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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆7章 ディカマランの六英雄の凱旋  (賢者の優雅な?日常編)
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 王城と、魔窟のパーティ

 ◇


 メタノシュタットの名を冠する煌びやかな王都の中心には白亜の城と、それに寄り添うように築かれた大陸随一の高さを誇る尖塔が威容を誇っている。

 

 尖塔は実用的なものというよりは、王家の者が住む居住エリアとして、また王国の富と繁栄を象徴するシンボル的なものとして築かれたものらしい。約百年ほど前に当時の王が「物見やぐら」として建てたものらしいが、それにしては無駄に大きく天を貫かんばかりの高さがある。

 その高さゆえ嵐のたびに雷が落ちたり、魔王大戦では翼竜に跨った魔導騎士に襲撃されたりと、ことあるごとに破壊され、近くで見ると(ほころ)んだ部分が目立つ。

 

 とはいえ「ニンジンを逆さにしような」形の尖塔は、夕刻が近い今の時間ともなれば橙色の夕陽に照らされて、美しい姿で人々の目に映っているだろう。

 城の周りからは、祭り特有のにぎわいと歌や笑い声、そして酒の匂いと串焼き肉の香ばしい香りが混じりあい、目もくらむような喧騒の波を形作っている。


 俺たちも祭りの最中に居ることは間違いないが、外の賑やかな雰囲気とは違う、荘厳で気品に満ちた上流階級の世界とやらに浸っていた。


 ここは「王の謁見の間」を兼ねた大広間。一言でいえば王国最高の贅をつくした豪華な迎賓館だ。

 巨大な体育館ほどもある空間はすべて白みがかった大理石で作られており、広間をぐるりと囲む太い円柱状の柱も装飾が施された豪華なものだ。壁には精緻に書き上げられた歴代の王の肖像画が並び、高価そうな装飾品や調度品も間隔を置いて並べてある。

 天井にはシャンデリア状に束ねられた魔法照明が透明な光を放っていて、まるで昼間のような明るさだ。


 メタノシュッタットの王と王妃が座っている玉座は、本来ならば一段高くなっているのだが、今日は客人たちと同じ高さに置かれた椅子に座っている。

 俺達のすぐそばに王と王妃、そして娘である美しい「姫」、王国の第一皇女スヌーヴェル姫が座っているのだが、俺達との距離は驚くほどに近い。

 王族の威光を示すかのように、ひときわ豪華な刺繍の施された厚手のタペストリーがその背後に吊るされている。竜と騎士と剣をモチーフに描かれた刺繍は、数百年にも及ぶという王国の歴史の絵巻らしかった。


 謁見の広間をぐるりと取り囲むように設えられたテーブルには、二百席ほどの椅子が並べられ、大勢の来賓や外国の招待客、王侯貴族たちが席についてそれぞれ談笑している。

 目の前には、いったい幾らするんだ? と思わずにはいられない銀の皿やフォークが並べられ、最高級の肉料理や、新鮮な魚介のスープ、そしてさまざまな贅を凝らした料理が運ばれてくる。


 とにかくこの場に居られること自体が既に最高級の「おもてなし」というわけだ。


 俺達は最も王に近い位置に座らされているので、かなりの厚遇だろう。気位の高い貴族や諸侯のなかには面白くない連中もいるだろうが……。


「賑やかで、華やかなパーティだね」


 俺の隣の席でレントミアが、すまし顔でブドウを食べながらつぶやく。菜食主義のハーフエルフにとっては果物の盛り合わせがご馳走らしい。


「まったくだ。……俺の『お客様』は7人。術式壊系のトラップを仕掛けてきたのが4人に、術式を解析する術者3人。呪詛をかけようとしてきた奴が一人……。賑やかなものだな」

