少年-7.脚本
眠い眠いと呻き続ける悪友を無視しながら、窓際で腕を組む。意識が朦朧としていて、席に座ったらすぐに眠ってしまいそうな勢いだ。立っている今の状態でも、危ない。
朝早くから授業を始めても、眠気で授業をまともに聞くことが出来なかったら時間の無駄だ。年長の教師陣は口を揃えて気持ちの問題だと言うけれど、意識が高い学生はこんな田舎にいない。まして高校二年の中弛みの時期となれば猶更だ。
「相沢くん、いる?」
自分の名前が呼ばれたことに反応して顔を上げた。そのおかげで自分が俯いていたことを知る。どのくらい意識がなかったのだろうと黒板上にある時計に目をやる。まだ授業が始まるまでに十分以上は時間があった。
悪友は彼女に膝枕してもらいたいと喚いていたので同じように無視した。
「いるじゃないか。いるなら返事しなさい、君。グーで殴るぞ」
赤眼鏡が似合う文学少女、放送部の部長だ。
部活があるのは基本昼休みで、放課後の場合は火、水、木曜日である。今日は休みのはずだ。嫌な予感がして、恐る恐る訊ねる。
「はい。何か用ですか、部長」
「君、暇だろ?」
「いいえ」即答する。厄介事を押しつけられるのはご免だ。「暇じゃないですよ」
「君は兼部してないから、時間的に余裕があると思うんだが」
「そうですけど、部活ないときにはバイトがありますし」
「そうか」
手を顎にやり、考える仕草を見せる。凛としていて様になる。
「というか部長」
「うん、何だ?」
「何をすればいいんですか。内容によっては出来るかもしれませんし」
口ではそう言いつつ、心の中では殆ど断るつもりでいる。
「脚本を書いて欲しいんだ」
「キャクホン? 脚本ってことは、話を書けってことですか」
「そうだ。文化祭に放送部としても出し物をしようと思ってね。映像作品を作りたいので、その脚本を頼みたい。君は映画好きだから、適任ではないかな」
基本感情を表に出さない部長の口元がゆるんだように見えた。彼女の目を見据えて、ため息をつく。
「映画が好きだからって物語が書けるわけではないんですよ、部長」
「そういうものなのか」
「そういうものですよ」
「だが、私には心なしかそわそわしているように見えるのだが」
「え」
「自分に正直になっちゃいなよ、たーかーしーくーんー」
横から悪友が会話に入ってくる。眠いと口にしていたのに、目を見開きこちらを見てくる。今の俺の状況を面白がっているのだろう。眠れ阿呆。
「短いものでいいんだ。どうかやってくれないか」
いつも冷静で表情をあまり変えない部長が申し訳なさそうに続けた。面倒だから断りたかったが、これでは断れない。頬を掻き、答える。
「分かりました。やりますよ」
決して、脚本が書きたくて引き受けたわけではない。
「ありがとう。では、よろしく頼むよ」
「おう、よろしく頼むぜ!」
「黙れ阿呆。お前は関係ない」
部長は時計を一瞥して呟いた。
「うん。そろそろ予鈴がなるな」
教室の出口に向かい、廊下に出ようとして立ち止まる。「そうだ」と顔だけ振り返る。「伝え忘れていたことがあった」
「何ですか?」
「中身は恋愛モノで頼むよ」
彼女はそう言い残して教室を去った。
「は? ちょっと部長!」
呼び止めようとしたけれど、声は予鈴にかき消されて届かなかった。
横を見ると悪友がほくそ笑んでいた。




