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始まりの終わり  作者: 蘇芳
本編
8/13

卒島水門の場合7

(改)とはなっていますが、誤変換を直しただけです。

 今日も今日とて俺は黄泉に向かわせるため、青海に会いに行った。

「早く黄泉に向かえって言ってるだろ!」

「そんなの私の勝手でしょ!?」

 毎日同じやり取りを繰り返すのもいいかげん疲れてきた。俺は大きなため息をつく。

「お前いったい何がしたいんだよ。」

 青海に問いかける。俺はこいつが何をしたいのかさっぱりわからない。俺が会いに行ったとき、たいてい青海は空にぷかぷかと浮かんでいる。何か未練を解決するために行動しているというわけではない。時折歌を歌っているくらいだ。もっとも人の気配を感じるとすぐにやめてしまうため、至極たまにしか耳にすることはなかったが。…それにしても青海の返答がない。考え込んでいるというわけではなさそうだが。

「青海?」

 俺は青海に呼びかけてみるが、反応がない。どうかしたのか?俺は辛抱強くもじっと待つことにする。と、しばらくすると青海は口を開いた。

「あー、あの後、私ったら大泣きしちゃったんだよなー。一生(?)の不覚だわ…。」

「でかい独り言だな。」

「…!?あんた、まだいたの!?」

 なんだかよくわからないが、自分の世界に入り込んでいたらしい。人と話しているときに堂々と。だんだん腹が立ってきた。

「おお、いたとも!早く黄泉に向かえって!」

 青海は何も言わない。…まさかまた自分の世界に入っているのか!?

「聞いてるのか!?」

「うっ…、ごめん、聞いてなかった。」

 一生懸命になっているのがバカらしく思える。

「だから!今日こそは黄泉に向かってもらうからな!49日の法要が終わってからもう1週間もたつぞ!何でもいいからとっとと黄泉に向かいやがれ!じゃないと…」

 ――…じゃないと、俺みたいになっちまうぞ。そう言いたくなるのをこらえ口をつぐむ。閻羅さまが下す罰というのは、たいていの場合『地獄の役人として働くように。』である。罰が重ければ重いほど、長く、そしてつらい目にあうことになる。そう、俺みたいに。こんな思いを青海にはしてほしくない。

「早く、黄泉に向かってくれ…。」

 辺りを静寂が支配する。青海も俺も何も言わない。青海の顔を見ると、眉を寄せ、唇をかんでいる。

「おい…?」

 どこか苦しそうな顔をしている青海に声をかける。すると青海はあの、『罰は受ける。』といったときと同じ表情をして、こう言った。



卒島水門(ソシマミナト)くん。あなたのことが、すきです。」



 俺のことが、すき…?こいつ、いったい何を…?どうして俺の名前を知っている…?

「私は、私が死ぬ前から、あなたのことがすきでした。」

 まさか、これを言うために戻ってきたのか?青海は俺のことなんか覚えてなかったんじゃなかったのか。しかも、死ぬ前からすき…?青海が生きている間に会話したのは、あの文化祭のほんの短い間しかないのに。

 でも、だからって、いまさらこんなこと言うなよ…!なんでそんなこと言うんだよ!

「私がどうして卒島のことを知っていたかは閻羅さまに訊いてね。」

 知ってる。知ってるよ。俺だって青海が死ぬ前から青海のことを知っていた。

 青海の体がだんだん空に溶けていく。早く何か言わなくちゃ。そう思うけど声が出ない。


「『あなたは私を知りますまい。』」

 

 青海は俺を見て微笑む。知っている。小説の、一節だ。…確かに俺たちの関係にほんの少しだけ似ているかもしれない。ならば…俺の告げるべき言葉は一つしかない。

 うまく動かない口を動かし、かすれた声を絞り出す。


「…―っ。『忘れません。』」


 もうほとんど消えかかった青海が驚いた顔をしている。それから微笑んで一筋の涙を流した。



 そうして青海は空に溶けた。







それから、半年







 俺は、今日も地獄の役人として働いている。内ポケットには泉鏡花の「外科室」を忍ばせて。こんな本なんてなくても青海のことを忘れたりしない。いや、忘れることはできない。

 改めて読み返してみると、俺たちの関係とあまり似ているとは言えなかった。似ているのは、ほんの一瞬の邂逅を忘れず、相手が自分のことなんて知らないだろうとわかっていても思い続けていた男女が再会するということだけだ。シチュエーションから立ち位置からなにからまるで違う。…あの状況で気づけたのはある意味奇跡だと思う。

 青海が現世に留まっていたことに対して、そして俺の行動に対してお咎めがあると思っていたが、上からは何も言われなかった。普段の俺なら訝しく思うところだろうが、青海が居なくなった俺にとってそんなことはどうでもよかった。

 今日は新しい町に配属される日だ。青海と過ごした町を去ることに何の感慨も抱かなかったわけではないが、青海はもう居ないのだからあの町に居ても意味がない。それに仕事なのだから従うしかあるまい。

 仕事といえば厄介なことを押し付けられた。新人の教育係を任されてしまったのだ。今まで何度か当たったことがあるが、これは面倒この上ない。俺は憂鬱な気持ちで待ち合わせの場所に向かった。

 向こうのほうにぽつんと人影が見える。あれは、でも、まさか。向こうのほうも俺に気づいたのか、こちらに向かってきて微笑み、こう言った。



はじめまして(・・・・・)、卒島水門さん。今日からお世話になります。青海紀といいます。」 



 彼女の言葉が、俺の心をえぐる。そうか、これが俺に対する罰なのか。俺は無理やり平静を装って言う。

「…はじめ、まして。卒島だ。よろしく、…青海。」




 これから先もいろいろあるだろう。



 しんどいことも、つらいことも、あるだろう。




 でも、青海はここにいる。それだけで、いい。


これで一区切りです。ここまで読んでくださって本当にありがとうございます!つづいてあとがきです。

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