「んー、みんな他国の魔法使いみただけど、お仕事熱心だね」

「根暗で無粋なやつらなのさ」


 俺はフッと笑みを漏らして戦術情報表示(タクティクス)策敵結界(サーティクル)の様子を伺いながら料理を口に運んだ。


 王城に来てからパーティ会場に来る間、俺達は魔術的な脅威に晒されていた。

 そのほとんどが他国の来賓に混じって来た従者の魔法使い達だ。本気でちょっかいを出そうというよりは、俺達の実力を測ってやろうという興味本位の者がほとんどだ。


 既にこの部屋の床下や天井は、蜘蛛の巣のように絡み合った色とりどりの魔力糸(マギワイヤー)が激しい「諜報戦」の火花を散らしているのだ。

 もっとも、それが見えているのは上位の魔法使いぐらいのものだろうが、適当にあしらうのも加減が難しい。

 王の目の前で「魔法大戦」をやらかすわけにもいかないので、ちょっかいを出してきた相手の魔力糸(マギワイヤー)に、相手の口の筋肉を麻痺させる特製の自律駆動術式(アプリクト)を逆流させて、呪文を詠唱できなくするのがてっとり早い。

 突然麻酔がかかったように舌がしびれて上手く喋れなくなるし、料理の味もしなくなる。――と、はす向かいに座っていた他国の高位魔術師が、急に目を白黒させて口を押えて席を立った。


「ひとりまたご退場しちゃったね」

「次は、料理の味をゲロ風味にする術式を使おうと思う」

「きゃはは、ググレは相変わらずだねっ」


 高等学舎の制服姿のレントミアが、はじける様に笑う。


 もっとも……本気で来た場合は、それ相応の歓迎をしてやらねばならんのだが。だが、しばらくすると諦めたのか、パタリとそういう手合いは居なくなった。


 ◇


 メタノシュタットの王、コーティルト・アヴネィス・ロードが広間で立ち上がると、会場の全員も同じように起立し、幾分張り詰めた空気に変わった。大柄で貫禄十分の姿からは想像できないほどに、王は緊張していたらしく、甲高い声で歓迎のあいさつを口にする。


「わッ、我ら公国連合の勝利に貢献してくれた諸兄よ! 良くぞお集まりくださった! 今宵は、わがメタノシュタット王国の威信にかけて、皆様を存分にもてなす所存であり(中略) 今ここにディカマランの六英雄も終結し、まっことめでたい日であるからして(中略)……」


 人類の勝利について熱く語りはじめたのはいいが、なかなか終わらない。

 いい加減聞いているのも疲れてきた俺は、映像中継(リアルライヴ)で、プラムの水晶ペンダントからの映像を眺めはじめた。

 

 俺にしか見えない半透明の画面の向うでは、エプロン姿のプラムとヘムペローザ、そしてリオラが仲良く夕食の支度をしていた。

 唯一の男手であるイオラは、皿を並べたりとテキパキ家事を手伝っていた。おそらく(リオラ)のしつけがいいんだろうな、と思わず唸る。

 4人は時折談笑し、楽しそうに仲良くやっているようだ。しばらくは問題無さそうだと俺は安心する。

 俺も……こんな笑顔の仮面をかぶりながら、机の下ですねを蹴りあうようなパーティよりは、館でゴハンを食べていた方が楽しいな。


 コーティルト・アヴネィス・ロードの長い挨拶がようやく終わると、いよいよ本格的な宴となった。酒や食べ物が追加で運ばれてくると同時に、広間の中央の空間に、演劇を行う一団が現れた。宴の余興というわけだ。


「英雄エルゴノートと魔の翼竜と、姫の恋路――!」


 題目が宣言されると拍手が沸き起こった。十名ほどの団員が歌いながらミュージカル風の演劇を披露する形式らしい。


 実はこの国の姫――コーティルト・スヌーヴェル姫は、翼竜(ワイバーン)に乗って奇襲を仕掛けてきた魔王軍の魔導騎士に連れ去られた事がある。

 姫は尖塔から連れ去られたのだが、そのときの破壊のあとが今も残っている。。


 魔王軍は拉致した姫を人質に、王国の戦闘継続意思を削ごうという作戦だったのだろうが結果的にそれは魔王軍にとって裏目に出た。王は怒り「人類国家連合」を率いて自ら魔王軍との全面戦争を決意するに至った。

