決着、ネコ耳剣士の勇敢
「こいつ……! 飲み込んだ輝石の『流体制御魔法』を使っているんだ!」
「僕の『螺旋焦破』を泡の渦で無効化するなんて! カニのくせに、なかなかやるね!」
驚きと称賛を織り交ぜつつ、レントミアはすでに次の魔法を励起すべく呪文詠唱を始めている。
カニの化物、『化蟹怒甲羅』は、レントミアの強力な火炎魔法を防ぐという芸当を見せた。それは腹の下に大量に抱え込んでいる『輝石』に仕込まれていた『流体制御魔法』の魔力を使い、分厚い泡の渦を生み出したことで可能となった。
王国でも屈指の実力を持つレントミアは、船上という状況を把握し、硬い殻に覆われた水棲生物という敵の特性を理解していたはずだ。
だから俺が特に指示をしなくても爆裂系の魔法ではなく、火炎魔法を槍状に変化させた魔法を選択した。甲板や船体へのダメージを極力減らし、甲羅に対する熱量の集中により、一点突破を狙ったのだ。
それが通じないと判った以上、戦術を変える事にする。
「……メティ! 15秒だけ『樽』の制御を頼む。相手の脚を狙って動きを封じてくれ」
「了解ですわ賢者ググレカス! 攻撃を続行します!」
カニの化物が甲板上で動き出すが、三体の量産型『樽』は、ギュルル! と高速回転をすると、次々と長い脚部目掛けて体当たりを食らわした。
圧し折るには至らないが、脚を弾き進行を阻止している。
怒った『化蟹怒甲羅』が、ハサミを振り上げては振り下ろし、『樽』を叩き潰そうとするが、妖精メティスの巧みな操作により、ヒラリと避ける。
「ルゥ! 刀の斬れ味を倍増させる! ――帯域変調式、『共振破砕術式』を励起!」
俺は手をバッとルゥの刀目掛けて突き出した。魔力が見える人間ならば、手の先から放出された大量の魔力糸が刀身に絡みつき、一瞬で『共振破砕術式』へと変じた様子がわかるだろう。
刀が青白い光を帯びて、魔法を帯びたことを示す。
今やあの刀剣は、金属から硬質な生体部位までを切断可能な、幅広い周波数の高周波振動を発する魔法の効果に包まれている。
「かたじけないでござる」
化け蟹を目掛け、素早く走りこんでゆくルゥローニィ。
猫耳の剣士は、振り下ろされる巨大なハサミの攻撃を避けながら、身を低くして駆け抜けた。
そして振り上げたスキを突き、左のハサミの付け根――多関節の根本に刀を押し付けた。
途端に接触部分から、ギィイイイイ……! と激しい音がして白煙が吹き出した。しかし、甲羅の表面から突き出した突起に阻まれて、本体の切断には至らない。
「トゲが邪魔して、密着できないでござる……ッ!」
『バブラァアアアッ!』
「ルゥ! 危ない!」
今度は、振り上げたハサミがルゥローニィを圧殺しようと振り下ろされた。だが、猫のような俊敏さを発揮。刀を引き離すとそのまま身を屈め、カニの腹の真下へと転がり込んだ。
「にゃんの!」
「避けた……上手い!」
バギィ! とルゥローニィが立っていた位置の甲板が砕ける。ルゥローニィはシュタタッと、四つん這いで素早くカニの股の下をくぐり抜けて背後へと出た。
そしてなんと背中へとジャンプ。ゴツゴツとした突起で覆われているカニの背中へと飛び乗った。
「背中なら、自慢のハサミは届かないでござろ!」
「ルゥさまがカニの背中に!」
「無茶だが勇敢だ……、確かに死角ではあるな!」
妖精メティウスが悲鳴じみた声を上げる。俺も同じ気持ちだが、ルゥローニィの身体能力なればこその戦い方だ。
「おぉおお! すげぇぜ剣士様!」
「なんて身のこなしだ!」
これには戦いの行方を見守っていた船長や船員たちから歓声が飛ぶ。
『バッ……! バブラァアアア!?』
ルゥローニィを背中から振り落とそうと、『化蟹怒甲羅』が両腕を振り上げるが、体の構造的に背中に腕は届かない。
「背後から失礼、刺し貫くでござ……るッ!」
口上を述べつつ逆手に持ち替えた刀を、今度は背中に突き刺すルゥローニィ。渾身の力で押し付けると、ギュイイイ……! と剣先から白煙が吹き出した。
「……戦術を変えるぞレントミア、魔法の種類を指定したいんだが」
