少年-18.関係終了
映画館に着いた。悪友はすでに館内に入っているようだ。
「ま、惚れてる側が先に待っているだろうし、すぐに入るか」
恋が分からなくても理解はできる。共感からというより知識に近かった。
乗り気ではないがチケットを購入しようとしたところで後ろから荒い息遣いが聞こえた。振り向くと苅谷さんが慌てた様子で辺りを見回している。俺には気付いていないみたいだ。
「苅谷さん? どうしたのそんな急いで」
「へやっ」
ようやく俺に気付いてくれたようだ。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
視線を彷徨わせて躊躇っていたようだが、一度頷いて意を決したように言葉を発した。
「彼氏さんって、この映画館に入った?」
「そうだけど」
どうして知っているんだろうか。いくつか憶測をめぐらしたがどれも決定打に欠けた。
「……あ、そっか、どれを観に行ったかわからないんじゃ……」
もごもごと口を動かして呟く。文脈が読めず何を意図しているのか理解できない。
「ええと。とにかくアイツに用がある感じ? 今アイツは取り込み中だから後日のほうがいいかもね」
「それって、誰かと一緒に映画を観に来た……デートってこと?」
「そこまで知ってるんだ? 苅谷さんもアイツに頼まれたの? 無実の証明するために」
「え、あ、うん? どういうこと? 無実?」
彼女の反応を見て喋り過ぎたかと後悔する。口は堅いほうだと思っていたが、思っていただけのようだ。
「ちょっと君たち。お喋りするだけならどいてもらえる? 邪魔になるから」
「あ、すんません」
カウンターから見た目四十代後半くらいの女性従業員に注意され、5歩分程横にずれる。
説明するかどうか迷ったが、別に後ろめたいことをしているわけではない。正直に話すことにした。
すると驚いたことに、彼女も同じ件で来ていた。ただ疑うという視点であったが。
「面倒くせーなアイツも。変に嫉妬深いっつーかさ。独占欲?」
「で、でも好きな人なら当然じゃないかな。独占したいって気持ちは」
「そんなもんなのかな。で、どうするわけ?」
「どうするって?」
「いやさ、浮気しているか調べに来たみたいだけど、半分事実っちゃあ事実だし、でも安心していい感じだろ。だからここで切り上げても大丈夫かなって。俺は何もなかったって証明するために付き添わないといけないから残るけど」
カウンターに張ってあるタイムテーブルに目をやり、腕時計に視線を落とす。上映まであと二十分はある。余裕ありすぎだ。
「わたしも一緒に行くよ。えっと、暇だから」
「そっか」
心が躍る。心の底ではその返事を願っていた。特に理由は思い当たらないが。
「あ、あと今月分! 払っておくよ。今お金あるから」
彼女が財布から取り出した千円札二枚を受け取る。これで彼女の返す金額は残り二千円だ。
「あ、心配しなくていいよ。チケット代千二百円はギリギリあるから!」
そこまでしなくていいのに、と見ていて可哀相になってくる。
「もういいよ」
「へ?」
心の中で呟いたつもりだったが自分の口からあふれ出ていた。彼女が驚いた顔を見せる。何でもないと言おうとしたが、諦めて言葉を続けることにした。
「もういいよ、残りのお金は返さなくて。苅谷さんが借りたことを踏み倒すような人じゃないって分かったし」
「いや、でも」
「文化祭の時、利子って理由つけて無理矢理手伝ってもらっただろ? 貸すときに言ってないのに後からそんな条件つけるなんて卑怯だ。だからその駄賃ってことで二千円分。それぐらいの働きはしてくれたはずだし」
区切りをつける。彼女との奇妙な関係を終わらせ、普通の対等な関係になるんだ。
「これで貸し借りの関係は終わりだ。改めてこれからもよろしく」
握手をしようと片手を前に出す。だが彼女は反応せず、何も言葉を発しなかった。
「苅谷さん?」
呼びかけにも反応せず、彼女は沈黙を続けた。




