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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆1章 はじめての相談者 (イオラとリオラ編)
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 イオラとリオラ、覚醒のとき

 

「さぁ、ようこそ『勇者』くん。――魔王の謁見の間に!」


 俺は、自らの姿を『魔王』に似せて変化させ、二人の前に立ちはだかった。


 体にフィットした黒い『魔王スーツ』に髑髏マークのベルト。トゲトゲ付の紫色の悪趣味なマントを羽織り、蛇の形の杖を持つ。

 まぁ……こんなものだろう。

 これは魔法による外装変化(メタモ・アウタースキン)、つまるところ変わり身の呪文を展開した姿だ。

 敵の拠点に忍び込むときに姿を変えたり、女子しか入れない花園に侵入したりと利用範囲は広い。

 言っておくが女装して女風呂に侵入はしていない。あくまでも使用例、だからな。


「け、賢者様……これは……!?」


 リオラが震える声で俺に問いかけた。

 周囲の状況を擬似画像(フェクスチャ)で変化させ、禍々しい魔王謁見の間を再現した効果は抜群だったようで、妹のリオラはすっかり怯えきっている。

 さて、次は兄のイオラだ。


「フハハ! イオラとやら! お前が勇者たりえるか……試してやろう」

「なんだと!?」


 俺は邪悪な笑みを浮かべ両手を大仰にかかげる。ブワッ! とあふれ出す黒いオーラの演出とか、すべて呪文の演出効果だ。


 ――俺、ゾクゾクしてきたぞ。魔王気分も悪くないな。


 恐怖に足も手も動かせないかと思いきや、咄嗟に妹のリオラを庇うように、俺との間に立ったイオラの心意気はいい。

 流石は『勇者』を目指す少年だ。

 その瞳に宿った光は消えることはなく、魔王に変化した俺を睨みつけている。

 (リオラ)を決して離すまいと、強く手を握ったまま。

 

 ――うぬぬ……。なんだか胸の奥が……締め付けられる。


 兄妹愛を目の当たりにし、俺のチェリーなハートは密かにダメージを受けていた。

 本物の魔王が、愛の力や光の玉で凍てつく闇の羽衣を剥ぎ取られるのは、きっとこういう気持ちなのだろう。


「怖気づかぬとは見上げた根性よ、だが『勇者』よ! これは……どうかな? ――プラム!」

「はいなのですー!」


 プラムの間の抜けた声が、俺が構築した仮想空間――魔王謁見の間に響き渡った。

 途端に触手が鞭のように伸びて、(リオラ)の手足、腰に絡みつき、次の瞬間、華奢なリオラの身体を空中へと持ち上げた。


「きゃぁああああ!?」

「リオ――――――――――ッ!?」


 ふたりの手が離れる。イオラは突然の出来事に為す術無く叫ぶ。


「おー? お肌、すべすべなのですー!」

 何本もの触手をもつタコの怪物の胴体に、プラムの頭。

 とてつもなくいい加減な怪物が、のそりと闇の中から姿を現した。

 プラムの赤毛がそのまま触手になっていて、リオラの身体を絡め取りウネウネと蠢いている。

 それは俺がプラムに施した外装変化(メタモ・アウタースキン)の呪文の演出効果だ。

 モンスターの意匠(デザイン)がいい加減だが、気にしないでくれ。


 プラムも怪物役にノリノリらしく、触手をリオラの身体に巻きつけて……って、どこ触ってんだ!? 触手を何処に入れてやがるんだ!?


「いっ……いやぁああ!? やっ……やめ……」

「こうすると楽しいのですー?」


 ――ダメだコイツ。

 いまいち状況を理解していないプラムは、リオラを触手で撫で回している。ぬらぬらとぬめった触手が、足首、ひざ、太腿へと伸びてゆく。

「いやぁあああ!」

「ぬるぬるするのですねー?」

「てめぇ! 化け物! リオを離せ!」


 イオラがそう叫んだ所で、俺は検索魔法(グゴール)地図検索(マッパ)で、擬似画像(フェクスチャ)を再構成。

 魔王謁見の間の間に、サスペンス劇場のような「崖」を造りだした。

 おまけにバックリと口を開けた地面の裂け目からは、マグマがゴボゴボと湧き上がっている。

 ……というのはもちろん嘘で、実は熱くもなければ落ちもしない。そう見えるだけだ。


「フハハ、そこから落ちれば助からないぞ」

「魔王め! 卑怯だぞ! リオを離せ!」

「勇者イオラよ、俺を倒すことが出来るのは唯一……『真実の剣』だけだ」


 俺が静かに指さすと、プラムの触手の先に『真実の剣』が現れてつり下がる。

 本当はこんな親切な魔王はいない。

 だがこれはあくまでも試験だ。

 プラムの振り上げた二本の触手のそれぞれには、リオラ――そして剣がつりさげられている。真下には灼熱のマグマの地獄が、生贄を待っているという状況。

 

「あれが……剣!?」

「そうだ『勇者』イオラよ! 貴様は……どちらか一つしか選べぬ」


 妹を助ければ、剣が落下、魔王を倒す事はできない。

 剣を手に取れば、(リオラ)が落下。魔王は倒せても、最愛の妹を失う。


「く……ッ!」


 勇者を目指すという少年――イオラの顔に苦渋が浮かぶ。

 目の前には苦しげに呻きながら、触手の攻めに耐える妹――リオラ。

 そして唯一魔王を倒す事の出来る『真実の剣』。


 それは魔王を前にしての究極の選択。

 勇者を目指すものならば、いつか必ず選ばねばならないときが訪れる。

 答えを、決意を、そして……命の選択を。


「さぁ……選ぶがいい勇者よ。妹を助け世界を捨てるか、俺を倒し……妹を失うか!」

「ぐ……ぬ……!」

「イ……イオラ……ダメ……」


 (リオラ)の消え入りそうな声に、イオラはぎりり、と手のひらに食い込むほどに拳を握りしめる。

 ぎゅっと固く噛みしめた唇からは、荒く長い息が漏れる。


「……ない……」

「ん?」

「俺には……選べ……ない……」


 ――だろうな。


「それが……お前の、答えか? 『勇者』よ」


「ダメだよ……イオ。……諦めないで。うっ……うぁあああッ!」

「……え!?」


 その時まで俺は忘れていた。

 人は時に秘められた力、状況を打破する力を、爆発させる事があることを。そしてその力は――確かに有るのだ。


「ぅあぁあああ――――ッ!」

「リオラ!?」

「きゃわわわあああああなのですー!?」


 次の瞬間――リオラはプラムの触手を自力で引きちぎった。

 (リオラ)はその反動を利用し、反対側の『真実の剣』まで跳ねると、柄を握りしめ着地――、ひらりと身をひるがえすと同時に剣をイオラへと投げつけた。


「イオ!」

「リオ!」


 それはまさに阿吽の呼吸だった。

 双子ならではの思考を共有したとしか思えない連携プレー。

 地面を蹴った兄のイオラは、驚く俺の間合いに一瞬で踏み込んでいた。


「なッ、なにぃっ!?」


 思わず素で叫ぶ俺の胸に、深々と突き刺さる『真実の剣』。

 それは魔王を倒す事の出来る、ただ一つの剣だ。


「これが俺の……! 俺達の答えだっ!」


 イオラが吠えた。

 その向こうではリオラが、プラムをマグマの海に蹴落とすのが見えた。


「ぐはあああっ!」

 

 ――パンパカパーン!


 クリア! という表示と共に、盛大なファンファーレが鳴り響いた。


(つづく)


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