「いいよ! もっと強力な爆裂系火炎魔法でブッ飛ばすんだよね?」
喜々として瞳を輝かかせる。
「全力で否定するわ! ここは船の上だってことを忘れるなよ。それにルゥも近接戦闘の真っ最中だ」
「冗談だよ、もう」
唇を尖らせて小さく肩をすくめるが、やりかねないと思って言ったのだ。
「近接格闘戦用の接触型発火魔法を準備してくれ、ヤツの懐に飛び込むぞ」
「えー!? あんなのに直接触れて沸騰させろっての!?」
「そうだ」
「ルゥじゃないんだから、あのハサミに挟まれたら真っ二つだよ」
「心配ない。俺がハサミを封じる! 一緒にいくぞ!」
「魔法使い二人で接近戦をするの?」
「たまにはいいだろ」
無論、完璧な勝算があってのことだ。
「もう、楽しいなぁ……!」
俺はレントミアと並んで駆け出した。賢者のマントと相棒の白いマントが翻る。
「メティは胸ポケットへ」
「は、はいっ!」
作業船の甲板上は、既に本気モードの戦闘空間だ。やるからには『化蟹』を倒し、船の運行を妨げる『輝石』を取り戻さねばならない。
「硬いで……ござるね!」
「ルゥ!」
「来ちゃったよ!」
「にゃっ!? ググレ殿とレントミア殿!」
ルゥローニィが口元を綻ばせた。背中で奮闘しているネコ耳の剣士を、必死で振り落とそうとするカニの化物。
3メルテまで接近したところで、『化蟹怒甲羅』は俺達に気がついたようだ。怒り狂いながら両腕を振り上げ、今度は俺たちを狙ってきた。
『バブリャァアアッ!』
「単純な攻撃パターンなど、もう通じんぞ」
俺は魔力糸を操り、二体のワイン樽ゴーレム、『樽』を左右から呼び寄せた。
俺とレントミアを巨大なハサミで捕まえようとした瞬間、大きく口を開けたハサミに向かって『樽』が飛び込んだ。
ガッ! ギィ! と左右のハサミは、まんまと『樽』を挟み込んだ。
「上手い、ググレ!」
「仕上げは……『粘液魔法』! 粘着力倍増でな」
びゅるるっ! と二体のワイン樽ゴーレムの全身から緑色の『粘液魔法』が吹き出してハサミを包み込んだ。
『ブラアッ!?』
両腕は『樽』により完全に封じたことになる。
しかし、『化蟹怒甲羅』は左右に開くクチバシのような口蓋から猛烈に泡を吹き出し始めた。再び渦を巻き俺たちを吹き飛ばそうというのだろう。
「甘い! 『樽』はあと一体、既にお前の真横にいる!」
三体目の『樽』が横倒しになり、真横から『流体制御魔法』による突風を浴びせかけた。
『バ――ブッ!?』
カニが吹き出した泡は、渦をなす前に風により洋上へと散ってゆく。
「『流体制御魔法』を『流体制御魔法』で相殺したのですわね!」
胸ポケットから妖精メティウスが顔を出す。
「さぁ、詰みだ化け蟹! 頼むレントミア! ルゥはトドメを!」
「はいよ!」
レントミアが『化蟹怒甲羅』の顔めがけて近接格闘戦用の接触型発火魔法を叩きつけた。
レントミアの魔法の効果により、ボシュゥウウ……! と顔部分が赤く茹で上がり、悲鳴を上げることも無く口蓋から蒸気を噴き出した。
「トドメ、でござるっ!」
バギィ! とルゥローニィの刀が甲羅を突き破り、心臓を貫いた。激しく体が痙攣するが、それも一瞬だった。
巨大なカニの怪物は、ついに絶命し動かなくなった。
「ありがとうみんな」
「助かったでござるよ……」
「やれやれだったね、ルゥ」
ルゥローニィが撥ね降りて、レントミアと俺とそれぞれパチンと手を打ち鳴らす。
「今回は、ルゥの勇敢さの勝利だな!」
「にゃはは、無我夢中だったでござるよ」
と、様子を見ていた船長や、船員たちから大歓声が響き渡った。
「おぉおおお! やったぜ賢者のダンナに! 偉大な魔法使いさま! それに、イカした猫耳の剣士さまよぉおお!」
「すげぇええ!」
と、何やら良い香りが漂ってきた。
「しかし、時にググレ殿」
すんすん、とルゥが鼻を鳴らす。
「うむ……実に美味そうな、茹でカニの香りがするよな?」
匂いに敏感なルゥ、そして海産物の香りに妙な懐かしさを感じる俺は、後ろを振り向いた。
そこには、レントミアの魔法の予熱で茹で上がった、巨大なカニが湯気を立てていた。
<つづく>




