ディープダイバー、『フルフル』と『ブルブル』
◇
岸壁には港町レーシアの住人たちや、出航出来ずに困っていた船乗り達が大勢集まっていた。
埠頭に横付けされた『海亀号』を物珍しそうに眺めては、洋上に浮かぶ賢者の館に向かって手を振ったり拍手したり、期待に満ちた眼差しを向けている。
『――御覧ください! メタノシュタット王国から遠路遥々いらっしゃった賢者ググレカス様のお屋敷です! 海に浮いているのです! 信じられません、それだけではありません、なんと地面とお屋敷ごと空を飛んできたのです!』
見ると、マリノセレーゼの報道業者数人が駆け付けて来たらしい。中継用の水晶球を抱えて船乗りたちにインタビューしたりと、こちらの様子を中継し始めた。
レポーター役は劇団に所属していそうな、大げさな表情が特徴の若い女性だ。
「なんだか、すごい騒ぎになってきたね」
出発の準備を進めていたレントミアが、集まった野次馬を見て呆れたように言う。
「私が寝ている間に休暇は終わりましたの?」
騒がしくて寝ていられないと、妖精メティウスが眠そうな目をこする。
「行く先々で何かに巻き込まれるのは、俺の宿命だと思って諦めてくれ」
「あはは、まぁね」
「私は構いませんが、今日は海の中へ? 私の羽は水の中では動きませんわ」
「潜るのは俺達じゃない。『フルフル』と『ブルブル』さ」
『フルフル、ブクブク……!』
『ブルブルッ、ブクブク……!』
俺は傍らに寄り添う二体の頼もしいゴーレムの背中をなでた。四足歩行モードなので、ワイン樽に四本の鉄の脚が生えた首なし馬のような姿だ。
鳴き声が違うのは、中身が違うせいだ。
二体のゴーレムにはチュウタと一緒に日曜大工で「足ひれも」付けた。
そして大切な制御中枢とも言える中身のスライムは他の樽に移し替えて、代わりに『粘液魔法』で生み出した「擬似スライム」にした。
それに更に、海辺で捕まえた海洋性のスライムを混ぜて、中身に詰めたものだ。
勿論の話だが、海の中や密閉した樽の中では空気が無い。そのため陸棲の天然モノのスライムだと環境的に厳しい。
なによりも『フルフル』と『ブルブル』の中身は、大切な俺の長年の相棒で、もはや家族のようなものだ。流石に危険な海の底に沈めるのは避けたいのだ。
だから今回は粘液魔法から生み出した人造のスライムに、海のスライムをブレンドした、と言うわけだ。既に俺の魔法の完全な支配下であるのは言うまでもない。
「これで潜水調査をするんだね。でも木の樽なのに沈むの?」
「手足が鉄だから重りになる。更に浮力調整のため、樽の中には石も詰め込んだ」
「それだと重すぎて沈みっぱなしじゃない?」
レントミアが心配そうに、ぱんぱんと『フルフル』の背中を叩く。
「調査が終わっても終わらなくても、30分後には自動的に樽の底を開いて石を捨てるように、『自律駆動術式』に組み込んだ。そうすれば浮上するだろう」
「へぇ!」
「なるほどですわ!」
とりあえず調査の目的地は埠頭から300メルテ沖合の海だ。
そこには大型の作業船が一隻、すでに停泊しているのが見える。
作業船までは、ガレージから『空亀号』を発進させひとっ飛びだ。
あとはその船上から、潜水夫仕様の『フルフル』と『ブルブル』を潜水させる……という手順になる。
ゴーレムの回収は、作業船から網などで拾ってもらう。まぁ自力で岸まで泳いでも構わない。
『――空飛ぶ館に、空飛ぶ馬車! 世界でも屈指の魔法使い、メタノシュタット王国にこの人あり! 賢者の名を冠するググレカス様が、親善訪問にもかかわらず、なんと港湾封鎖事故の調査協力をしてくださる模様です! あっ……! 屋敷の庭先にいらっしゃいます! 何か一言戴けますか!?』
ううむ、面倒くさい。でも親善訪問なのだから笑顔で対応しなければ。
「ご紹介に預かりました、私が賢者ググレカスです。今日は非公式のプライベート訪問です。けれど、港の障害を取り除くお手伝いが出来ればと思います」
