表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かしかり  作者: 湯城木肌
3
32/38

少女-16.好きになった理由は

 目の前には学校のグラウンドが広がっていて、隣に親友が一人いるだけで他に誰もいない。

 そう思ったこともつかの間、グラウンドの四百メートルトラックを走っている人達が視界に入る。何かの競技をしているようだが、何の競技かわからなかった。あ、今日は体育祭だっけ。

 彼女がこちらを見て話してくれる。だけどわたしの耳には何も入ってこない。何、何て言っているの。

 一向に何を言っているのか分からなかったけれど、何故か競技の内容が分かった。

 借り物競争だ。

 相沢くんが走ってきた。わたしの顔を見るなり向かってきて強引に腕を掴む。これはどういうことだろう。

 引っ張られてゴールに向かって一緒にゴールに向かって走る。彼の借りるものは何だったのだろうか。

 ゴールした後、ポケットに入れて折りたたんでいた紙をわたしに見せてくれた。これが借りる課題なのだろう。覗き込み、そこに印刷されている文字を見て驚いた。「あなたの好きな人」と記されている。


「そ、それってぇぇええええ……。え?」

 自分の声が聞こえたと思ったときには目の前に彼はいなかった。わたしは外にすら出ていなかった。ただ見慣れた天井と照明が視界にはいるだけだった。

「夢、かあ」

 口に出して現実を確かめる。今のは夢だったと。

 昨日の体育祭のせいでこんな夢を見たのだろうと自己分析する。

「そもそも借り物競争なんてうちの学校にないし。昨日もう終わって、わたしたちの団が優勝した。うん、この記憶は現実」

 ため息をつき、情けないと同時に変な気持ちになる。夢にまで見たということは彼のことが好きなんだろうか。この気持ちを信じていいんだろうか。


 携帯電話に手を伸ばし、時計を見る。

「午前十時か。うん大丈夫大丈夫」

 体育祭の振替休日で学校が休みなのでこの時間でも気にならない。部活も休みにしてくれたので今日は本当の休日だ。

 洗面台に向かい、顔を洗って髪を整える。着替えようかと思ったけれど、面倒だったのでやめた。

「ご飯どうしよ。うん。昼ご飯と一緒にしようっと」

 自分の部屋に戻り、ベッドに座る。

 携帯電話をとってしばらく考えた後、電話をかける。

「アドバイスとかじゃなくて、参考として! うん、わたし一人で解決する問題だし」

 誰も聞いていなのに必死に言い訳をしてしまう。


 呼び出し音が十回を超え、駄目かなと諦めたときに受話器から『……ハイ』と眠たそうな声が聞こえた。

「あ、ごめん寝てた?」

『寝てたぁよ。この電話で起こされた』

「ごめんごめんホントにごめん」

『いいよ。で、何用?』

 合間合間に欠伸が聞こえる。また謝りそうになるけれどそれでは話が進まず彼女が怒ってしまうので、すぐに用件を伝える。

「彼氏さんのこと、好き?」

『ぶへっ』

 咳き込んだのが受話器で伝わる。彼女の呼吸が整うのを待つ。

『いやまあ……好き、だけどさ。聞きたいことってそれ?』

「うん。それでね、どんなところが好き?」

『さあ?』

「えっ?」

 迷いながら答えると予想していて、先程の反応から慌てると思っていたので即答の返事には驚いた。もう驚いた。


『じゃあアンタはアタシの彼氏のどこがいいと思う?』

 まさかの逆質問だ。親友の彼氏さんを思い浮かべ、少ない記憶から人物像を構築する。

「面白いところとか、いっつも明るいところ、かなぁ」

『そうだ。じゃあそれじゃない?』

「そんないい加減な」

『だって、す、……うん。好きなんだからしょうがないじゃない。じゃあ聞くけどアンタはアイツのどこが好きなの?』

「それは」

 答えられない。それを聞きたくて今日電話したのだから。


 自分は彼のどこが良くて好きになったのかが分からない。運命みたいな雰囲気に酔ってしまったんじゃないか。そう思ってしまうことが不安で、何か理由が欲しかった。彼を好きになった理由が欲しかった。

『そんな言葉に詰まるなら、もう覚えてないのよ』

「それって」

 その程度の、その時だけの感情だったということだろうか。

『そうよ。好きな理由なんてものはきっかけに過ぎない。そうでしょ?』

 理解が追いつかない。訳がわからず、彼女の言葉をそのまま受け取る。

『ずっと一緒にいたからとか明るいからとか、多分そんな理由でアタシはアイツを好きになったのよ。でもね、遠く離れたり明るくなくなったりしてもアタシは好きでい続けると思うんだよ。少なくとも今はそう思ってる。あたしはアイツの長所っていうオプションを好きになったわけじゃなくて、アイツ自身を好きになったわけだから』


 ああ、そうなんだ。言われて初めて理解した。理由なんてなくていい。無理に探さなくていい。

 好きという事実さえ分かっていれば、それだけで充分なのだ。

 まだ恋に恋しているという可能性は拭いきれないけれど、もう気にならない。そんなことを気にしたって、意味が無いのだから。

「そっか。ありがとう。すっきりした」

『え、あ、うん。どういたしまして?』

「じゃあ切るね」

『ちょい待ち!』

「どしたの?」


『ちょっと相談したいことがあるんだけど』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