃにしている。
「ぐぅ兄ぃさんお疲れ様です。なんだか港が一気に凄い騒ぎですね!」
「久々に英雄っぽい仕事をしたみたいだよ」
「はい! 皆、ぐぅ兄ぃさんたちを凄い凄いって言ってました」
「はは、嫌われるよりはずっといい気分だな」
嬉しそうに微笑むリオラ。栗色の髪に馴染む風合いの、薄い布地の服が風に揺れる。ノースリーブのワンピースがよく似合っている。
「祝宴。なんでも埠頭の倉庫前の広場で、ググレくんたちの歓迎祝賀会を行うって言っていたわ」
マニュフェルノが俺のマントの襟首に、すっと手を伸ばし整えながら言う。
「あ、すまん。その……マニュの持っている荷物は祝宴用かい?」
「首肯。焼きガニパーティらしいので」
「わたし、沢蟹のフライしか食べたこと無いので、海の大きな蟹が楽しみです!」
マニュフェルノとリオラが微笑みあう。見れば籠を小脇に抱えているが、中には木の皿とフォークが入っていた。
「焼きガニパーティ……って、やっぱりアレを喰うんだな」
苦笑しながら見ると、倉庫の建ち並ぶ広場では、既に集められた薪で火がおこされ、巨大なカニの化物『化蟹怒甲羅』が背中から炎でチリチリと炙られていた。
近づいてみると、全身から湯気が吹き出し、いい具合に加熱され火が通っているようだ。甲羅は全体的に赤く色鮮やかになりつつある。
両腕のハサミや脚は、既に火が通ったらしく船員たちの手によって斧で切り落とされ、倉庫から運び出したテーブルの上に並べて載せてあった。
周囲には港で働く者、その家族や子どもたちが、集まって来ていた。カニの巨大な脚やハサミに触れては歓声を上げる。皆その大きさに驚き、珍しさに目を丸くする。
プラムとラーナと一緒に、大きなカニのハサミに近づいて眺めていると、ヘムペローザとチュウタもやってきて、恐る恐る覗き込んだ。
「美味しそうな匂いがするですしー!」
「ミーは早く食べたいデース」
「化け蟹なんぞ食って大丈夫なのかにょー?」
「ぼくは、ちょっと無理かも……」
食べたくてたまらない、という顔で瞳を輝かせているのは、プラムとラーナの食いしん坊姉妹。
若干困惑気味のヘムペローザに、匂いがダメだと顔をひきつらせるチュウタ。
「海の食べ物は好き嫌いもあるからな」
チュウタは苦手らしい。何か別の昼食を準備してあげねば。
と、レントミアがすっとやって来た。
「チュウタくんさ、僕もカニとか好きじゃないから、向こうの果物の屋台にいこうよ」
「レントミアさん……!」
「南国フルーツを食べたいしさ」
「は、はいっ!」
レントミアがチュウタを誘い屋台へと向かって行く。以前は他人など気にもしなかった相棒の、意外な気遣いに嬉しくなる。
焼きガニパーティの会場には、作業船の船長さんと、港町レーシア港湾管理局の責任者であるホワントさんがいた。
船長さんと友人らしい地元の漁師さん達が、焼きガニパーティの陣頭指揮をしている。
横ではホワントさんが役人の部下たちに指示を出し、衛兵と共に化け蟹の腹から溢れ出した魔法の『輝石』を集めていた。水で汚れを洗い、数を数えながら箱に詰め込んでいる。
どうやら、本来の目的である『輝石』の回収も概ね上手くいったようだ。巨大なカニが、魔法の輝石を拾い集め飲み込んだことで、集める手間が省けたと言って良い。
「渦を生み出していた迷惑な化け蟹も、こうして港の宴の肴として役に立つわけだ」
「微笑。まるくおさまりました」
地元の漁師さんの代表者が、御礼と口上を述べ、港湾管理局のホワントさんも俺達へ感謝の意を述べた。
こちらも挨拶をすると、集まっていた人々から割れんばかりの拍手喝采となった。
そうして、どうやらカニが焼きあがったようだ。
人間の胴回りほどもある脚の殻を斧で叩き割ると、ホクホクとした白身の繊維質の身が顔を見せた。ほんのりと桃色がかったカニの身は、実に香ばしく美味そうな香りがする。
――ごくり。
皆が生唾を飲み込むが、作業船の船長さんがまずは毒味も兼ねて味見をするという。
「どれ、まずは毒見じゃ! …………うむ? う、美味ッ!? 磯の香りとカニ肉の絶妙な味わいが格別じゃ。これはいかんな……もう一口! 毒があるとイカン。ホクホク……そしてプリップリじゃ! ぅ……!?」
「ど、どうなさいました!?」
動きを止めた船長さんの顔に皆が注目する。
「……ポン酢じゃ! 甘みを引き立てるマリノレーゼ特産のポンズがあれば最高じゃ!」
くわっ! と目を見開き、更に蟹の肉にかぶりつく。
「船長に全部食われるぞ!」
誰かが叫ぶと笑い声が起き、ようやく人々はカニの肉に舌鼓を打つことになった。
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
12月は忙しく帰宅が遅い日も多いので
時折、休載することがございますがご容赦を。
まぁそんなことばかり言っていても後ろ向きなので、イラストを描きました★
最近は「ちゃんと気合い入れて描こう」と思って、結局時間がとれず描けず仕舞いでした(汗
そこで、今後は少しラフなイラストにして、工数を減らし時間短縮します。
今回のイラストは、通常の半分ぐらいの時間(約1時間)で描きました。
ラフ絵っぽいですが、雰囲気は伝わるでしょうか……?