真面目な表情で手を振ると、岸壁の野次馬たちから「やいのやいの」と歓声が一層強くなり響いた。
『賢者様、何か、ポーズを!』
「フッ」
俺はすかさず賢者のマントを「バッ!」とひるがえした。そして右の肘を左手で支え、顔の半分を右手で隠すようにしながら。メガネをくいっと指先で持ち上げるという、知的エレガントな仕草でポーズをキメた。
『……………ありがとうございました!』
「うぉい!?」
◇
洋上に浮かぶ大きな船は、港町レーシアの港湾工事用に作業船として建造されたものだという。全長はおよそ30メルテ。船幅は通常の倍、12メルテはあろうかという、広いデッキが特徴だ。
空から眺める海上には、たしかに巨大な渦があり、見ているだけでも恐ろしい。
どうやら作業船は数本の碇を下ろし、この渦に吸い込まれないように固定しているようだ。
『空亀号』で船の甲板に降り立つと、初老の船長以下、潜水夫の装備を身に付けたクルー達が出迎えてくれた。
潜水用の気密服は、動物か何かの腸をゴムのような撥水性の脂で煮固めたものを縫い合わせた物だった。生物的な表面がちょっとグロテスクだ。
それでも俺達は笑顔で握手を交わす。
こちらはルゥローニィにレントミア。そして妖精メティウスという最小のパーティだが、今回の主役はワイン樽ゴーレム達なのでこれで充分だ。
「しかし、恐ろしい眺めですね」
「でがしょ? 賢者のダンナさまの魔法には期待してぇが……、決して無理はしないでおくんなせぇ」
「わかっています。潜るのはゴーレム達です」
「なるほど、噂通りすげぇお人のようだ」
「沈んだものの位置が特定できればいいのですか?」
「おそらく渦の真下かと思うんですが、ハッキリしねぇんでがさぁ。少しずつだが渦の位置が変化するんでさぁ」
潮風に焼けた肌の船長が、険しい顔で言う。
「動くのでござるか……?」
「海流のせい?」
ルゥローニィとレントミアが顔を見合わせる。
「潜ってみれば済むことさ。ゆけ、『フルフル』『ブルブル』!」
早速調査を開始する。
『フルフル!』
『ブルブル!』
「がんばれ! 流れに逆らわなくていい。そのまま渦の導きに身を任せるんだ」
二体のゴーレムは、何のためらいもなくドボンと海に飛び込むと、ズゴゴ……と程なくして仲良く渦に呑まれていった。
「うーん……。大丈夫かな?」
「一瞬で呑まれたでござるね………」
レントミアとルゥが心配そうに海を眺める。
「おそらく大丈夫だ。俺の戦闘用の魔力糸は、魔力による積極的な妨害さえ無ければ水中でも百メルテは届くのは試験済みさ。まぁ、実際の海ではかなり減衰するがな」
戦術情報表示を可視モードで展開すると、二体のゴーレムの現在位置、水深が表示されていた。
すさまじい勢いの海流だ。二体のゴーレムは、ぐるぐる回りながら海底へと沈んで行く。
――情報伝達最小モード、機能正常。現在、水深23メルテ。
「なおも沈降中……! ここで索敵結界を代理実行」
『フルフル』に索敵結界を代理実行させる。すると魔力の波動が同心円状に広がり、その反射波で海底の地形が映し出されてゆく。
可視光などではなく、あくまでも音波での調査、というわけだ。
「うん、海底がなんとなく見える」
「これならば位置を特定できますわね!」
――水深31メルテ。『フルフル』『ブルブル』着底。海底歩行モードへ移行。
海底に脚をつけてしまえば此方のもの。体を固定しながら流されないようにして移動できる。
「あとは索敵結界を繰り返し、地形データと照合してゆけばいい」
だが、コンテナらしい影が見当たらない。流されたのならば、渦など巻かないはずだ。海底は暗く不思議なことに生き物の気配がまるで無い。
「……おかしいな」
と思い始めたその時だった。『ブルブル』用の戦術情報表示を見ていた妖精メティウスが振り返って叫んだ。
「賢者ググレカス! 海底の向こうから何かが来ます!」
「なにぃ?」
<つづく>