 そのとき拉致された姫というが、麗しの第一王女、コーティルト・スヌーヴェル姫だ。

 姫は「お約束」どおり大陸の遥か東の果て、朽ち果てた塔の最上階に幽閉されてしまっていた。

 メタノシュタット全軍を率いて魔王軍討伐の遠征に出た王にとって、姫一人を救出する為に兵を動かすわけにはいかなかった。

 そこで、金で雇い、自由に動くことのできる俺達のような護衛業者、つまり「冒険者」の出番となったのだ。

 そこからが俺達、ディカマランの冒険者の救出劇となるわけだが……、このあたりは丁度、目の前で余興として演じられている。


「おぉ! 美しい姫よ、あなたがスヌーヴェル姫か!」

「まぁ、なんという勇敢なお方でしょう! 貴方のお名前は――」

「エルゴ、エルゴノート・リカル!」

「麗しい姫よ、我が手を、」

「あぁ、エルゴノート様!」


 バァアアンと銅鑼打ち鳴らされ、会場からやいのやいのと歓声がわき起こる。


 確かに寸劇のように姫を助けに行ったのは事実だし、エルゴノート・リカルはその後、姫と「恋仲」になったのも本当だ。

 拉致されて塔に閉じ込められ、自分はどうなるのだろうと絶望と不安に苛まれているところを、颯爽と現れた勇者が魔物をバタバタと切り倒し救い出してくれたのだ。これで恋に落ちないわけが無いだろう。しかも、それがイケメン勇者ともなれば尚更だ。


 ちなみに全十二階の塔を攻略するにあたっては、俺達も相当活躍したのだが、目の前で行われている芝居には端役でしか出てこない。主役はあくまでも世紀のビックカップル、勇者エルゴノートとスヌーヴェル姫の恋話に重点が置かれている。


 と、レントミアのもう一つ隣の席でエルゴノートが肩を震わせていた。


「く……くく……」

「エルゴノート? もよくこんな三文芝居みて笑って――て!」


 ――泣いてるぅうう!?

 

「ググレ……、あの頃に戻れたらって……思う時ってあるよな?」

「え、あ? うん……?」


 勇者エルゴノートは涙を流していた。泣くような劇だったか? と思い返してみると……思い当たる節はひとつだけだ。「姫」だ。

 鼻水と涙を垂らす勇者は席を立つと、俺に肩を組んで顔を寄せてきた。う、酒臭い……。


「あんなに素敵な出会いだったのに……恋は必ず終わるんだよな……ハッハ……」


 はぁ……。と力なく微笑んで、酒をガブガブと飲み干す。杯が空になるとすぐに可愛いメイドさんたちが酒を注ぎに来てくれる。きゃっきゃとメイドさんたちも楽しそうだ。


 ちなみにエルゴノートは20歳なので飲んでも問題ない。この世界で成人とみなされるのは16歳ぐらいからだが、酒とタバコは20からと決まっている。


「やっぱり……姫と別れたのか」

「あぁ、もう終わった恋だ」

「釣り橋効果の魔法はいつか切れるのさ」

「……ググレ、それは何の魔法だい?」


 エルゴノートが潤んだ瞳を俺に向けて尋ねる。俺は自分が昔居た国で語られていた恋愛必勝マニュアルの受け売りだと応えた。

 釣り橋効果とは危機的状況下で男女が強く結びつく、という説によるものだ。

 だがそれは平穏な日常に戻ったとたんに冷めて、恋も終わってしまうケースが多いのだとか。


「ググレ、お前はなんでも知ってるすごい奴だな……」

「知ってはいない。ただ、見えるだけだ」


 含蓄に飛んだ言葉に聞こえるが、事実そうなのだ。

 知識として持っているというよりは、検索魔法(グゴール)の力で、その場で情報を調べて語っているだけのことのほうが多いのだが。


 どうでもいいが、エルゴノートの顔がものすごく近い。流石の俺も照れてしまうのだが?


 気が付くと、エルゴノートに酒を注ぎに来たらしい貴族の娘さん達や、どこかの国のお姫様が後ろでおまちかねだ。

 その誰もが驚くほど美しく着飾っていて、顔立ちも身なりも物腰も庶民とは違う優美な雰囲気を纏っている。

 逆に俺にとっては美しすぎて最初から射程外、ていうか目も合わせられない。


「おまえはモテモテなんだから、とっとと新しい彼女を選べばいいだろうがッ!」


 俺は酔っ払いの勇者をひき剥がして、女たちの方へと押し出した。


<つづく>

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