少女-6.秘密の関係
あの電話からずっと悶々とし続け、あっという間に月曜日になってしまった。
「何朝から辛気臭そうな顔してんの」
声を掛けられ、机に突っ伏していた頭を上げる。
「あ、おはよう」
「はい、おはよー」
親友はわたしの前の席の椅子の背もたれに腰をかけた。危ないよ、と注意しても余計なお世話だと返される未来が見える。こんな風に彼との関係の未来が見えればいいのに、とちょっと考えてしまう。
だけど、今優先すべき事柄はそれじゃない。
「ん」
彼女がわたしの前に片手を差し出した。手のひらと目の間で視線を何往復かさせ、首を傾げた。手相でも見てもらいたいのだろうか。
「ほら、出しなさい」
彼女は語気を強め、手をさらに突き出した。理解できず、とりあえず出された手のひらの上に自分の手を置いた。
「だー違う。誰がお手をしろと言った。アンタは犬か」
どちらかといえば私は猫派だから、猫がいいな。好きな動物は燕だけど。
「じゃあ、何?」
「レポート。どこまで進展したかの報告書よ。まる一日あったんだから、もう書けてるでしょ?」
「へやっ。それって、また書くべきなの?」
「またも何も、何かあるたびに書くのよ」
今回のことはあまり書く気になれず、あの電話は金貸しに関する話だった、とだけ伝えた。
「っはー、相変わらずだねぇ。ロマンチックな会話でもしろってんだ。金の話なんて持ち出すなよ。誰にも邪魔されない、二人きりの会話だぞ」
彼女がぶつくさと呟くが、わたしは苦笑するしかない。お金を借りたわたしに原因があるし、二人きりでお金の話を持ち出すことは既にわたしもやっているのだ。
「あとね、電話かかってきた時にわたしすぐとっちゃったんだけど」
「けど?」
「変に思われてないかな。ずっと電話の前で待ち構えてたって思われているんじゃ」
「変も何も、事実待ち構えてたんでしょ」
彼女の言葉が胸に刺さる。反論も言い訳も出来ない。
「何にも考えてないわよ、きっと」
「でも」
「でももクソもなし」
確かに、いくら考えても答えは分からないのだから、割り切ったほうがいいのは分かっている。しかし分かっていても考えてしまう。頭で理屈は理解できていても、心では理解出来ていないのだろう。わたしが女の子だから理屈より心に左右されるんだろうか、なんて思う。
「ちょっといい?」
わたしの前の席の男の子が、机に鞄をおろして訊ねた。「ああごめん今日も借りてた」と彼女は軽やかに背もたれから降りる。しなやかに伸びる脚がわたしに魅せつけられる。わたしも脚長に、脚長おねえさんになりたい。
わたしの前の席が埋まるということは、もうすぐ予鈴がなることを意味する。そう思った直後に、予鈴が聞こえた。
彼女も自分の席に戻ろうとして、立ち止まった。
「どうしたの」
「いやさ」彼女はわたしに近づき、肩に手を回した。耳元でそっと囁く。「お金を借りているってのは、二人しか知らないってことになってるんだよね?」
「え、うん、そうだね」
彼もわたしに気を使って秘密にしてくれている。だから電話という手段まで用いてくれたのだ。それがどうしたのだろう。
「いいじゃん。秘密のカンケイ。二人だけの秘密」
「ふ、ふたっ」驚きで声が上ずった。
「秘密を共有した男女はすごく仲良くなるんだってよ?」
じゃあね、と笑いながら彼女は席に戻っていた。
そうだ。そうなんだ。
彼女の言葉を反芻する。
二人だけの秘密。二人だけの。秘密。
お金を貸し借りするだけの変な関係だけど、秘密は秘密。
簡単に切れそうな細い糸で結ばれた関係だけれど。
どうかその糸が赤い糸でありますように。




