イオラとリオラ、覚醒のとき
「さぁ、ようこそ『勇者』くん。――魔王の謁見の間に!」
俺は、自らの姿を『魔王』に似せて変化させ、二人の前に立ちはだかった。
体にフィットした黒い『魔王スーツ』に髑髏マークのベルト。トゲトゲ付の紫色の悪趣味なマントを羽織り、蛇の形の杖を持つ。
まぁ……こんなものだろう。
これは魔法による外装変化、つまるところ変わり身の呪文を展開した姿だ。
敵の拠点に忍び込むときに姿を変えたり、女子しか入れない花園に侵入したりと利用範囲は広い。
言っておくが女装して女風呂に侵入はしていない。あくまでも使用例、だからな。
「け、賢者様……これは……!?」
リオラが震える声で俺に問いかけた。
周囲の状況を擬似画像で変化させ、禍々しい魔王謁見の間を再現した効果は抜群だったようで、妹のリオラはすっかり怯えきっている。
さて、次は兄のイオラだ。
「フハハ! イオラとやら! お前が勇者たりえるか……試してやろう」
「なんだと!?」
俺は邪悪な笑みを浮かべ両手を大仰にかかげる。ブワッ! とあふれ出す黒いオーラの演出とか、すべて呪文の演出効果だ。
――俺、ゾクゾクしてきたぞ。魔王気分も悪くないな。
恐怖に足も手も動かせないかと思いきや、咄嗟に妹のリオラを庇うように、俺との間に立ったイオラの心意気はいい。
流石は『勇者』を目指す少年だ。
その瞳に宿った光は消えることはなく、魔王に変化した俺を睨みつけている。
妹を決して離すまいと、強く手を握ったまま。
――うぬぬ……。なんだか胸の奥が……締め付けられる。
兄妹愛を目の当たりにし、俺のチェリーなハートは密かにダメージを受けていた。
本物の魔王が、愛の力や光の玉で凍てつく闇の羽衣を剥ぎ取られるのは、きっとこういう気持ちなのだろう。
「怖気づかぬとは見上げた根性よ、だが『勇者』よ! これは……どうかな? ――プラム!」
「はいなのですー!」
プラムの間の抜けた声が、俺が構築した仮想空間――魔王謁見の間に響き渡った。
途端に触手が鞭のように伸びて、妹の手足、腰に絡みつき、次の瞬間、華奢なリオラの身体を空中へと持ち上げた。
「きゃぁああああ!?」
「リオ――――――――――ッ!?」
ふたりの手が離れる。イオラは突然の出来事に為す術無く叫ぶ。
「おー? お肌、すべすべなのですー!」
何本もの触手をもつタコの怪物の胴体に、プラムの頭。
とてつもなくいい加減な怪物が、のそりと闇の中から姿を現した。
プラムの赤毛がそのまま触手になっていて、リオラの身体を絡め取りウネウネと蠢いている。
それは俺がプラムに施した外装変化の呪文の演出効果だ。
モンスターの意匠がいい加減だが、気にしないでくれ。
プラムも怪物役にノリノリらしく、触手をリオラの身体に巻きつけて……って、どこ触ってんだ!? 触手を何処に入れてやがるんだ!?
「いっ……いやぁああ!? やっ……やめ……」
「こうすると楽しいのですー?」
――ダメだコイツ。
いまいち状況を理解していないプラムは、リオラを触手で撫で回している。ぬらぬらとぬめった触手が、足首、ひざ、太腿へと伸びてゆく。
「いやぁあああ!」
「ぬるぬるするのですねー?」
「てめぇ! 化け物! リオを離せ!」
イオラがそう叫んだ所で、俺は検索魔法地図検索で、擬似画像を再構成。
魔王謁見の間の間に、サスペンス劇場のような「崖」を造りだした。
おまけにバックリと口を開けた地面の裂け目からは、マグマがゴボゴボと湧き上がっている。
……というのはもちろん嘘で、実は熱くもなければ落ちもしない。そう見えるだけだ。
「フハハ、そこから落ちれば助からないぞ」
「魔王め! 卑怯だぞ! リオを離せ!」
「勇者イオラよ、俺を倒すことが出来るのは唯一……『真実の剣』だけだ」
俺が静かに指さすと、プラムの触手の先に『真実の剣』が現れてつり下がる。
本当はこんな親切な魔王はいない。
だがこれはあくまでも試験だ。
プラムの振り上げた二本の触手のそれぞれには、リオラ――そして剣がつりさげられている。真下には灼熱のマグマの地獄が、生贄を待っているという状況。
「あれが……剣!?」
「そうだ『勇者』イオラよ! 貴様は……どちらか一つしか選べぬ」
妹を助ければ、剣が落下、魔王を倒す事はできない。
剣を手に取れば、妹が落下。魔王は倒せても、最愛の妹を失う。
「く……ッ!」
勇者を目指すという少年――イオラの顔に苦渋が浮かぶ。
目の前には苦しげに呻きながら、触手の攻めに耐える妹――リオラ。
そして唯一魔王を倒す事の出来る『真実の剣』。
それは魔王を前にしての究極の選択。
勇者を目指すものならば、いつか必ず選ばねばならないときが訪れる。
答えを、決意を、そして……命の選択を。
「さぁ……選ぶがいい勇者よ。妹を助け世界を捨てるか、俺を倒し……妹を失うか!」
「ぐ……ぬ……!」
「イ……イオラ……ダメ……」
妹の消え入りそうな声に、イオラはぎりり、と手のひらに食い込むほどに拳を握りしめる。
ぎゅっと固く噛みしめた唇からは、荒く長い息が漏れる。
「……ない……」
「ん?」
「俺には……選べ……ない……」
――だろうな。
「それが……お前の、答えか? 『勇者』よ」
「ダメだよ……イオ。……諦めないで。うっ……うぁあああッ!」
「……え!?」
その時まで俺は忘れていた。
人は時に秘められた力、状況を打破する力を、爆発させる事があることを。そしてその力は――確かに有るのだ。
「ぅあぁあああ――――ッ!」
「リオラ!?」
「きゃわわわあああああなのですー!?」
次の瞬間――リオラはプラムの触手を自力で引きちぎった。
妹はその反動を利用し、反対側の『真実の剣』まで跳ねると、柄を握りしめ着地――、ひらりと身をひるがえすと同時に剣をイオラへと投げつけた。
「イオ!」
「リオ!」
それはまさに阿吽の呼吸だった。
双子ならではの思考を共有したとしか思えない連携プレー。
地面を蹴った兄のイオラは、驚く俺の間合いに一瞬で踏み込んでいた。
「なッ、なにぃっ!?」
思わず素で叫ぶ俺の胸に、深々と突き刺さる『真実の剣』。
それは魔王を倒す事の出来る、ただ一つの剣だ。
「これが俺の……! 俺達の答えだっ!」
イオラが吠えた。
その向こうではリオラが、プラムをマグマの海に蹴落とすのが見えた。
「ぐはあああっ!」
――パンパカパーン!
クリア! という表示と共に、盛大なファンファーレが鳴り響いた。
(つづく)