賢者のパーティと船上のバトルフィールド
「賢者ググレカス! 『フルフル』と『ブルブル』さまが緊急浮上いたしますわ! 海面まで5メルテ……4メルテ……!」
「索敵結界でも捉えた! 海面下、3メルテにワイン樽ゴーレム2体を確認! 更に、海面下10メルテに巨大物体……コイツか!」
渦を巻いていた海面が、不気味なほどに静まり返った。その代わりに海水面が急速に盛り上がってゆく。
「賢者のダンナ、海が妙だ……! 潮の流れと渦が止まりやがった!」
船長が大きな身体を意外なほどに素早く動かし、帆に結ばれたロープを引き上げる。
「化蟹が、ここを目指して上昇して来ているんです」
「そいつぁヤバいじゃねぇか……!」
日焼けした顔に、焦りの色が滲む。
「船長殿、甲板を借りてもいいだろうか? ここで話し合いをしてみる。化物から積荷を返してもらえるかもしれないんだ」
作業船の前方の広い甲板を指差す。広さは12メルテ四方ほどもある、海底調査のための機材置き場になっている。
「あ……あぁ! 構いやしねぇ……! 野郎ども! 賢者のダンナのために場所をあけろ! 前方の作業甲板の荷物を後方に運べ!」
「「イエスサァー!」」
船長の一言で、船員達はすぐに仕事に取りかかった。腸革製の潜水器具に、海底を調べるためのロープの束、碇やブイなどを男たちが片付けてゆく。あっという間に甲板に戦闘可能なスペースが出来上がった。
「ググレ、見て! 海が盛り上がってゆくよ!」
「まるで海底から湧き出ているようでござる……!」
船の縁から海を観察していたレントミアとルゥローニィが叫んだ。
「二人共少し下がるんだ、……来るぞ!」
膨大な海の水の流れを操るのは、輝石に籠められた『流体制御魔法』の成せる技だろうか。
渦を巻くために使っていた魔法力を、海底から海面へと上昇するために使い、海流の流れを変えたのだと分かる。
海面へ向かって逃げてゆく二体の餌――ワイン樽ゴーレム――を追いかけ、なんとしても捕まえようという化物の意志の表れにも思える。
「海面に浮かびましたわ!」
盛り上がった海面から、二体のワイン樽が姿を見せた。俺達の乗る作業船からの距離はおよそ20メルテ。海面に水飛沫を上げながら飛び出す。
それは、手脚を一部失いながらも海底探検の任務を終えた『フルフル』と『ブルブル』だった。
「よし、泳げ! こっちへ来い!」
海面に出ればこっちのものだ。手を差し向けて魔力糸を接続、二体のワイン樽ゴーレムに直接指令を送り込んだ。
『フルフル、ブクッ!』
『ブルブル、ブククッ!』
金属製の手脚をバチャバチャと派手に回転させながら、クロール泳ぎの要領でこちらを目指す。
「なんで飛んで逃げないの?」
レントミアが海風ではためく髪を押さえながら聞いた。
「音と魔力で、化蟹をおびき寄せるためさ」
「なるほどね」
というのは表面上の理由。実は、今回の海底調査用に特別にブレンドした中身のスライムには、飛行制御用の魔法を仕込んでいなかった。暇がなかったという理由もあるが、こう言っておいたほうが格好もつくというものだ。
「賢者ググレカス、更に巨大物体が浮上……! 5メルテ海面下です! 追いかけてきますわ!」
ブシュァアアア! と白波の噴出とともに、洋上に白い花弁にも似た水飛沫が舞った。それと入れ替わるように、赤黒い甲羅に覆われた巨大なカニの怪物が姿を見せた。二本のハサミを振り上げて、猛然とワイン樽ゴーレムたちを追いかけてくる。
「うぉおお! でけぇぜダンナ!」
「あれが、伝説の怪物だってのかよ!?」
船乗りたちが驚き叫ぶ。
だが俺達はすでに臨戦態勢だ。
「ルゥ、前衛を頼む。だが、あの甲羅の防御力はかなり高そうだ。刀による斬撃は効果が見込めない。まずは注意をひくために、量産型ワイン樽ゴーレムによる攻撃を行う。俺が囮になり相手にスキを作るから、口蓋の開口部を狙い直接攻撃を頼む。レントミアは火炎魔法を励起して近接火力支援を。だが、爆発系は使わないでくれ。船ごと吹き飛ばすわけにはいかんからな」
「……了解でござる!」
「わかった! 焼きガニにしちゃうもんね!」
矢継ぎ早に指示を出す。目的が気軽な調査の手助けから、人々を苦しめる怪物の「討伐モード」になった以上は、余計なことは考えない。
ここで確実に仕留め、倒す。
相手は硬い甲羅に覆われたカニの怪物だ。ルゥの刀は効果が薄いだろう。そこで急所の1点攻撃を狙う。レントミアの得意な火炎系魔法は、熱によって身体を構成する蛋白質の凝固などで行動を制限できる。双方の攻撃力を活かすため、俺とワイン樽ゴーレム達が囮となり、相手の注意力をこちらに向けさせるのだ。
「賢者ググレカス! 『化蟹怒甲羅』が船に取り付きましたわ!」
「船が傾いている……!」
ガリガリと木を削るような音がして、船べりから赤い巨大なハサミが現れた。続いて、細く尖った魔女のツメのような動きで、赤い脚部が船の甲板に突き刺さった。船が僅かに傾き、思わずよろめく。
普通の船ならば転覆してもおかしくはない大きさの怪物が船の側面を上って来ている。だが、この作業船は双胴船のように幅が広い。安定感は損なわれないがそれでも傾く程の大きさだ。
「化物が……! 甲板に上がってきやがったぞ! 野郎ども、船のバランスに気をつけろ! 帆を風に立てて調整だ、俺達の腕の見せ所だ! 賢者のダンナの戦いの足場を揺らすんじゃねぇぞ!」
「「おぉおっ!」」
船長の的確な指示で船員たちも慌ただしく動き回る。
ルゥローニィが愛用の刀を抜いて、船べりから数歩下がって身構えた。レントミアが魔法力を高めつつ、モゴモゴと呪文の高速詠唱を始めている。
次の瞬間、ガリガリと船べりの手摺りを破砕しながら巨大なカニが船上へと乗り上げた。
大きさは馬車の客室と同じ程のボリューム感がある。赤黒い甲羅には無数のトゲが突き出ている。怒ったような顔つきのカニの化物だ。
頭頂から生えた柄の先についた2つの目玉。落ち着き無く動かす口蓋からはブクブクと泡を吐き出している。
振り上げた二本のハサミは大男の股下のよう。人間の胴体など、真っ二つにする事は造作もないだろう。
『カァニィイ! バァブラァアアア……!』
「やれやれ、やっとお目に掛かれたな、『化蟹怒甲羅』」
だが、こうして船上のバトルフィールドへ乗ってくれた事に感謝だ。海中ならば手出しも出来ないが、まんまと海から出た時点でコイツに勝ち目など無いはずだ。
ギギ……ミシシ……と甲板が軋む。数えると10本ある尖ったカニの脚部。その一本一本が甲板を突き刺し、バキバキと踏み砕いてゆく。
「賢者ググレカス!」
妖精メティウスが緊迫の声色で囁く。
「――『空亀号』から量産型『樽』を分離! 左右から回り込み、打撃攻撃だ!」
戦術情報表示に映し出された馬車の模式図から、四体の量産型『樽』が離れ、一気に転がりだした。これは飛行ユニットとして車輪の外側に付けていたものだが、戦闘用に転用する。
ギュルル……! と高速回転を始めたワイン樽ゴーレム、量産型『樽』たちが一斉に巨大なカニ目掛けて襲いかかる。
ゴッ! ガゴッ! と体当たりを行い、注意を削ぐ。一体は巨大なカニのハサミで弾かれて、海に落下してしまった。
『バブラァアアアッ!』
「――3号ロスト! だが戦闘は継続……!」
体当たりを行った残存3体の『樽』が、再びターンしてカニの脚部を目掛けて突進し、攻撃する。だが、想像以上に硬い。魔法で幾重にも防御されている『樽』の表面から木の破片が散った。
「なんて硬さでござるか……!」
「鉄並みに硬いのか!」
「なら僕の出番だね! いくよ……火炎魔法……螺旋焦破!」
レントミアが呪文詠唱を終え、魔法攻撃を行う。真っ赤な火炎が棒状の光となってカニの怪物の真正面を直撃する。真っ赤な炎に炙られて、内側から一気に沸騰――と、思われたその時。
『バァブゥラァアアアアアアアアア!』
ブシュァアアア! と猛烈な勢いで泡を吹き出した。それはただの泡ではなかった。あっという間に凄まじい勢いで渦を巻く白い泡の旋風となって壁を作る。そしてレントミアの、炎の魔法に対する防壁となって火力を打ち消してゆく。
「魔法防御ですわ!」
「火炎を泡の渦で相殺しちゃうわけ……!?」
妖精メティウスとレントミアが悲鳴じみた声を上げた。
「こいつ……! 飲み込んだ輝石の『流体制御魔法』を使っているんだ!」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
今週は帰宅時間が遅くて、執筆の分量低下、内容などの乱れもあり
お見苦しい点もあり申し訳ございませんでした。
一休み、というわけで明日はお休みをただます。
休載:12月4日(日)
再開:12月5日(月)
また読みに来て頂けたらうれしいです!
ではっ!




